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ジョーカー  作者: 朝霧
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公園の主は猫

 膝に何かずっしりしたものが乗っかったのを感じて私は右目を開いた。

 そうして真っ先に視界に飛び込んできたのはちょっと薄汚れた感じのある白色の塊だった。

 両手で抱えられるくらいのそれは三角に尖った耳と金色の瞳を持つ生物で、本来ならその生物は俊敏であるはずなのだが、その貫録があると言っていいくらいずんぐりとした体では多分そんなフットワークの軽い動きは期待できない。

 その貫録のある体と堂々たる振る舞い、そして私がこの公園に訪れると高い確率で此処に居る事から私はこの生物をこの公園の主と呼んでいる。

 その白い生物、まあ、ぶっちゃけ猫がいつもの公園のブランコに座っていた私の膝によじ登ったというわけで。

 おうふ……………吃驚した。

 ヘッドホンで音楽を聴きながら目を閉じていた(寝ていたわけではない)から、その猫の存在に全く気付いていなかったのだ。

 どうやって膝に着地したのかは知らんが。

 よじ登られた感じは無かったような気がするけど、ジャンプでもしたのだろうか? このおデブい体で?

 疑問に思いつつヘッドホンを外して音楽プレーヤーを止めると、その白猫がにゃー、とあんまり可愛くない声色で鳴いた。

 金色の瞳は私を見据えている。

 そのままなんとなく放置してみたらもう一度にゃーと鳴かれる、今度は少しだけ苛立っているような声だった。

 「はいはい、分かったよ」

 半ばあきらめたように言ってから、ブランコのわきに置いてあった鞄から煮干しと書かれたビニール袋を出す。

 その中から一本煮干しを取り出して白猫の口に近づける。

 煮干しに食らいつく白猫。

 デブだからなのか、食べるスピードが速い。

 他の猫と比較した事が無いから、もしかしたらこれが普通なのかも知れけど。

 すぐに食べ終わったそいつは不遜な態度で次の煮干しを要求した来た。

 なあぁ、と煮干しを催促するその顔はおかわりがもらえて当然であり、無い方がおかしいというくらいのふてぶてしさしかなかった。

 全く、可愛げないなあと言いながらももう一本煮干しを出す私は甘いんだろうなと思う。



 この猫と出会ったのはリオンちゃんから2回目に口止め料を貰いに行った時だった。

 ベンチに寝そべっているその猫の様子はだらけきっているくせに妙に堂々としていて貫録があったので、見た瞬間吹き出してしまった私は悪くない。

 逃げられるだろうなと思っていた私の考えを裏切って、私の笑い声に気付いた猫はとても面倒臭そうにのそーっとこちらをちょっとだけ見やって、すぐに元の姿勢に戻った。

 その態度にちょっとだけ驚いて、やっぱり笑ってしまった。

 逃げられないようにじりじりとベンチに近付いてみたが、それでも逃げるどころか身じろきすらしない。

 そして私は意を決してちょん、とその丸々とした背中に触ってみた。

 やわらかい毛の感触と温もりを指先に感じた。

 久しぶりに感じる自分以外の生物の暖かさだった。

 猫は石像のように動かなかった。

 逃げられるどころか抵抗されて引っ掛かれても文句は言えないとと考えてたから、触れた事にちょっとした感動を覚えつつその背を撫でる。

 それでも微動すらしない。

 ぬいぐるみみたいだなと思いつつ一心不乱に猫を撫で続けていたら、公園にやって来たリオンちゃんに何やってんですかと呆れ返られて我に返った。

 リオンちゃんの言う事には、猫を撫でていた私の顔はニタニタニヤニヤととても不気味な笑みを浮かべていたらしい。

 今来たのが私じゃなかったら思いっきり不審人物扱いされてましたよ、と断言されてしまった。

 「てゆうか、知り合いである私ですら関わりたくないと思うような顔でした」

 「………そんなに酷い顔をしてた?」

 「ええ、小さい子供が見たら大泣きしていたかもしれません」

 嘘でしょ…………軽く正気を失っていた自覚はあるけど、そこまでの表情をしていなんて。

 でも昔知り合いに“お前の笑顔は気味が悪い”と言われた事もあるし、本当なんだろうな。

 今度から気を付けよう。

 そんな決意をしつつも猫を撫でる手は止まっていなかったから、その決意はそんなに重いものではなかったが。

 なんだかんだ言ってリオンちゃんも猫に少なからず興味があったらしく、寝そべる猫の正面に回って猫の顔をじーっと眺める。

 「何か不細工ですねこの猫、デブだし、かわいくない」

 そして数秒後にそう言い捨てた。

 確かに可愛いとはちょっと言いにくい容姿ではあるものの、そんな馬鹿正直に思った事をストレートに言うのは、たとえ猫相手でもよくないと思う。

 「そ、それは否定できはしないけどさ………何か別の言い方出来ない? ………えっと……………ふくよかとか貫録があるとか……」

 正直なのはいい事だけど、世の中にはオブラートに包むという言葉だってあるのだから、そんな露骨な事を言い続けるのは得策じゃないよ。

 「どっちでも根っこの意味は同じじゃないですか」

 「そりゃそうなんだけどさ………………」

 そうバッサリと言い切るリオンちゃんに、小さい子供のうちは正直でいる方がいいのだろうとも思ったので、それでもいいかと考え直した。

 幼いうちくらい、自分の考えや思いを素直に人に伝えてもいいはずだ。

 てゆうか小さい頃から自分の感情を隠し続けていると、将来自分の感情を誰にも吐き出せずに、と言うか吐き出す方法を知らずに歪んだ大人になるだけだ、って何かで読んだ事があった気がする。

 そんな大人にはなって欲しくは無いなと無責任に思いつつ、だけど思った事を素直に口にすることが出来るこの子なら大丈夫だろうなあとちょっとだけ笑った。


 「私どちらかと言うと猫派なんですけど、この猫は正直言ってあんまり好きじゃありません……………てゆうか今の私の心境は可愛い着ぐるみの中身がむさくるしい中年男だって知ってしまった幼児と同じような感じです」

 色々突っ込みたい。

 まず、君だって十分幼い。

 あと、やっぱりこの猫に対してリオンちゃん毒舌すぎるだろう。

 もう一つ、その喩だと世に存在するすべての猫が可愛げの無い猫なんだって言っているようなものになるんじゃなかろうか?

 リオンちゃんが想像しているような可愛い猫の方が多分大多数で、今私がもふもふしているようなのはきっと少数派だ。

 ある意味レアだ。

 そう言えばアメリカだったかイギリスだったか忘れたが、そちらの国で太った猫と言われる事は褒め言葉だって聞いた事がある、何でも太った猫と言うのは“あなたは金持ちだ”、という意味であるらしい。

 ……………うん、今この事は全く関係なかったね。

 だけどこの猫を見てたら何か思い出しちゃったんだよ。

 アメリカ人だかイギリス人にあなたはこの猫のようですねと言ったら喜ばれるんじゃないだろうか?

 そんな考えが数秒で頭の中を巡り、最後に思いっきり脱線した事で、それまでに考えていたのが霧散こそしなかったものなんかどうでもよくなったので、結局突っ込む事は止めて当たり障りのない事を聞いてみた。

 「リオンちゃん猫好きなの?」

 「はい、だって可愛いじゃないですか、犬みたいに五月蠅くないし」

 「ふうん、私もどっちかっていうと………というか断然猫派だね」

 猫は可愛い。

 可愛いものは好きだ。

 甘い物も大好きだ。

 可愛くて甘いものは最強だと思っている。

 これは嘘でも冗談でもない。

 そう言えば“奴”は犬派だったっけ。

 ふとそんな事を思い出した。

 猫は言う事聞かないから好きじゃないんだって、私とはつくづく気の合わない男だったよ。

 そんな事を言った後に私の事を猫に似ているなんて言ったんだから、やっぱりあの男は私の事が嫌いだったのだろう。

 まあ知ってるけど。

 だって断言されたし。

 大嫌いだって、ね。

 いつもへらへら笑っているのが気に食わない、全然平気じゃないのが目に見えて分かるような状態でも平気を装おうとするその態度が不愉快だ、くだらない嘘ばかり吐き出すその口を縫い付けたいくらいだ………それに…………ええと、何だっけ?

 その後は忘れた。

 忘れた、という事にしておこう。

 兎に角こういう具合に散々な事を言われた事があった。

 こいつ本気で私の事が嫌いなんだろうなーってのがあの時よーく分かった。

 本当、だったらよかったんだけどね。

 

 でも確かに、あいつが猫を可愛がっている姿が想像できない、完璧に調教した大型犬を誰かあいつの気に食わない人間にけしかけている様子なら物凄く簡単に思い浮かぶけど。

 「ですよね。犬は五月蠅いしでっかいのは怖いし、正直言って好きじゃないです……………だけどたまーに可愛いのがいるから嫌いとは言い切れないんですよねえ………」

 「……………奇遇だね、私も全く同じ意見だよ」

 案外この娘とは気が合いそうな気がする。

 「私も犬は好きじゃない、特に大型犬とかは大嫌い…………………………だけどさあ、私ちょっと前まで飼ってたんだよね、大型犬」

 「…………そうなんですか? 嫌いなのに? ………………………飼ってたって事は死んじゃったんですか?」

 「いや、捨てた」

 「………………駄目じゃないですか。生き物を飼うなら最期までちゃんと責任持たなきゃ。そう言う無責任な人がいるから罪も無い動物が殺されるような事になるんですよ」

 じとーとした目で睨まれた。

 リオンちゃんは割と怒っているらしいけど、この話にはちゃんとした落ちがあるので私は飄々とした態度を崩さない。

 「いーんだよ、あいつが勝手に私について来たんだし。それにしっかりした奴だから心配しなくても一人で生きてくさ。そのうちこんなろくでもない飼い主とは180度違うまっとうなご主人様を見つけるだろうよ」

 「………犬が………勝手について来たんですか?」

 「うん、てかもともと知ってた奴だったんだけどさ…………………私が左目つぶ………じゃなかった目失くしたのを心配、っていうか同情したんだか知らないけど、それから盲導犬………いや番犬の方がしっくりくるな。とにかく番犬気取りで私に付き纏うようになったんだよ、そいつ」

 「………………………何か、変な犬ですね?」

 私の話に不可思議そうな表情を浮かべるリオンちゃん。

 やっぱり可愛いなとか思いつつ、うっかり口を滑らしかけた事にちょっとだけ冷や汗が浮かんだ。

 危ない危ない。

 だけどリオンちゃんは、その事は気にしてはいないみたいだけど。

 「否定はしないよ、実際とても変な奴だった、私みたいなのを気に掛けるっていうのがおかしいんだよ、趣味が悪いというか。賢くて力もある優秀な奴だったんだけどねえ……………性格は悪かったけど、物凄く悪かったんだけど。ちなみに黒毛の雄だよ」

 最後に特に必要のないどうでもいい情報を付け加えてみた。

 「ふーん…………ちなみに何犬ですか? シェパード?」

 「いや、ホモサピエンス」

 これがこの話の落ちだ。

 「人間じゃないですか」

 ホモサピエンスって言っても分からないかなと思ってたけど、杞憂だった。

 私が何で“あいつ”の事を犬扱いして話していたのかと言うと、これにはちゃんとした理由がある。

 だってずっと前にあいつがあいつをよくひがんでる同級生に、私の盲導犬みたいだなって馬鹿にされてた時、俺が私の盲導犬になろうが番犬になろうがお前には関係ないだろうみたいなこと言ってんの聞いちゃったんだもん。

 正直言って唖然としたよ、いや、色んな意味で。

 その話を盗み聞きして以来、すまないとは思っているがあいつがたまに犬っぽく見えるんだよ。

 だけど許してほしい、私の想像でお前はかっこよくて強そうな大型犬になってるから。

 ま、そんな弁明は、今しても昔しても全く意味は無いのだけど。

 「何で人を犬扱いしてるんですかあなたは」

 「あはは。だってあいつなんか大型犬っぽかったからさ……………なーんか急に思い出しちゃってさー」

 「てかさっきまでの話は犬じゃなくて人だったって事ですよね? 心配して付き纏って来たっていうのはどういう事か理解できましたが、捨てたってどういう事ですか?」

「んー? そのまんまの意味だよ。もう私に関わるなー、って三行半を叩きつけただけ」

 いやー納得させるの大変だったんだよなあ。

 だけど苦労した甲斐あって今の私とあいつの関係は他人以下の存在になった。

 これでいいんだ。

 後悔なんてする暇も出来ないくらいそう繰り返し唱え続ける事も、もう無い。

 あいつの顔を見ても、もう何も感じないし。

 そもそも見る事もないし。

 だからもう、あいつに関しては何の感情も無い。

 本当、だといいなあ。

 「……………ふーん。おねーちゃんってその人の事嫌いだったんですか?」

 「うん。大っ嫌い」

 ニッコリととびきりの笑みを浮かべて私はそう言った。

 嘘でも冗談でもないよ、とも付け加えた。

 あんな奴、大嫌い。

 心の底から本当になればいいと思う。

 「物凄く嫌いだよ、無駄にデカいし高圧的だし犬っぽい癖に猫被りだし性格悪いしすぐキレるし皮肉ばかり言うし五月蠅いし、あと性格悪いし…………………ええっと、他にも」

 「もういいです、おねーちゃんがどれだけその人の事が嫌いなのかは嫌ってほどわかりましたから」

 いつかお菓子について熱く語った時と全く同じ反応をされてしまった。

 おっと、やりすぎた。

 ちょっとだけ反省する。

 「あはっ、なんか喋りすぎちゃったね。ごめん」

 「別にいいですよ」

  若干ひきつってはいるもののリオンちゃんはそう言って許してくれた。

 

 と言う事があったのが、えーっと先々週、だっけ?

 その後私が公園を訪れると結構高い割合でこの猫に出会うようになった。

 この猫はよほど人に慣れているのか、私が触っても抱き上げても大人しくしているけど、全然懐かない。

 何と言うか、相手にされていない感じ。

 それもなんだか寂しいなーとか思った私はためしに煮干しをあげてみた。

 あまりの食べっぷりに猫ってこんなに食べるんだなぁ、とか思ってちょっとだけ唖然とした。

 その後、この猫は私がこの公園に訪れるたびに近寄ってきて、煮干しを要求するようになった。

 それでも全然懐かれた感じはしないのは何でだろう?

 なんて言うか………寄越せ寄越せと要求しているくせに、仕方なく貰ってやっているっていう雰囲気なんだよなあ、この猫。

 可愛げが全然ない。

 猫、と言うより猫様、って感じなんだよね。

 偉そうなんだよね、物凄く。

 「にゃー」

 物足りなそうな鳴き声によって思っていたよりも思考に没頭していた事に気付いた。

 「ちょっと、まだ食べるのー? そろそろやめといたら?」

 そんな風に笑いかけてみたけど、猫はもう一度にゃーと鳴いて煮干しを要求してきた。


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