キスの味は檸檬(大嘘)
いつものように公園に向かうと、リオンちゃんはすでにブランコに腰掛けていた。
先を越されていたようだ。
「やっほー、リオンちゃん」
気さくに話しかけてみたら、リオンちゃんはブランコから立ち上がった。
「こんにちは、おねーちゃん」
そしてぺこりとお辞儀。
うん、行儀のいい子だなあ。
「リオンちゃんは今日も可愛いねえ。アメちゃん食べる?」
そんな事を言いながらよしよしと頭を撫でて、鞄のポケットの中に入れてあったにビニール袋から飴を取って差し出してみた。
適当に取って出てきた飴はレモン味だった。
確かコーヒー味やら塩飴も入れていたような気がするので、当たりだろう。
そうすると、リオンちゃんは冷静にありがとうございます飴を受け取ってから、とんでもない事を言ってきやがった。
「おねーちゃん、おねーちゃんってもしかしてレズですか?」
……………………………………………………………………………………。
…………………………………………………わっつ?
レズ? レーズンじゃなくてレズ?
いやレーズンですかっていう問いかけはおかしい、と言うかそっちの方がおかしい。
でもレズですかと言う問いかけも十分おかしいはずなので、何かを聞き間違ったという事もあり得る、と言うかそうに決まってるよね?
「え、えーと、ゴメンうまく聞き取れなかった、今なんて言ったの?」
あはははは、と何も誤魔化す事なんて無いのに誤魔化すような笑い声を立てながら聞き返す。
どうか聞き間違いであってくれ。
「だから、おねーちゃんはレズですかって聞いたんです」
冷めた顔してそう言うリオンちゃんに私は膝から崩れ落ちそうになった。
レズ。
レズビアンの略、レズビアンとは女性の同性愛者の事である、百合ともいう。
「何で? 何で私がレズだと? ………………………てゆーかどこでそんな言葉覚えたの?」
「ネットです」
インターネットは子供に害を与えるって本当なんだなあ………
もしかしてリオンちゃんの語彙がみょーに広いのもネットのせいなのだろうか?
「そう……………それで何で?」
「だっておねーちゃん、リオンの事いっつも可愛い可愛いって言うし…………頭撫でるし」
その程度の事でレズ認識される私って………その程度の事でレズ認識するリオンちゃんって………
「ぶっ飛び過ぎだよ…………何でそんな発想になるかなあ………それにだいたいだね、頭撫でまわして可愛い可愛いと連呼するくらいの事、リオンちゃん以外にもいつもやってるけど」
「え?」
何か今物凄いドン引きされたんだけど、おかしなこと言ったかな?
「何かおかしい事がある?」
「リオン以外って、誰にですか? おねーちゃんにはそんな頭撫でる様な関係の人がいるんですか?」
…………ん? 誰って誰だ? てか人?
そこで私は前言の言葉を簡略し過ぎた事に気付いた、これは誤解されても仕方がない。
てゆうか誤解しか招かない言動だった。
「あー………ゴメン、私が言ってるのは人じゃなくて猫の話だったんだけどね、ヌシとか、その他目の前を横切った猫とか、と言っても、ヌシ以外には大抵捕まえる前に逃げられちゃうんだけど」
世間では黒猫が目の前を横切ると不吉だとかなんとかいうらしいけど、私にとっては不幸じゃなくて幸運だ、ついでにおとなしく抱っこさせてくれたらその週の運気は使い果たしたと言ってもいいくらいの幸運だろう。
そうなると私は一週間の幸運を猫によって使い果たしたという事になり、その他は運が悪くなるという事になるんだけどね。
「………………何だそう言う事ですか」
「そう言う事なんだよ、だからリオンちゃんの事可愛いって言って頭撫でたのも猫に対するものと同じ種類のものだから、恋愛感情とか持ってないから安心してね。あ、ついでにロリコンでもないから、変な誤解を受ける前に言っとく。私はノーマルだよ、ま、好きな人なんて今まで一人もいなかったし、作る気もさらさらないんだけどね」
二つ、本当ではない事を言った。
一つは願望の様な嘘で、そうであったらよかったという後悔でしかない、見破られても何の悪影響も無い物だったから、どうでもいいのだけど。
そして、もう一つは本当になるか嘘になるか分からない事だった。
その言葉はただの決意で、今から一年前、いや、もうすぐ一年前になるあの日に心の底か願った癖に、騙し騙し継続しているようなものなんだけど。
この言葉が本当になってくれることを心の底から私は祈っている。
というか本当にならないと私は多分またぶっ壊れるだろうから、本当にしなきゃならないんだけどさ。
「分かりました、所でおねーちゃん」
「ん? なーに?」
「おねーちゃんはファーストキスと言う物についてどんな風に思っていますか?」
「…………はぁ?」
いきなり何を言い出すんだこの子は。
唐突過ぎる。
「いえ………今日クラスの子が恋愛について何やらとても盛り上がっていて………聞きたくもないのに聞こえてきたんですよ」
あー、リオンちゃんくらいの年の頃ってそう言う事にやっぱり興味を示し始める年頃なんだなあ。
恋愛って言う物に物凄く期待して、授業中二ステキな恋をしている自分を妄想しているイメージがあるし(物凄い偏見)。
私はどうだったっけ?
そう言う事には全く期待していなかったどころか、幻想だと切って捨てて恋愛と言う概念そのものを馬鹿にしていたような気がする。
擦れてたからなあ、あの頃の私。
外面だけはニコニコニコニコ、愛想よく笑って取り繕ってさ。
本当に嫌な子供だったぜ。
過去形じゃないな、現在進行形だ。
私っていう人間はとんでもなく性悪の悪人だ。
オーバーな気もするけど、これくらいのことを言われても仕様の無い事を何度も行ってきた。
でもまあ、私は善人では絶対にないだろう。
なんせ。
二回ほど殺人未遂を犯した上に、その事に関して全く罪悪感を持っていないどころか、今でも若干心のどこかでその二人……いや、三人か、とにかくその人間達を殺そうと淡々と狙っているのだから。
偽善者ですらない悪人だ、悪者でしかない。
そんな風に自覚しながらも、それでも全く変わる気が無いところが最低のクズだと思う。
そんなクズが人にそう言う好意を持てるわけがないという事で。
というか、そんな感情を抱くべきでないと私は思うわけで。
そもそも、醜い恋愛感情で乱れに乱れて暴走しまっくった、私以上の最悪のクズ共からとんでもない被害をこうむった私が、恋愛感情と言う物そのものにトラウマを持っているのは当たり前なわけで。
もうすぐ、私の弟か妹が誕生する、もしかするともうとっくに生まれているのかもしれない。
だけど私はそれを知りたくない。
来月か今月かは知らないけど、もうすぐ私に双子の兄妹が出来るらしい。
知るかそんな事。
実は数か月前に姪っ子も生まれた、これは普通に嬉しかった。
これだけは本当に嬉しかった、それだけは嘘じゃない。
自分が生きて姪っ子に会えるなんてこれっぽっちも思っていなかったから。
とんでもない出産ラッシュだ、ある意味喜劇だ。
だけど私には、姪っ子が生まれた以外のその他二つの件については全く関係無い。
そう、関係がないのだ、もう全部全部終わっているから。
だからほら、私は何も知らなくていい、何も見なくてもいいんだよね?
本当に。
あの頃はどうかしていたんだ。
不幸という言葉で言い捨てられるレベルの不幸だったけど、それでもあれは本当に本当に嫌な事件だった。
事件と言うほどの事でもきっとないのだと思う。
だけどまだ、ほんの少し思い出しただけで吐き気と悪寒が湧き上がる。
「おねーちゃん? どうしました? なんか鳥肌立ってますけど………」
リオンちゃんにそう声を掛けられてハッとした。
随分思考が変なところに行ってしまったなと思いながら、会話の主旨を思い出す。
「何でもないよ、ちょっと変な事を思い出しちゃってね………ええっと、ファーストキスについてだっけ?」
「はい、クラスの女の子達はファーストキスはレモンの味とかほざいていたんですけど、そんな事無いですよね? ぶっちゃけただの幻想ですよね」
さっきあげたレモン味の飴の袋をいじりながらそう言うリオンちゃん。
あ、そっか、そっからの発想だったわけね。
確かにベターな話ではあるけど無いよなーそんなの。
実際は苦いだけだ。
「だよねー。でもなんでそんな話を私にしたの?」
「ですよね。だっておねーちゃんは私よりも年上で人生経験豊富そうじゃないですか。おねーちゃん可愛いし。キスの一回や二回すでにしてそうな気がして」
なんだか随分上に見られすぎている。
この娘ついさっき私の事レズだと疑ってたくせに、何だこの変わり身は。
私が可愛いだって? ダウトだ。
どうやら私の嘘吐きがリオンちゃんに伝染してしまったらしい。
小さい娘に悪影響を及ぼすほど私の嘘は酷かったのだろうか。
それともこの前白猫のヌシを貶しまくったリオンちゃんに正直すぎるのは良くないと忠告した事が利いたのだろうか。
どっちにしろ、全く本心でない事を云うのは良くない。
「何言ってんのさ、私の人生なんて大したことないぜ? キスどころか異性と手を繋いだことすらないよ」
まあ、嘘だ。
全部嘘とは言わないが。
1割くらいは本当だ。
それってほとんど嘘だよなあ………
「そうなんですか?」
「うん、でもそんな私でも分かる、キスがレモンの味何てのは真っ赤な嘘だって事くらいは。ぶっちゃけする前に食べてた物の味しかしないと思う。相手が事前にブラックコーヒー飲んでたら苦いだけだろうし」
そう自分で言ってたら口の中にあの苦味が蘇ってきやがった。
不愉快。
不愉快極まりない事を、また思い出した。
だけどさっきとは違い、吐き気も悪寒も無い、ただ苦いだけの思い出だ。
だからポケットから甘い甘い飴を取り出して口の中に放り込んで苦味を中和させようとした。
しかし適当に選んだそれは、よりにもよってコーヒー味だった。
苦くはないけど、それほど甘くもない。
だけどその味によって更にあの記憶を鮮明に思い出してしまったのは言うまでもない。
思わず吐き出したくなったが、小学生の前だ、そういう食べ物を粗末にするような事はやらないほうがいい。
……何やってんだろ、私。
「………やけに実感がこもってる気がするんですけど………………………やっぱりしたことあるんですか?」
「ううん、無いよ」
やっぱり笑いながら答えるけど、ひょっとしたらそれは苦笑いになってしまったかもしれない。