見栄<見栄え
プールにはいろいろなタイプのものがある。普通の五十メートルプールを始め、流れるプールからウォータースライダー、波打つプール等というもはやプールとは言い難いクオリティーのものもある。
もちろん市運営のプールではそれ程の金をかけることが出来るわけもなく、各市では工夫が見られるわけだ。
うちの地元のプールはゴミ処理場の横にあり、その熱を利用して温水にしている。その熱をプールだけでなくジャグジーやら風呂にまで応用しているためにこのプールにはサウナまで完備されているのだった。
とはいえ、朝からプールに訪ねてきて一番最初にサウナに入る人が多いわけもなく、俺が中に押し込められた時には一人の女性が隅でじっとしているだけだった。他のお客さんがいる手前、いつまでもわーわーと騒いでいられない。俺は大人しくサウナに入ってることにした。
しかし、さっきの質問はなんと答えるのが正解だったのだろうか……。
頭の中にニーナの言葉がよぎる。俺が選んだ選択肢は【逃げ】だったと蘭さんは言った。それはつまり【攻め】の選択肢も存在したということになる。
この場合の【攻め】の選択肢など人は違えども、形は一つ以外にあるまい……選ぶことだ。誰か一人を選ぶこと。
ただ、さっきの場面から考えれば蘭さんが気に食わなかったからボッシュートされたわけで他の人はそれ程、不愉快に思っているわけでも無さそうであった。
結局はまた蘭さんの気まぐれだってことか……。
そう気がつくと自然と頭で考えることを止めた。考えたって仕方がない。ひとまずOKが出るまでじっくりと耐えなければならなかった。
ただ暑さに耐えて迎えを待つこと数分、サウナの扉がゆっくりと開き、見覚えのある姿を現す。
「うわぁぁ、馬鹿みたいに暑いね、物好きですなぁ」
そう言って、腕を組み頭をうんうん頷きながら、ニーナが俺の前に立つ。
「誰のせいでここに入ることになったと思ってんだ」
俺はふらりとその場で立ち上がり扉に向かって歩く。
「まぁまぁ、ほれ差し入れぞよ」
少し得意げな顔でニーナは銀色の水筒を差し出す。
「お、ありがと、丁度、喉乾いてた所なんだ」
俺はニーナから水筒を受け取り蓋を取る。
「ふふ、いいってばよ」
「さっきから語尾がぶれぶれだぞ?」
俺は口を水筒につけないように上へと持ち上げ、中の液体を流し込む。
その時に気がついているべきだったのだ。わざわざここにニーナが来た意味に。水筒がステンレス製でペットボトルの飲み物でないことの意味に。
「! 熱ぃ!!」
「にしっ、言い忘れてたけど中身はアッツアツの紅茶だよーん」
「馬鹿野郎! わざわざサウナに紅茶なんか持ってくんな! 差し入れするならスポドリとか水だろ!」
「ほら、こんなところで騒いでたら他の人に迷惑になっちゃうよ?」
「ぐ、ぐぬぅ」
確かにニーナが言ったことは正論だった。正論だったが騒ぐ原因を作った元凶もまた、ニーナだった。
人が少ないとは言え、他のお客さんに迷惑をかけてはいえないと、俺はニーナと共にサウナの外へでた。
そこでは自由すぎる知り合いたちがいた。
浮き輪に乗り、流れるプールをプカプカとまるで海面に落ちたビーチボールの様にただ流れていく凛。気ままに流れる凛と一緒に談笑しながら流れる翔也。五十メートルプールでバタフライの指導をしている蘭さんと指導を受けるサイダー。その指導の様子……と言うか水着姿の蘭さんを眺める拓夢とその横で浮いては沈み、浮いては沈みを繰り返している前田がいた。
なんというか……協調性ゼロじゃねーか。今日は私が保護者だとか言っておきながら早速職務放棄ですかい……。
「どうしてこうなったんだ?」
俺は、横で立っている恐らく俺よりは理由を知っているであろうニーナに聞いて見る。
「えっとねー、蘭お姉さんがキングをしまってからすぐにプール入って、他は流れるプール入ろうとしたんだけどさっきも言ったけど私が流れるプール入っちゃダメだから私と前田ちゃんで五十メートルに行って、蘭お姉さんの綺麗なバタフライに見とれた拓夢とサイダーちゃんが移動してこうなったのかな?」
……確かに。確かに蘭さんのバタフライの様子をチラッとみると物凄く綺麗なフォームで泳いでゆく。蘭さんは運動も出来て頭もいいことを改めて思い知らされるな……。女子力は圧倒的に低いけど。
「ん、そう言えばさっきは大輝って呼んできたのに今はキングって」
俺は今の会話でふと疑問に思った違和感を聞いてみる。
「ん? ああ、さっきは翔也君がいたしキングって呼んだら少し可哀想かなーって」
「は? なんで可哀想なんだ?」
俺の言葉を聞いたニーナは少しその場俯き、考え込んだ後、ふと、顔を上げて。
「知らない方が幸せなこともあるんじゃないかな、そんなことよりもせっかく皆とプールに来たのに別行動でいいの?」
……まぁ一理ある。
時折こいつはこういう正論を言うからなんとも言い難い……。
「で? みんなで何するってわけ?」
バタフライの特訓を邪魔されたことに苛立っているのかいつもよりツンツンし態度でサイダーは突っかかってくる。
「せっかくみんなで来たんだしみんなで出来ることしようよ」
ニーナがサイダーの質問に勝手に答える。俺が言うよりも角が立たないだろう。
「って言ってもどこに行くの? 流れるプールは二人が入れないし五十メートルは凛ちゃんが泳げないし」
「泳げないんじゃありません、浮かばないんです」
翔也の質問に珍しく突っかかる凛。
それって対して変わらないよな……。
「それならばバタフライ組と凛に泳ぎを教える組で分かれて後でお互いに成果を見せ合えば良くないか?」
蘭さんがバタフライを教えることに熱中してしまったのか、どうしても教えたそうに提案してくる。
「……まぁ別にそれでもいいか」
というわけで分かれて教え合うことになった。
「……私泳げないんじゃありません」
結局、バタフライ組は翔也とサイダーと拓夢。
泳ぎを教える組は俺と凛と前田とニーナが行うことになった。
「それで? 凛はどのくらい泳げないの?」
「泳げますよ! 十五メートル位は」
「息継ぎができないってところじゃな近なー?」
「ニーナちゃん良くわかったね?」
「凛、そうなのか?」
「……はい」
こういう時は嘘をつかないあたり純粋である。
「ならとりあえず特訓開始するか」
凛に息継ぎを教え、申し訳程度に泳げるようになった頃。話題は水着の話となった。
「そういえば、蘭さんの水着、割と普通の格好だよな、いつもなら無理にでもビキニとか着てドヤ顔してみせるのにな」
「まぁ勉強会の時もそんな感じだったしね、凛ちゃんは何が事情聞いてない?」
「いえ、何も聞いてませんけど……多分私と同じ理由じゃないですかね?」
「ん? 理由ってなにがあったんだ」
俺は純粋に何の邪な気持ちもなく聞いた。……本当に。
「私も胸が小さいのでビキニとか着ると似合わないんですよ、なので見栄えが悪くて」
「……」
なんと返事すればいいのか、男子のいる場でそんな話しないで欲しいな……。居場所に困るから。
「……ほ、ほら、まだ成長途中なだけかもしれないし」
「そ、そうだよ! 私もまだまだこれからだし、いずれは【ないすばでぃ】になってくれるはずだよ!」
「……私のお姉ちゃんが残念なので希望が見えないです」
「ほう……私の何が残念だって?」
「完全に希望の無いちっぱいですか……ら?」
「ふふふ、屋上」
突如現れた蘭さんは不敵な笑みを浮かべながら凛の耳を鷲掴みする。
「お前達もなにか言っていたか?」
今度はそのままの笑顔で俺達に笑いかける。
「「「ごめんなさい、言ってません」」」
三人とも必然的にいう事は変わらなかった。
「ごめんなさいごめんなさいわざとじゃないんです馬鹿にしてませぁぁぁぁぁ」
凛はひたすら謝ってプールの底に沈んでいったのだった。




