表の栄光<裏の栄光
視界がはっきりとしない……。
意識が朦朧とする……。
そうか、俺は斜面を転がり落ちたんだった……。
「……き、……き」
声が聞こえる。
やがてその声は大きく、そしてはっきりと俺の耳に届いてくる。
「……いき、だいき!」
ああ、この声は凛……か。
凛は無事だったんだな……よかった、それなら安心だ。
でも……凛は方向音痴だからな……ここからみんなのところまで戻れるのかな……それだけが気がかりだな……。
「大輝!大輝!」
凛の声が聞こえる。
俺の頭の中にいろいろな場面の凛が映る。
初めてあった時。その日の夜。転校初日。ショッピングモールで迷子になった時。その後不良に絡まれた時。俺と部活を見てまわった時。皆でゲームセンターに行った時。翔也達のグループで和気藹々としている時。
いろいろなシーンが走馬灯のように流れ込んでくる。
今思うと……凛が心から本気で笑ってるような所、俺は見てなかったんだな……。
そこに映る顔はいつも、普通の何考えるてるんだか分からなくてそれでも優しい彼女は笑う。それは彼女の本当の【笑顔】じゃない。
せめて、凛の本当の【笑顔】を見ておきたかった。
そんな凛の最高の【笑顔】は、きっと最高に…………。
今、俺の名前を呼ぶ凛の顔はどんな表情をしているんだろう……。
「大輝……私達、それほど転がり落ちてませんよ?」
……ん?
一瞬俺は言葉を理解出来なかった。
俺は恐る恐る右手を動かしてみる。
……動く。続けて左手……。右足……。左足……。全て異常なし。
ガバッ
上半身をおもいっきり起こし辺りを見渡す。
確かに俺達は転がり落ちたはず……一体どうして……。
その疑問は直ぐに解決した。
俺が振り返るとそこには一本の木が立っていた。
「この木があったから途中で止まったのか」
俺が寝ていた後ろの木をペシペシと叩きながら言う。
ここでふと思いだした俺は凛に尋ねる。
「だったとしたら俺達が落ちている最中にゴロゴロ聞こえてたのはどういうことなんだ?いくらなんでも長すぎやしないか?」
ぶつかってから痛みで気を失っていた見たいだが確かに失う少し前にはまだゴロゴロと聞こえていたはずだった。
「多分石だと思います」
「石?」
「はい、そもそも落ちる原因は頭ぐらいの大きさの石に足を乗せてしまい、バランスを崩れてしまって石ごと転がってしまったものでしたから」
「……ま」
「?大輝、今なんて言っ」
「紛らわしいわ!」
俺は凛の言葉を遮って続ける。
「完全に人生終了だと思ったよ!僕もう疲れたよ……展開だっただろ!」
俺が行き場のない思いをブツブツと呟く。
「あの……申し訳ないのですがもう一つ言っておかなくてはならないことがあるのですが……」
「な、なんだよ……」
俺は恐る恐る凛に尋ね、覚悟を決める。
「実は……」
ゴクリとつばを飲む。
そして、凛は俺の肩を指さし。
「肩に毛虫がついていますよ」
俺は黙って肩を見る。
そこには人差し指ほどのうにゃうにゃ動き回る毛虫がいた。
体がぶるぶると震えていくのを感じた。
「うわぁぁぁ」
この反応から言うまでもないだろうが、俺は虫が大嫌いだ。
正確に言えば虫が嫌いなのではなく手足が六本以上ある生き物に弱い。
俺は情けないような声を上げながらバタバタと毛虫を落とそうとする。
「ちょ、ちょ、ちょ」
言葉になってないがそれでもあたふたと服を動かす。
せっかく前回かっこよく終わったのに台無しであった。
「プッ」
「あははは」
毛虫を払っていると凛が唐突に笑い出す。
「笑い事じゃ……」
言いかけた俺はふと考えた。
そういえば凛から声を出して笑っているのを見るのは初めてかもしれない。
凛はこんな林の中あたりも暗くなりつつつある場所で一人探し物をしていた、ようやく知り合いに会えたところで転落。相当不安がおおきいこともあっただろう。不安が大きければ大きいほど安心した時に笑みがこぼれるのはありえたことではあった。
「すいません、なんか安心してしまいました、でも」
少し間が空いて。
「大輝が無事て本当に良かったです」
「ふ、それはこっちのセリフだよ、凛」
俺はこの日の凛の笑顔を一生忘れることはないだろう。
俺は凛をおぶりながら集合場所へ向かう。
「凛ちゃーん!」
俺達の進行方向から翔也がかけてくる。
「こんなところにいたんだ、みんな探してたんだよ、って足怪我でもしたの?」
「はい、今大輝におんぶしてもらってたところです」
「ふーん、変なことされないように気をつけてね?」
「安心しろ、俺がそんなことするようなやつに見えるか?」
「翔也君、ご忠告ありがとうございます、気をつけておきます」
「え、見えるの?そこまで変態じゃないよ俺」
「と、そういえば凛ちゃんなんで途中ではぐれちゃったのさ?」
翔也が俺の話をスルーして凛に話をふる。
「物を……無くしてしまって……」
「そっか、どの辺で落としたとか検討もつかないの?」
「はい、休憩所についた時までにはあったとは思うのですが」
「はぁ、翔也、凛のこと頼むぞ」
俺はゆっくりと凛の事を下ろす、翔也は肩を貸し凛がゆっくりと立ち上がる。
「大輝?」
「野暮用だよ、先生にはすぐ戻るからって伝えといてくれ」
「これだから…………」
「あ?なんか言ったか?」
「なんでもないよ、行ってらっしゃい」
そう言うと今度は翔也が凛の事を持ち上げ下りていく。
それはそうとさらりとお姫様だっこをするあたり流石だと思う。
「さて、行きますか」
俺は自分に言ってから移動を開始した。
「翔也君重くないですか?」
私はおぶってくれる翔也君に質問しました。
「んー?そんなことないよ?平気平気」
「ありがとうございます……」
「んー?なにが?」
「私が困っている時にいつも助けてくれて、感謝しています」
「…………ない」
「はい?」
しっかり聞き取れなかった私は思わず尋ねてしまう。
「今回は俺じゃなくてあいつだよ」
そう言って上に向かって指を指す。
「大輝……ですか?」
「そ、悔しいけど凛ちゃんが迷子だって気がついたのも場所を特定したのも、俺達に伝えたのも全部あいつ、だからさ」
「だから感謝なら俺にじゃなくてあいつに言ってよ」
「……はい、それでも翔也君もありがとうございます」
私は翔也君の腕の中で小さく感謝の意図を伝えました。
それから私と翔也君がキャンプについてからはいろいろと問題が起きました。
具体的には私を心配する声とお姫様だっこに対する黄色い悲鳴が八割を占めていましたが。
それから一時間後、夕食をすませて各々テントに帰り出す頃、大輝は帰ってきました。
俺が帰ってきてから先生にこってりと絞られ、だいたいのことの終着としては翔也が凛を見つけてきたことになっていたらしい、まぁ理不尽といえば理不尽だがそれでも俺は構わなかった。
先生からの説教を終え去り際に言われた一言。
「ありがとうね、助かったよ」
この一言でだいぶ救われたような気がしていたからだ。
そして、俺は泥だらけの体である場所に向かう。
ある場所はどこかって?そんなもの決まってるだろ。
「凛!」
俺は友達と話をしていた凛に向かって遠くから声をかける。
凛が気が付きこちらに振り向く。
「なんですか?」
不思議そうに尋ねる凛に向かって【あるもの】を放る。
凛がぎりぎりキャッチして、それを見る。
「次は無くすんじゃねーぞ」
俺は凛の反応を聞かずして、その場を立ち去った。
立ち去る俺の片手にはスマホが。
そのスマホには今日、ここに来る途中にはなかった物がついていた。
そう、恥ずかしくてつけていなかった。
凛からもらった赤い俺のカラクマをぶら下げ俺はついた泥を落とすべくシャワーに向かうのだった。