誤解<恋模様
俺は帰ってきてそうそうに大きな声を出していた。
ついさっきまた今度と言って別れていった相手が今、目の前にいる。
「大輝?どうしましたか?急に大きな声を出して」
「いや、何でもないよ……悪かったな大きな声を出して」
俺は心配そうに近付いて来た凛にそう伝えると前田の横に座る、と言っても少し意識してしまい中途半端に距離を開けているのだが。
「お前、今日ここに来る予定あったのかよ」
小声で周りの人に聞かれないようにこっそりと話す。
「い、いや、大輝と別れてから拓夢から連絡が入っててそれで勉強会を開くから来いって」
あいつが呼んだのか……なんとタイミングの悪い。
「そっか……それで拓夢はどこにいるんだ?」
「まだ来てないよ、LINOで聞いてみたらコンビニ寄ってくって言ってた」
「そっか、到着したらこってり絞ってやらなきゃな」
「……うん、そうだね」
やはり少し空気がぎこちない……。
なんとなくこうなる気はしていたし、覚悟はあったとはいえ明日でなく今日会うことになってしまって気まずさが増しているような感じがする。
それでもここは俺が男として、しっかりとしなければならない場面のはずだ。
俺が勇気を出して前田に声をかけようとするより数秒早く前田が口を動かす。
「あ、あのさ、さっきの事なんだけど……」
「お、おう、どうした?」
前田から先に話を振られ少し反応が遅れたものの前田の話に耳を傾ける準備をする。
「さっきの……演技、キュンとした?」
「……演技?」
俺は聞くと思っていなかった単語を耳にし思わず聞き返してしまう。
「そう、今度のコミケで純愛ものの恋愛漫画を出そうと思っててさそれでさっきのシーンを使いたくてさ、どう?キュンとした?」
「……ああ、ドキドキしたよ」
「そっかー、それなら良かったよ」
えへへと笑う前田。
いくら俺が恋愛経験がないからと言ってこれくらいは伝わる。
演技と言った前田の顔が俺の見たことないような悲しそうな顔をしていた事を、ドキドキしたと言った時の少し嬉しそうにした事、一年の時から一緒にいたから分かる。こんな顔はあいつの趣味の話をしている時でも見られなかった顔。
前田は無かったことにしようとしている、違う、答えをまだ聞きたくないんだ、だとしたら俺が今するべきとことは一つじゃないか……。
「なら、その漫画今度でいいから読ませてくれよ、絶対に……感想を言うからさ」
「……うん、よろしく……ね」
俺は一通りのけじめをつけ勉強会に集中しようかと思った時、ふと視線を感じその方向を見る。
「なんだやっぱり大輝も高校生なんじゃないか」
「いつも学校でも一緒にいますがまさかそんな関係だったとは気が付きませんでしたね」
「なんだ、翔也も気が付かないとはあいつもなかなか隅に置けないじゃないか」
「二人とも勉強しながら変な誤解を生み出さないでもらえないですかね」
二人でこそこそと話をする翔也と蘭さんに注意する。
「でも大輝とその子はいい感じじゃないか」
「ぐぬぅ……」
そんなことないですよ!と言い切ることが出来ないのがまた辛いところじゃないか……。
「へー、前田さん大輝のこと好きだったの?」
ニタニタしながらちょっかいを出してくるサイダー。
「違う違う、私は漫画のネタとして成立するかどうかを」
「お二人は仲が良いのでお似合いじゃないですか?」
前田の訂正するも、凛までも追い打ちをかけてくる。
……凛にお似合いって言われるなんて相当だぞ。
「り、凛ちゃんまで……」
前田も同じ事を思ったのか焦りが見え始める。
このままでは駄目だ、なんとかして話題を変えなければ。
「そ、そんなことより他の人はどうしたんだよ、ほら安田とかさ」
「シュウとリナは二人で勉強するらしくてパス、マサは今日夜皆で集まるって言ってたところまでは来る気満々だったんだけど勉強会って言ったら急にお腹痛がり出したんだよね」
事情を説明しだす翔也。
てゆうかお前それ絶対納得してないだろ、どう考えても勉強したくないだけじゃないか……。
「それで人数増やすために前田さんと和田さんを呼ぶことになったんですよね」
凛が補足説明をする。相変わらず几帳面というかなんというか。
「それでその肝心の拓夢はまだ来ないのかよ」
拓夢のことを思い出したらまた少しイライラして来たな、絶対到着したら喝を入れてやらなきゃだな。
「そろそろ頃合じゃないの?これ以上遅れたらついでに買出しに言ってもらえばいいじゃない」
サイダーはペンを動かしながら見向きもせずに話をする。
「お前はサラッと人をパシらせるよな」
俺に嫌がらせのように長距離走らせるし、自転車パクって帰っちゃうし。
ピンポーン
「お、噂をすればなんとやらだね、俺が出てこようか?」
翔也が立ち上がりドアに手をかける。
「いや、俺が行く、少し説教しなきゃいけないからな」
俺はそう言って玄関に向かい、家の扉を開ける。
「おいーす、遅れてすまんかったな」
そこにはコンビニ袋を持って立っている気まずい空気を作った元凶が立っていた。
「あのな、前田誘っといてお前が後から来てどうするんだよ」
ひとまずキレるより前に冷静に話を聞くべきと思い俺は諭すように話を聞いた。
「失礼だな、俺は気を使ってやったんだぞ、お前達付き合ってるんだろ?」
「付き合ってないし、余計なお世話だっつーの」
案の定、勘違いをしていた拓夢。
そもそもお前、凛が来た時どういう関係なんだっていってたじゃねーかよ。
「付き合ってなかったのかよ……俺ずっとお前達が付き合ってたと思ってあんまり前田にはセクハラしてなかったのに」
「お前セクハラしてる自覚はあったのかよ」
そもそもセクハラしてること自体最低なことなんだけどな。
「じゃ、さっさと始めよーぜ」
そういって勝手にリビングの方に歩き出す拓夢。
「……絶対遅れてきた奴が言うセリフじゃないんだけどな」
俺は渋々、家の鍵を閉めて拓夢の後を追う。
バサッ
何か物が落ちたような音がして振り返ってみると拓夢がリビングの扉を開けたまま立ち尽くしていた。
不思議に思い拓夢の周りを見るも変わったものは見当たらない。
「お、おいそんな所に立ち止まってなにしてるんだよ」
俺は近づいて拓夢の顔を見る。
その顔はいつもと違った。
見たことのないような顔をしている、というか目をしている。
なんだこの恋する乙女のような目は……それは美少女がやるかや許されるものだってお前が語ってたんだろうが、ちょっとお腹の出た文化部男子高校生がやっていい目では絶対にないだろ。
「おい、どうしたんだよ、おい!」
「……だ」
「え?」
ぼそりと呟く声はするものも何を言っていたのか聞き取れなかった。
「……だ」
「なんだよ、もっとはっきり喋れって!」
そう言って一呼吸おいて拓夢は呟いた。
「……天使だ、天使はいたんだ」
……この場にいる女子は凛とサイダー、それに前田だけのはず。
エプロン姿の凛を見てこうなったのか……?
「大輝、翔也の近くにいる女神様は誰……だ」
わなわなと震えながら拓夢が言う。
天使から女神にランクアップしてるし……。
ということは凛でもない……他に女子なんて……。
いや、一人いた。でも、あんなに可愛い女子に食いついていたこいつに限ってそんなわけ……。
「なんだなんだ、どうした、具合でも悪いのか?」
そう言って俺の頭に浮かんでいるただ一人の女子は近づいてきて手を差しのべる。
「ほら、立てるか?」
「おう、女神よ」
やっぱりか……。
こいつ……蘭さんに一目惚れしたのか……。