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「魔法って言うのは、精霊の力を借りて操る物なの。で、精霊の力を借りるには、私たち魔法使いの体の中に溜まってる、魔力って物が必要なのよ。呪文を唱える事で、力を借りる事を精霊へ宣言して、魔力と引き換えに精霊に仕事をしてもらうの。
魔力って言うのは、言ってみたら私たちの体の中で育つ『木』見たいなもので、私たちが年を取る事に大きくなり、私たちの体に深く根を下ろして行く物なの。そのまんまなんだけど、魔力の塊のことを、私たちは『魔力の木』って呼ぶんだ。
で、私の体の中から、魔力の木が無くなっちゃったの。本当は、公園で飛んだ時にはもう、半分空っぽだった」
ハルは言葉を切ると、ごくごくと麦茶を飲み干した。かなり詳しく説明してくれたものだ。
「要するに、お前は今、欠片も魔力を持ってないのか?」
「ううん。体に染み付いた、いわゆる『根っこ』の部分は残ってるんだ。だから、風を吹かせるだけとか、そう言う簡単な魔法は使えるみたい」
ああ、だから、俺がハルをキャッチした時、そんなに重くは無かったのか。おそらく、ちょっとした風を、地面に向けて吹かせていたのだろう。
「これが、今解ってる事の全部。誰が私の『魔法の樹』を奪ったのかとか、そんな事は全然解らない」
「そこまで教えてくれて、良いのか?」
俺は彼女にそう尋ねてみた。彼女にとって、魔法使いの存在を知ってしまった俺は危険な人物だし、そんなやつにここまで教えてくれる道理が、どうにも解らなかったのだ。
「まあ、あんたは私を助けてくれたしね。確かに迷惑も掛けたみたいだし、これはそのお詫び」
質量のある視線が、俺をまっすぐに捉える。俺も自然と、ハルの蒼い瞳を見つめていた。
「それに、私が魔力を無くしたって事も、他の魔法使いにバレるとヤバいの。だから、私はあなたの記憶を消さないし、殺しもしない。そのかわり、あんたは魔法使いの存在を世間にばらさないし、私が魔力を無くした事も、ばらさない。良い?」
う〜ん。どことなく強引さを感じるなあ。
「まあ、俺が無事ならそれでいいけどさ。お前も苦労してるんだな」
「あんたがそれを言うなんて驚きだわ」
軽口を叩き合った後で、俺はふと時計を見た。もう、時計の短針は九を指している。
「あーあ。お前のせいで遅刻だ」
「こっちだって遅刻よ」
ハルはむすっと時計と俺を睨みつけ、ソファから腰を浮かせた。
「さ、私も学校行かないと」
そう言って、ハルはおもむろにマントを脱ぐと、くしゃくしゃと丸め、そこへ人差し指を振り向けた。
と、一瞬にして彼女の手には同じ様な色の手提げ鞄が現れ、手のひらの中のマントは跡形も無く消え去った。
「え……、何だそれ」
「ああこれ?」
ハルは手に提げた鞄を愛おしそうに眺めると、
「これはお母さんが作ってくれたんだけどね、布地の糸に魔力が練り込んであって、自分が魔力を使わなくても、こうやって形を変えてくれるの」
と応えた。何となく俺はそれ以上問う事ができなくなり、言葉を継ぐ代わりに、近くに置いてあった自分の制カバンを取った。
「俺はもう行くから。お前も出ろよ」
「ちょっと待って」
背中越しにハルの声が聞こえる。
「あんた、その制服、成英高校の生徒なんでしょ?」
「そうだけど……」
そう言って、俺は振り返る。そこには、マントを脱いだハルが立っていた。
見慣れたブレザーに。見慣れたチェックのスカートをはいている。……って、え?
「お前も、成英の生徒なのか?」
「えぐざくとりー」
思いっきり日本語の発音でそう応えると、ハルはしてやったりと言う風な顔をして、なぜか嬉しそうにくるくると回った。
「あんた、私の秘密とかばらしたら、肩から上が消えるから」
訂正。全然嬉しそうじゃないのに、彼女は笑っていた。