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「詳しく話を聞かせてもらおうか」
やっとの事で彼女をどかす事に成功した。そこまでは良かったのだけれど、彼女は「君がなにするか、解ったもんじゃない」と、勝手な事を抜かしながら俺についてこようとしたので、俺は一旦近くの大きめの公園へと入る事にしたのだった。
丸裸の梢の間から、雲一つ浮かんでいない冬の空を見上げ、ベンチに腰を下ろす。冬の朝は公園にも人があまりいない。公園には大きな池があって、ベンチはちょうどその池に向かい合う様に設置されていた。彼女も、マントの裾を整えながら、俺の隣に腰を下ろす。俺の隣に転がっていたホウキを、大事そうに握っている。
「まず、お前は何者なんだ?」
「魔法使い」
素早く、短い言葉が返って来た。
「魔法使いって、あの魔法使いか?」
「あんたが何を思ってるのか知らないけど、たぶんその魔法使い」
そう言って、彼女は「はあ」と、解り易い溜め息をついた。
「もう、この際だから言っちゃうけどね。あんたの人生はこの先、死ぬか、私と家族になるか、記憶をなくすか、の三択しかないから」
「はあっ!?」
いきなり何をおっしゃる。
「どうして俺がそんな……」
「いいから、黙って聞きなさい。魔法使いの存在を知ってしまった人間は、みんなどれかを選ばなくちゃ行けない。死ぬのはともかく、私と家族になるって言うのは、もちろんそのままの意味じゃない。私の家に幽閉されて、一生を過ごすの。形の上では、結婚したって事になるんだけどね」
正直どれも選びたく無い。俺の首筋から、どっと汗が吹き出る。
「一昔前までは記憶をなくさせたり、殺したりするのがメインストリームだったんだけど、さすがにそれは非人道的すぎるじゃない? だから最近は、せめて、相手の意向を訊いて、同意を取り付けてからにしよう、ってなって来たの。これこそ、インフォームド・コンセント!」
いや、全然意味が違うけどな。
「やだよ。どれも選びたくない」
「私だって嫌よ。でも、仕方ないでしょ、決まり事なんだから。できれば私だってあなたを殺したく無いし、あなたと形の上でだって結婚するのは嫌。だから、記憶を消す事を、選んで欲しいの」
さっきの説明を聞いてしまった手前、どっちも選びたく無い。
「で、何だ。お前は魔法使いなのか。って事は、何か魔法みたいな物でも使えるのか?」
少し強めに出てみる。どうもあの三択が気に食わない。そもそも、こいつが俺を殺せるのか、俺の記憶を消せるのか、疑問だった。しかし。
「うん、良いよ」
案外快く引き受けてくれた。彼女はそう言っておもむろに目を閉じると、何やらぶつぶつと言葉を唱え始めた。
「風よ、風の精霊よ。風使いハルが……」
聴き取れたのはここまでで、後は何やら早口でぶつぶつと呟いているのが聴こえるだけだった。
と、俺が大きなあくびをしようとしたその時、
「風よ吹けッ!!」
「うわっ!」
あくびが引っ込み、代わりに驚きの声が飛び出て来た。
風が、靄の集まったブーメランの様な形を作り、シュルシュルと綺麗な弧を描いて飛んで行く。あっという間に公園を飛び出て、近くの家の屋根に止まっていたカラスに直撃した。カラスは呆然と立ち尽くしたまま、「かあ」と一声無くと、バサバサと屋根から落っこちてしまった。
俺はしばらく、口を開けっ放しにしている事に気付かなかった。はっ、と我に戻り、あわてて隣の彼女に尋ねる。
「それが魔法なのか?」
「まあ、一般的にはそう言われてるけど。実際は風の精霊の力を借りて、こういう事をやってるんだ」
彼女はそう言って、風のブーメランが飛んで行った方向に合掌した。おい。
「え? あのカラス、死んじゃったのか?」
「ううん、手加減したから平気だと思う」
良かった……。これで平然となんかにするやつだったら、俺は迷い無く逃げ出すつもりだった。何が「これぞ、インフォームド・コンセント!」だ。
「ちなみに、手加減しないとどうなるんだ?」
「あの家の屋根が、ぱかっと切り取れる位かな」
うおお、やべえ。嘘を吐いている感じも無いし、本当の事なんだろう。模試自分が食らったら……、と考えて、一人で鳥肌を立ててしまった。怖ぇ。