欠落の理由は偽り
私はリオンちゃんとの約束を守って公園に訪れた。
まだリオンちゃんは来ていなかった、なのでブランコに腰掛けて待つ事にする。
首にかけていたヘッドホンを耳に当てて、そんなに大きくない音量で気に入っている曲を聴き始めた。
……にしても本当にここ誰もいないよね。
これで私がこの公園に足を踏み入れるのはあの時から数えて三回目になるが、一度もここで私とリオンちゃん以外の人を見た事が無い。
そう言えば、去年一度ここにで昼食を食べてたこともあったっけ。
その時も人いなかったからなあ。
まあ……………私に会う目的でやって来た外道が約一名いたけど………………いやまてよ、あれは二人って事になるのかな?
果たしてこの公園には存在意義があるのだろうか?
無いと言ってしまう事は簡単だが、この公園が無いとリオンちゃんとどこで会えばいいのか考えないといけなくなる為会ってよかったと思う事にする。
それに誰もいないだけあってとても静かで居心地が良いし。
下手すると今はもう無いあの場所と同じくらいか、それよりも居心地が良いかもしれない。
あの場所と違ってここは黴臭くもないし汚れてもいないし散らかってもいない、屋根は無いから雨風は防げないけど。
あの場所や自分ちくらい居心地が良い空間って滅多にないものだけど、ここはその滅多に無い空間になりそうな気がする。
ちょっとだけそうなればいいなと期待する。
そんな事を考えながらブランコをこいでみた。
ブランコに腰掛ける機会はつい最近2回ほどあったけど、こぐのは物凄く久しぶりだった。
キィーキィーと音を立ててブランコは揺れる。
あぁ…………この感覚久しぶり…………
冷たくは無いけど暖かくも無い風が顔にあたる。
気持ちいいなあ………
下したままの髪が乱れて顔に掛かるけどそれにはあまり構わずにこぎ続ける。
それから数分後、ブランコがこれ以上ないほど高く上がるようになった頃にリオンちゃんが公園にやって来た。
ブランコを止めて、ヘッドホンをおろして音楽プレーヤーの電源を切って、ニッコリと笑う。
「こんにちはリオンちゃん」
「こんにちは、ちゃんと来てくれたんですね。おねーちゃん」
私がバイトをしている事もあってリオンちゃんと会う日はこちらから指定させてもらった。
取り敢えず月水土日はバイトが入っている為それ以外の曜日でないと会いに行けない事、また臨時でバイトに入る事もあるので急に会えなくなる事もあるという事は伝えておいた。
急に来れなくなった場合の連絡方法も決めた、なので私が意図的にリオンちゃんを避けようとしない限りリオンちゃんが私の学校に訪れる事はない。
そして今の所私にリオンちゃんを避けるつもりは最初の考えと180度変わって全く無い為、そんな事は起きないだろう。
「それではこれを」
そう言ってリオンちゃんは小さなビニール袋をこちらに渡してきた。
その中には口止め料であるハイミルクチョコレートが入っていた。
「ありがとう」
ビニールから出して袋を開ける。
さっそく中身にかぶりつくと甘い味が口の中に広がった。
「あの………………」
そのままぱりぱりと食べ続けているとリオンちゃんが声を掛けてきた。
「なあに?」
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「いいよー」
精神安定剤が手元にあるから、私は比較的機嫌がよかった。
だから割と軽い気持ちでその質問を受け付ける事にした。
「おねーちゃん、その眼帯って本当に格好つけて付けてるわけじゃ無いんですか?」
あぁ……………その事か。
いつか聞かれるだろうとは思ってたけど。
「うん、かっこつけてるわけじゃ無いんだ、それは本当………ほら」
そう言って私は左目の眼帯を取って左目を、正確に言うと左目があった場所を晒す。
左瞼を左手で開いて、その中が空洞である事も見せた。
「!!?」
リオンちゃんが物凄く驚いた顔をした、目をかっぴらいて口をポカーンと開けている。
そんな間抜けな顔でも可愛いと思えるんだから、リオンちゃんがどれだけ美少女であるのかがよく分かる。
美少女ってどんな顔しても可愛いんだね。
漫画やアニメの中の話だと思ってたぜ。
「変なものを見せてごめんねー。でもこれが一番手っ取り早いと思ったからさー」
小学生には正直言ってショックの強いものだと思ったけど、この子なら大丈夫だろうという変な確信があった。
何でこんな確信してんだろうと思ったら、この子が躊躇いなく人にカッターで斬り付けにいく様な物騒な娘だったからだった。
メンタルは弱くは無いだろう、絶対に。
「本当、だったんですね………………………ごめんなさい……」
眼帯をし直している途中でリオンちゃんが何か申し訳なさそうに言って来た。
訳が分からなかったけど、取り敢えず答える。
「何で謝るのさ。むしろ突然こんなもの見せた私の方が申し訳ないと思ってるんだけど?」
「だって、私今まで、おねーちゃんの事格好つけた重度の中二病患者扱いしてたんですよ。そんなんじゃなかったのに」
そう言ってどよーんとした空気を醸し出すリオンちゃん。
なあんだ、そんな事か。
中二病扱いされるのは不本意だけど慣れているし、本当に嫌なんだけど仕方のない事だと思ってるから。
そこまでしょんぼりされるとこっちの調子が狂うというか、逆に申し訳なくなるっていうか。
「別にいいよ! 誤解されても仕方ない格好をしている自覚はあるからさ」
だから誤魔化すような笑顔を浮かべて強くそう言った。
こういう空気苦手なんだよね。
あんまりこういうリアクションを普段されないから慣れてないのもあるんだろうけど。
「そう…………………ですか」
リオンちゃんはそう呟いた。
それからしばらくどちらも無言。
私はチョコををパリパリ食べる子事に集中していただけだけど。
あと一口で食べ終わると言った頃で、リオンちゃんがもう一つ聞いてきた。
「おねーちゃん、その目はどうして無くなってしまったんですか? ……………………言いたくないなら答えなくていいです」
正直言うと、そこまで聞かれるとは思っていなかった。
いや、いずれは聞かれると思っていたけど、こんなに早く踏み込まれるとは思っていなかった、と言う方が正しい。
まあ………この事には別に答えていいと思ってたから答えるけど。
「あぁ、これはね…………」
そう言ってチョコレートのの最後の一欠けらを口の中に放り込む。
そして何でもない事であるかのように、心底どうでもいい事であるかのように続けた。
「この目は去年の夏、強姦魔達を脅す為に自分で潰したんだ」
え? とリオンちゃんが硬直した。
その様子がよくできた等身大のドールの様だと思った。
ほんっと可愛いなあ、この娘。
私が男だったらうっかりロリコンに目覚めちゃうくらい可愛いんだけど。
現に今でもちょっと危ういんだからさ。
まあ、腐ってもロリコンにはならないけどね。
流石にそこまで堕ちてはいない。
「え? え? 自分で、潰した……………………?」
「そ、正確に言うとカッターを突っ込んで、眼球ぐちゃぐちゃにかき混ぜて最終的に抉り出したんだけどね」
まるで、美味しいお菓子の作り方でも伝えるような口調で私は自分の目をどう扱ったかのかを話した。
リオンちゃんの顔がみるみる真っ青になっていく。
「どうしたの? ……………………怪物でも見るような目をしてるよ?」
「……………ちが…………違うんです……………そんな事は、」
クスリ、と笑うとリオンちゃんが目に見えて怯えた。
あぁ、もう可愛いなあ。
この娘すっごい虐め甲斐がある。
だけど流石に、流石に可哀想なので私はニヤリと笑っておちゃらけてみた。
「なーんちゃって。嘘嘘冗談だって、ただの事故さ」
そう言うとリオンちゃんの顔が恐怖から困惑に塗り替わる。
あはっ、この娘最初の印象だとあんまり感情が顔にでなそう、と言うか感情自体が薄い娘だと思ってたけど全然違うじゃん。
表情がくるくる変わる。
私とは大違い。
「え? 嘘? 嘘って? え?」
「だから嘘だって。自分の目を抉るなんて、そんな事キチガイみたいな事するわけないじゃん」
そう言ってケラケラと笑うと、リオンちゃんは今度は顔を真っ赤にして怒り始めた。
そりゃそうか、あんなタチの悪い冗談聞かされて怒らない方がおかしい。
「ふざけないで下さい!!!」
「ごめんごめんって、まさか本気で信じられるとは思って無かったんだよ。ちょっとした冗談のつもりでいったんだけど……………怖かった?」
軽く首を傾げてお茶目な感じに聞いてみた。
「冗談の域を超えてますよ!! 凌駕してますよ!! あんな話!! 目茶苦茶怖かったんですよ!!!」
凌駕の使い方がちょっと違うような気もしたけど、突っ込まなくてもいいか。
と言うかそんな揚げ足取る様な事言うのは燃え盛る火に油を注ぐ行為だ。
「そんなに怖かった?」
「怖いですよ!! あの話が怖くない人なんてそうそういませんよ!!」
「ふーん、じゃあ今度怪談で使おう」
怪談をするような仲のいい人なんて私にはいないけどね。
だけど本気で怪談話に使えそうな話ではあると思う。
昔々、とある廃墟に入り浸っていた高校生がある日訪れた悪い男達に純潔を奪われる事を拒んで、自分で目を潰して抉り取って死にました。
それからと言う物、今でもその廃墟のあった場所にはその高校生の亡霊が出るのです、とかそんな話をおどろおどろしく語ったら結構な反響を得そうだなあ。
今度してみようかなあ………
しかしそんな話をするような人なんて一人もいないんだけど。
仮に知り合いの誰かに話したとしても泣き出しそうなのが一人、怒り狂いそうなのが一人、その他は物凄く居心地の悪そうな顔をするだけだろうという予想しか立たなかったのでやはりこの怪談話を話す事は今後なさそうだと考える。
結構秀逸な話だと思もったのにもったいない。
「いえ…………今の話は怪談的な怖さじゃ無かったです、ホラーじゃないです……………もっと何でしょう? 人間の狂気的な怖さしか無かったです」
うーん、言われてみるとそうなんだけどね。
怖い話ではあるけど、ホラーとしてはいまいちか……………
そうだよね、リオンちゃんに話したところまでじゃあまだ幽霊要素一個もないし。
ただの壊れた人間の話ってだけだ。
「そっか、ならしないでおこうっと。てかこんな話する機会も人もいないしね」
「じゃあ、何で私にしたんですか……………てゆうか本題………」
本題? 本題ってなんだっけ。
そう呟くとリオンちゃんに呆れかえった目でおねーちゃんの目の話をしてたんじゃないですかと言われた。
「そう言えばそうだったね」
すっかり忘れてたぜ。
「もしかして話したくなかったんですか? それだからってあんな話するなんてひどいじゃないですか」
「ううん、別に話したくなかったわけじゃ無かったんだけど、本当にただの冗談だし。何か思いついたから話してみただけだし」
「今思いついた話だったんですか!?」
「うん」
嘘だけどね。
あんな話をすぐに思いつくほど狂ってはいない。
今は、と言った方が正確だけど。
一年前はそれ以上に狂っていた。
「……はあ……………おねーちゃんって結構変わってますよね?」
「そんな事は無いよ………………………まあ、完全に否定はできないけどね」
悲しい事に奇人変人中二病とは言われ慣れているので。
私ってそんなにおかしいのかな。おかしいね、うん、納得した。
でも肯定するのは悔しいので口では否定しておこう。
どんなに否定しても頭のおかしいっていう事実は変わらないけど、そこらへんは目を逸らしてしまおう。
そのくらいなら別にスルーしても何の問題も無いだろう。
「それで、結局どんな理由なんです?」
もうあんなタチの悪い冗談は言わないでくれと言う目で睨まれる。
「あぁ、うん、本当は突然飛んできた矢が刺さったんだ」
それでも飄々と冗談をかますのが私と言う人間であるわけで。
そういう性だからね、今の治る見込みが無いので治す気も全くないのだけど。
「嘘ですね。そんなわけないじゃないですか。何で突然矢が飛んでくるんですか」
「案外本当かもよ? 私に恨みを持つ弓道部の人間がいれば、あながちありえなくはない」
と言っても、うちの学校には弓道部なんて無いんだけど。
「……で? 嘘なんですねすよね?」
はなから信用されていなかった。
これまでの会話で私の信用性は急低下していた。
地を這うくらい下がってるだろう。
「その通りなんだけどね」
「…………………おねーちゃん、あなたもしかして虚言症でも患ってるんですか?」
「リオンちゃんは随分と難しい言葉を知ってるね~。一応虚言症は患ってはいないと思うよ? あれって自分の境遇とかを空想的に変形して自分の虚言と現実を混同する病気だからね。虚言癖はあると思うけど、それとこれは別なんじゃないかな。現実と嘘の区別はちゃんとついているし」
現実から目を逸らす事は常日頃から行っている事だけど、現実と空想がごっちゃになるほどのものではない。
まあ、現実から目を逸らす事は現実を受け入れずその現実を無かった事にするのと同義だから、無かった事にしている事が空想している事と同じだっていわれると否定は出来ないけど。
それでも虚言症ってほど酷くないはずだ。
「そうなんですか? 璃音はてっきり虚言症って嘘を吐く癖がどうやっても治せない病気だと思ってました」
「私も昔はそう思ってたけどね。調べてみたら違った」
「わざわざ調べたって事は自分が虚言症なんじゃないかっていう自覚はあったんじゃないですか?」
「そんな事は無いよ、偶々興味を持っただけ」
実際はビンゴなんだけど、肯定するのは何か癪なので否定しておこう。
「………………そうですか」
何故かため息交じりにそう言うリオンちゃん。
「それで、本当はどうなんですか?」
「ただの私の不注意だよ。歩きながら手帳に書き込んでたら転んでね、それで転んだ拍子に手に持ってたシャーペンが目にぶすりと突き刺さった」
三度目の正直、という事で今度はまともな回答をした。
「今度は本当っぽいですね」
「うん」
私は満面の笑みで肯定した。
実際はこれも嘘なんだけどね。
本当の事を言っても信じないし。
私だって当事者じゃなきゃ信じられない。
本当の事を言って、すぐに信じたられたらちょっと引くくらい異常な話なのだから。
現実は小説よりも奇なりとかよく言うけど、そのくらいの事だと思うし。
だから嘘を吐いた。
こんなのはただの茶番でしかない。
大きな嘘を重ねた後に吐いた小さな嘘はばれにくいから、たったそれだけの理由でこんな長々と騙り続けた。
よく考えれば何かがおかしいと思ってもいい話なのに。
例えば、シャーペンが突き刺さっただけなら瞼にあんな傷が付くものなのだろうか? とかね。
リオンちゃんはそんな事にも気付かずに素直に今の話を信じたらしい。
やっぱり単純。
いや、気付けと言う方が難しいのかな?
分からないや。
そう言えばもう随分と暗くなってきていた。
空を見上げると薄暗い紫色に似た色をしている。
結構長い時間話し込んでいたからね。
「リオンちゃん、もう遅いし、もう帰ろうか」
「そうですね」
リオンちゃんは素直に首肯した。