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泣き出した女の子を放っておくわけにも行かないので、俺は一旦家まで引き返した。俺の家は共働きで、しかも家の周りは静かな住宅街なので、幸運にも俺は誰とも会う事が無かった。
だって、泣いている女の子の手を曵いて歩いている男子高校生、なんて、どう考えても危なすぎる絵面だよ。もしこの腕の中の女の子が不用意な事を言ったら、俺の人生はそこで終わってしまうかも知れない。正直ビビりまくっていた。
こそこそと家の庭を通り、鍵を開け、女の子をリビングのソファに座らせる。俺は冷蔵庫から麦茶を取り出して、彼女に出してやった。彼女はそれを丁寧に両手で受け取ると、
「ありがと」
とだけ言った。俺にそんな気は微塵も無いけれど、彼女もそう言う、知らない人の家に入る危険と言うものは感じてないようだ。良かった。
俺も自分の分の麦茶をコップに注ぎ、背の低いテーブルを挟んで向かい側に、どっかとあぐらをかいた。
「で、だ。早速だけど、お前の素性を聞かせてもらおうか」
「先にそっちが教えなさいよ」
もう既に泣いてはいないが、それでも目の周りの赤さは取れていない。そんな顔で、よくもまあそんな事を言える物だ。
「推測するに、お前が空を飛べなくなって、それで俺にぶつかったんだろうが。それで俺に死ぬか、結婚するか、記憶を消すかの三択を迫るなんて、無理があるだろ」
「めんどくさいなあ」
彼女は小さな声でそう言った。いやいや、それはおかしい。
「おい、それどういう意味だよ」
「あの時、記憶を消しとけば良かったって意味よ」
そして彼女は、はあっ、と長い溜め息をついた。
「仕方ないわね。教えるわよ。教えれば良いんでしょ。
私の名前は、ハル・ラインハルト。一応、お母さんの旧姓の日野って名字使う事もあるから。ハーフだけど、生まれてこの方、この街に住んでる。十五歳、高校一年生」
投げやりな感じでそう言い終えると、顎をしゃくった。
「ほら、あんたも教えなさいよ」
俺も腹を括った。気の抜けた声で自己紹介をする。
「仕方ないな。俺の名前は春日居大和。生まれてこの方、この町に住んでる。十六歳、高二」
「ちょっと! 適当過ぎない?」
「お前のパクっただけだぞ? これが適当だって言うなら、お前の自己紹介も適当だったんじゃないのか?」
少しからかい混じりでそう言ってみたが、彼女、いやハルはそれに気付いていないようだった。白い頬を真っ赤に染め上げて、
「何よ! 言っとくけどね、あんたに選択権は無いんだから。もし私に逆らったら、殺されたって不満は言えないんだからね!」
と吠えた。
「いや、不満たらたらだろ……」
俺はそう呟いてから、このまま脱線して行ったら、一ミリも話が進まない事に気付いた。大きな咳払いを一つして、話を線路へと戻す。
「ごほん……。で、だ。俺はお前を、いや、魔法使いの存在を知ってしまった。よく解らないけど、お前はこれが俺のまずい所だと言う。でも、お前も何かまずい事があったんだろ?」
「いーや、ない!」
ハルは胸を張ってそう言い返した。
「嘘吐け。いきなり泣き出したくせに、何も無いはず無いだろ。」
「そりゃそうだけどさ……」
ハルは何かを言おうとして、止めた。急に頬を朱に染めて、俯いてしまった。水滴の突き始めた麦茶のコップを、指で何度も擦っている。
「いや……さ、こればかりは認めたく無いんだけどね」
ハルは、小さな息を一つ吐いた。膝の上に目を落とし、ハルは
「私、魔法使いなのに、空、飛べないみたいなの」
と言った。目は自分の膝を捉えている様で、どこも見ていない。
「まあ、そうだろうな」
俺はすぐさまそう応える。
「ってか、さっきも同じ事、言ってたじゃないか。それがどうかしたのか?」
「まったく、神妙な顔の一つでもできないの?」
ハルはぷうっ、と頬を膨らまして、「ふん」と横を向いた。