記憶<悪戯
ザワザワと落ち着きのない教室の中、俺は一人HRが終わるのを待ちわびていた。
この期間は【一生懸命勉強しよう!】と言う様な空気は一向に感じられない。
それもそのはず、期末テストが終了し、残す一学期の行事は球技大会を残すのみ、その球技大会すら終えてしまえば待っているのは学生の一番好きな期間、夏休みが待っているのだ。極めつけには授業は午前中に終わり、午後は放課、つまり俺が何を言いたいのかといえば、この期間はどんな学生にとっても夢のような期間であり、帰宅部の俺も例外なく放課になるのを今か今かと待ちわびているのであった。
「はーい、それでは明日も元気に学校に来てくださいねー」
担任の気の抜けた声が上がるとそれを待っていたかのように人が様々と移動を開始する、これも例外なく俺は教室から出て自宅へと向かう……はずだ。
「大輝、お願い聞いてもらっても構いませんか?」
「……」
またお前か……。
それにしてもなんだこの既視感は……。
まさか世界はループしているとでも言うのか……。
そんな摩訶不思議奇々怪々な出来事など起きるわけもない。ましてや凛が持ってくる頼みごとなど片付け手伝ってください程度の子供のお使いのようなレベルの話だろう。そんな重大事件に発展するわけが無い。
「それで?今度はなんだ?お使いか?」
俺は仕方なく凛に向き直す。
「いえ、お姉ちゃんのデートを監視してきて欲しいんです」
「はいはい、手伝ってやるか……はい?」
二つ返事で返そうとしていた所予想もしていなかった言葉が返ってきて思わず聞き返す。
「……?聞き取れなかったですか?」
「あー、えっと、なんか物凄く違和感の強い組み合わせだったから……もう一回言ってくれない?」
まるで猫がネズミに歯が立たないみたいな……これはもうあるか。
例えるならそうだ、アン〇ンマンが食パン食べてるみたいな感じか?
とにかく、尋常じゃない違和感なのは分かってもらえただろうか?
「分かりました、もう一度言いますね」
「よろしくたのむ」
「お姉ちゃんのデートを監視してきて欲しいんです」
「……お姉ちゃんって凛の?」
「はい、お姉ちゃんです」
「……えーと、ちなみお姉ちゃんって誰?」
「……?蘭お姉ちゃんですよ?」
「……もしかして今日デートって別の意味があったりするの?」
「そうなんですか?私は男女が二人っきりで出かけることを指しているのですが」
「あー、やっぱりそのデートか……」
「はい」
「……一ついいかな?」
「はい、構いませんが?」
「凛は騙されている、あの人蘭さんがデートなんて明日、地球が滅びるよりも可能性低いって」
「でも確かに言ってましたよ?」
「よし、これでよしっと」
お姉ちゃんがカレンダーに赤く丸をつける。
それを見ていた私はお姉ちゃんに尋ねてみた。
「その印は何の印ですか?」
「ああ、これか?これは……デートだ、だから絶対に邪魔するんじゃないぞ?特に大輝と翔也には特にだ」
「……?分かりました」
「ということがあったんです」
「……それ俺に伝えちゃうのか」
本人は悪気がないのか……それかデートに惹かれて単純に見に行きたいのか。
「あのお姉ちゃんのデートが上手く行くか見に行って欲しいんです」
やっぱりいい子だった。
この子は良かれと思って本人が一番されたくないことしちゃってるんだ……。
「あー、わかった、どこでデートしてるんだ?」
「お願いしますね、私この後用事あるので終わったら私も向かいます、これその場所への地図になります」
そういって小さなルーズリーフの一枚が差し出される。
「確かに、じゃあ先に見に行ってるからな」
「はい、ではよろしくお願いします」
そういって凛は教室から出ていく。
さてと、俺も向かうとするか……。
俺が教室から出ようとした時目の前にとある人物が立っていた。よく考えればいて当然だ、むしろ今までよく我慢してたな。
「……お前も行くか?」
「そのデート……ぶち壊す!」
「頼むから暴れたりはするなよ?」
和田拓夢が なかまに くわわった
「完全に失念してた……」
「……」
俺達はヘトヘトになりながら学校から十分歩いた程度の距離にある喫茶店に到着した。
「凛のやつ……この地図でどうやってたどり着けばいいんだよ」
凛に渡された地図は出発の段階で真逆の位置を指している地図だった。
そもそもあいつは度を超えた方向音痴じゃないか……。
何とか目的地がス〇バだと分かったから周囲ある四件全部回ってようやく見つけられた訳だが……。
あいつの方向音痴の性で酷い目にあってばかりな気がするな……。
頭の中を思い出がよぎる。
不良に絡まれた時、山で迷子になって俺が小さな崖から落ちた時、確かになかなか散々な目にあっている……。
それでも……大切な、大切な家族としてのいい思い出だ。
凛が無事で、何よりも嬉しい。
もう……家族は……。
失いたくないから。
「ところで、蘭さんはどこだ?」
「……あ、まてまて、一応影から見るんだから中には入るな」
拓夢からの声に我に返り咄嗟に拓夢に制御をかける。
多分どっかにいるはずなんだけどな……。
店外の窓から見渡すと奥に確かに蘭さんの姿があった。
そして俺は女友達と出かけることを強がってデートと言っているものだと思っていたが、現実は違った。
「あの姿は完全にスーツだな」
スーツの上下でまるで取引先に出かけるようなきちっとした格好で蘭さんの前に座っている。
もっとも、外から見ている関係で男の人の顔はよく見ることが出来ない。
「顔までは確認出来ないな……」
「こっちだス〇ーク、早く来い」
声のする方を見るとダンボール片手に俺を手招きする拓夢が立っていた。
「……言っとくが入らないからな?」
俺は拓夢の呼ぶ方へ向かうと、そこには窓があった。ちょうどそこは男性からは見られてしまうが蘭さんからは見られない位置取りだった。
「やむを得ないか……どうせ向こうは俺達のこと知らないだろうし」
俺はひっそりと窓に手をかけのぞき込む。
そこにはスーツ姿の男性の顔がしっかりと見て取れた。
そこで俺は愕然とした。
そこにいたのは蘭さんの好みのようなイケメンでも優しそうな草食系男子でもなく、しがないどこにでもいそうな40代位の白髪混じりのオッサンが座っていたのだ。
でも俺はその事に驚いたんじゃなかった。
俺は……。
このオッサンに……。
どこかで出会っている……。
一体どこで……。
俺はその場で俯き考え始める。
……どこだ?昔の家の方で会ったのか?
……それとも一ノ瀬の親戚?
……それとも新聞やテレビで見たのか?いや、それなら拓夢ももう少し反応していいはず……。
「……拓夢?」
俺がハッと我に返り拓夢を探す。
流石に押し入ったりは指定内容で手に持っているスマートフォンをいじり出している。
そしてそのスマートフォンを耳元にあて……。
「ストップ!ストーップ!お前今何しようとした!」
「聞くまでもないだろう、警察に連絡だろ」
「待つんだ落ち着けまだ犯罪だと決まったわけではない」
「馬鹿野郎!あんな物が合法なはずが……」
怒り狂う拓夢の声が急に静止し、冷静になる。
俺の首筋に嫌な感触が走る。比喩としてだけでなく物理的にも。
俺はゆっくり振り返る。
案の定、そこには想像どうりの人物が立っていた。
「やぁ、今度は何したんだ?ニーナ」
「やあ、首筋にアリを五匹ほど解き放っただけだよ、大輝」
それを聞いて一気に血の気が引けていくのを感じた。
「むむむむむむむ、虫!!!!!」
俺はその場でバタバタと背中からアリを落とそうとする。因みに叩き落とそうとすると潰してしまうのであくまでもバサバサと服をはためかす。
「ニシッ、イタズラ大成功」
「二ィィィナァァァ!」
俺はニーナに対するイタズラに気を取られてしまった。
そして、この時に気がついておくべきだったんだ。
蘭さんと一緒にいる男性が俺と、俺達どこで出会っていたのか。
覚えているはずだったのだから。
自分の手で受付をしその男性を会場に通したのだから。
母さんの――、因幡数恵の葬式に。




