彼女<名前
黒く、肩ぐらいにまで真っ直ぐ伸びた髪。俺達三人よりも一回り小柄な体格。漂うおとなしそうな雰囲気。
俺が言えたことではないが、姉の蘭さんとは全然似ていない。
はっきり言って――可愛かった。
想像を遥かに超えた「妹」の登場に俺はただ呆然とするばかりだったのだが……やはりこいつは違った。
「初めまして!蘭さんにどのくらい説明を受けてるかわからないけど、とりあえず名前だけでも、俺の名前は因幡翔也、これからよろしく!」
爽やかスマイルで話しかける翔也の姿があった。
「こちらこそ、よろしくお願いします、翔也さん」
「さん付けなんていいのに、同い年なんだから呼び捨てでいいよ。」
「そういうわけにも……では翔也君?」
「お、いいねそれ、今度から翔也君て呼んでよ」
「はい、よろしくお願いします、翔也君」
打ち解けるのが早すぎる……。
俺が一言も会話をする前にアイツは君呼びにまでランクが上がっていた。
まぁ仮に俺がやっていても結果は同じだっただろう。【ただし、イケメンに限る】というやつだ。
「そちらの方は?」
彼女が俺を指さして言った。
「ああ、遅れて悪いな、俺は因幡大輝、一応翔也の双子の兄だ。これからよろしくな」
と一応謝りながら自己紹介する。
それにしても、一方は君付けでもう一方はそちらの方か……。
まぁわかりきったことではあったけどな。
はっきりと違いを感じさせられるとダメージが大きいな。
「よろしくお願いします。大輝君」
「ああ、よろし……ん?」
今この子なんて言った?大輝……君?
君呼びなんて小学校以来だった俺は動揺をかくしきれず、
「……翔也はともかくなんで俺まで君付けなんだ」
普段なら追求しないようなところを聞いてしまっていた。
「?、翔也君が君付けがいいと言ってたのでてっきり大輝君も君付けがいいのかと思ったのですが……」
首をかしげながら彼女は言った。
「はぁ、まぁ好きなように呼んでいいよ」
ため息混じりに言うと、
「分かりました、これからよろしくお願いします、大輝君」
と彼女から返ってくる。
「よし、凛ちゃんとの自己紹介も終わったところだし、なんかしようよ」
翔也が手を叩いて言った。
「構いませんが……お姉ちゃんは今どこに?」
彼女が周りを見ながら言う。
「あれ?本当だ、どこ行ったんだろう……」
翔也も辺りを見回す。
言われてみれてみればさっきから蘭さんの姿が見えない……。
この時、俺は嫌な予感がした。
どうやらそれは、珍しくアイツとも一致したらしく。
次の瞬間、俺達兄弟は台所に駆け込んでいた。
「何するつもりですか?」
俺が蘭さんに向けて尋ねる。
「何って、見ての通り料理だが?」
作業続けながら蘭さんが言った。
「悪いことは言いませんからやめましょうって」
間髪入れずに翔也が続ける。
「お前ら失礼だぞ!いいか、あれは失敗したんだ!あれから上達したんだ!」
必死に訴える蘭さん。
それでも俺達には無駄だった。
「なら蘭さんが手に持ってる卵をどうしようとしてるんですか?」
翔也が確信に触れる一言を口にする。
「見ての通り、電子レンジに入れようとしているのだが?」
「馬鹿ですか!」
この時ばかりは珍しく翔也と同意見だった。
「馬鹿とはなんだ!ゆで卵のお湯を沸かす時間を節約できる画期的なアイデアだろう!」
「ゆで卵は茹でるからゆで卵なんですよ!電子レンジじゃ茹でにならないですよ!」
「だまれ!私に料理をさせろ!」
珍しく蘭さんと翔也が口喧嘩していた。
俺達が必死になって止めるのには理由があったのだった。
忘れもしないあの事件。
それは俺達兄弟が中学の修学旅行終了後に起きた。
ヘトヘトに疲れて帰った俺達の為に蘭さんがご馳走を作って待っていてくれた……のだが。
そこには、いちごジャムin黒炭ハンバーグ、からしのカルボナーラ、鬼甘カレー等々が俺達を待ち構えていた。
そもそもご馳走にしてもカレーとハンバーグとスパゲッティを同時に作らないで欲しい。運動会や体育祭みたいに運動して疲れてるならともかくだ。
最初は翔也もせっかくだからと食べようとした。流石イケメン。そういう姿勢が違った。当然無意味だった。
後の翔也は1週間近くは水ですら極上の味わいだったらしい。
そんな副作用をもらってもあんな料理はいらない。
というわけで俺達は全力で蘭さんの奇行を阻止していたわけだ。
ああでもないこうでもないと言い争いをしている時。
「なんの騒ぎですか?」
向こうの部屋でおいてけぼりにされていた彼女が台所に来た。
そして辺りの様子を把握すると溜息をつきながら
「お姉ちゃんそこどいて、私が変わる」
と言いながら髪の毛を一つに結び歩み寄る。
「な、私がやるから大丈」
「凛ちゃん俺も手伝うよ、蘭さんはアイツの面倒見ててください」
蘭さんが何か言う前に無理矢理丸め込む翔也。
ところで、なんで俺が面倒を見てもらう側なんだと思ったが話がこじれるのでここは抑える。
「ほら、蘭さん向こう行きますよ」
「離せぇぇ!私が作るんだぁぁ!」
高校生に引きずられながら駄々をこねてるみっともない大学生の姿がそこにはあった。
「それにしてもお前達は相変わらずだな」
我を取り戻した蘭さんが話しかけてくる。
「なにがですか?」
唐突の質問に素で聞き返してしまった。
「凛との絡み方だよ、大輝はまだ距離を探ってるようだが、翔也はもう完璧に距離を掴んでるみたいだぞ?」
「……余計なお世話ですよ」
俺は少し気を落としながら言った。
それに翔也のコミュ力は一層並外れているから無理もない。と自分で自分を慰める。
「別に比較して優劣を付けようというわけでもないさ、それは人それぞれの個性だからな」
「なら、アイツは何もかも完璧が個性ですか」
少しふてくされながら俺は言い放つ。
少し間が空いてから、
「完璧な人間がいればそうかもしれないな、ただ翔也は完璧じゃない、大輝にあって翔也に無いものだってある」
「例えば何ですか?」
「それは自分で見つけるからこそ意味がある、頑張って見つけることだな」
はっはっはと高笑いしながら蘭さんが言った。
この人なりに励ましの言葉のつもりなのだろう。……うまいこと言って出てこなかったのを誤魔化そうとしてる様にも取れるのは気のせいだろうか。
それからしばらくたってから、
「はーい出来たよー」
翔也ができた料理を運んでくる。
「翔也君は料理も上手なんですね」
運ぶのを手伝いながら彼女は言った。
「ん、まぁ一通りならできるよ」
「是非、お姉ちゃんも見習って欲しいです」
「私だって上達しているんだ!」
「はいはい、凛ちゃんも蘭さんもその辺でおしまい、早く食べちゃおう」
「そうですね、いただきましょう」
……料理している間に更に仲良くなっていた……。
第三者に幼馴染みと言っても通じるだろう。相変わらず翔也のコミュ力はチートだった。
食べている間も楽しそうな会話を続け、あっという間に晩御飯は無くなった。
「俺、明日朝早いから悪いんだけど片付けやってもらっていいかな?」
翔也が申し訳なさそうに言う。
もちろん俺に対してではなく、今日仲良くなった彼女に対してだった。
「分かりました」
彼女が答える。
「私がやっておこうか?料理できなかった分、私が働こう」
「いや、蘭さんがやると仕事が増えるので結構です」
皿洗いでなく皿壊しですからと付け加える翔也。
「そ、そうか、なら私は早く寝るとするよ」
蘭さんはトボトボと自分の部屋に戻る。
「それじゃ、まかせたよ、お休み、凛ちゃん」
「お休みなさい、翔也君」
一通りの会話を終えた翔也は部屋に戻っていった。
「……任せて大丈夫?」
残された彼女に聞いてみた。
「はい、多分大丈夫です」
こちらを向いて返事を返してくれる。
「ごめん、じゃあまかせたよ」
俺がそう言うと、速やかに退場すべくドアに手をかけた時だった。
「大輝君、少しお時間いいですか?」
彼女が話しかけてきた。
「何かわからないことでもあった?」
俺は振り返り彼女を見ながら言う。
「私の事避けてますか?」
「へ?」
突然の言葉に思わず間抜けな声が出る。
「私、こんな性格ですからあまり、友達ができる方ではなく、気がつかないうちに傷つけてしまうことが多いんです、ですから何かあったら言ってください」
なるべく気をつけますからと続ける。
よく考えれば気がついても良かったのだ。
ためらいなく君付けで呼んだり、本人に私の事嫌ってますかなんて聞いたりする彼女は――。
どこか抜けている。
どこか抜けていて、大人しくて――。
純粋。
純粋で抜けていて、【天然】なのだった。
「あはは、なんだよそれ」
気がつけば俺は笑い出していた。
距離を測ったりなんて無駄だった。
彼女はそんな俺の気遣いをいい意味で無駄にしてくれた。
「なにかおかしいこと言ったでしょうか?」
「違う違う、こっちの話、それに俺は君のこと嫌ってないよ、さっきは初対面だったからどう接すればいいのかわからなかっただけだよ」
「そうですか、それなら良かったです」
彼女は胸を撫で下ろすように言った。
「心配かけちゃって悪かったな」
「いえいえ、大輝君に嫌われてないと分かって嬉しかったです」
「お前、そう言う事軽々しく言わない方がいいぞ、普通の男なら勘違いするところだったぞ」
「大輝に嫌われてなくてよかったー(翔也と仲良くなるために)」を女子に言われ続けて訓練されている俺に死角はなかった。
「勘違いですか?」
「あーなんでもない、そんなことよりもやっぱり大輝君ってやめてくんないか?なんか気恥ずかしいからさ」
「ではなんとおよびすれば」
再び首を傾げる。
なんというかこういうところを全力で考え込む辺り、やはり天然だなと思う。
「普通に大輝でいいよ」
「わかりました、私のことも凛と呼んでください」
彼女の中では呼び方が統一しないと気が済まないのだろうか……
「まぁ、ちゃん付けよりはましか」
俺は諦めたように言い放ち、
「今日は色々とありがとうな」
と、続け、改めて部屋から出ていこうとする。
その時だった。
「お休みなさい、大輝」
呼びなれたような優しい声だった。
少し驚いたが、その後、
「ああ、お休み、凛」
俺は彼女……いや、凛に返事をして部屋に戻った。




