壊れた私は人騙し
私がとても可愛らしい殺人未遂犯と出会ってから約三か月経った。
そしてあの日以降私は彼女と会っていない。
翌日からあの人通りの少ない近道を通らないようにし、小学生の帰宅時間に被る様な時間にはで極力出歩かないようにしていた。
理由は至極簡単、殺人未遂犯に進んで会いたいと思う?
答えは当然Noだ。
口止め料? いらないし。
リオンちゃんには悪いけど、殺人未遂犯と定期的に会いたいとは思ってなかったんだよね。
あの時あんな事を言ったのはさっさと解放されたかっただけだったりする。
まあ、今後会いさえしなければ私には何の害もないし、嘘を吐いたのはそれだけで、リオンちゃんの事を誰かに話す気が全くないのは本当だから。
だから大丈夫だろうとタカをくくった。
4月5日、今日は始業式だった。
今日から私は高校二年生だ。
うーん、一年が経つのは早いものだなあとか思って見たり。
クラスも変わって心機一転。
新しいクラスメイト達はあんまりはっちゃけた人もいないし、大人しそうな奴が多かったから万々歳だ。
担任もそんなに苦手な先生ではなかったのでよかったなとか思う。
不満があるとするなら、“奴”が同じクラスだったという事だけだ。
それが今の所あのクラスの唯一であるが最大の不満だった。
奴さえ別のクラスだったら言う事は無かったのだけど。
全く、何で同じクラスになったかな。
あぁ、苛々する。
教師共が私と奴が同じクラスになるように工作したのではないかと言う疑いも無くは無い事が余計腹立たしい。
しかしなってしまったものはしょうがない。
それに幸いな事に席はかなり離れているから、取り敢えず席替えが行われるまでは大したことも無いだろう……………と思いたい。
でもまあ、あの時あれだけ拒否ったんだから、あっちも大した接触はしてこないだろうと思う。
それにあいつとはあれから一言も話していないし、目すら合わせていない。
ふと目を逸らして上を見上げる。
晴れ晴れとした青空が視界いっぱいに広がった。
一つだけになった私の目は物事を捕える事は難しいけど、逸らす事はとても簡単だ。
だから、自分にとって都合の悪いものを視ない事くらいお茶の子さいさいだし。
見たくないものは見なくてもいいはずなんだ。
逸らすことが出来るのなら、出来るだけ逸らしてしまえ。
見なくてもいい物なら見なければいい。
目を逸らすな、現実を見ろ。
こんな事を平気で口にするのは、精神が強固な人間かきっと本当に目を背けたくなるような現実を見た事が無い人間だけだ。
脆弱な精神でかつて目を背けたくなるような現実を目の当たりにし、聞きたくも無い事実を聞かされ、それによってぶっ壊れた私にはとてもとてもそんな事を言う事は出来ない。
言いたくても言えないし言いたいとも思わない。
甘い考えだって言う事は分かっている、私がかつて見た“目を背けたくなるような現実”もきっと人によっては大したことない事じゃないか、と言われるかもしれない。
それでも私は弱いから。
こういう甘い考え方しか出来ないんだ。
現実を全く見ないとは言わない、幻想だけで生きて行くほど私も子供ではないし、そこまでは弱くない。
それでも私が他の人よりも現実から目を背けているという事は分かっている。
でもそれでいいじゃないか。
見る必要が無い物を見る必要なんて無い。
だからいいんだ。
そう言い聞かせて私は目を逸らし続ける。
本当、何時までこんな事を続ける気なんだろうね?
多分一生だ。
目を逸らす事で守ることが出来た物もあるけど、得た物なんて一つも無いのに。
そろそろ前を見ないと危ないなと思って目を前に向ける。
ありふれたつまらない道路が目に映る。
そして、いつの間にかいたのだろうか?
私が上を見上げているうちに、だろう。
小さい少女が私から約10メートルほど離れた場所に立っていた。
少女はてくてくと私に向かって歩いてくる。
真っ赤なランドセルを背負った可愛らしい少女は獲物を見つけた目で私を見据えた。
そして数分後、私はあの公園のブランコに腰掛けていた。
右隣のブランコにはうるとらすーぱーに可愛らしい女の子。
もし私が男だったらロリコンの犯罪者扱いされたかもしれないけど、幸いな事に私はどこからどう見ても女子高生なので幼女を勾引かす怪しい人間には見えないだろう。
それだけは不幸中の幸いだ。
しかし幸いと言っても不幸、というか不運の真っ最中だから、差し引いてもプラスマイナス0にはならないんだけど。
じとーとこちらを眺めるリオンちゃんの視線が痛い。
たとえ私が痛覚を失っていたとしてもこの視線は痛いと感じただろう。
あーあ、こんな事なら逆に座ればよかった。
と言うかそう言う風に座ろうと思っていたけど、阻止されたというのが正しいのだけど。
無理にでも座ってりゃよかった。
なんて後悔をしても、もう遅い。
それでもしてしまうのが後悔っていうものだ。
後悔するって言うのは半受動的な言葉だ、したくなくてもしてしまう、能動的なものではないだろうと思う。
「で? 何で中二病のおねーちゃんは今まで璃音に会いに来なかったんですか?」
じと目のリオンちゃんがものっそい不満そうに聞いてきた。
どうしてと聞かれても、会う気が全くなかったからとしか言いようがない。
しかしそれを素直に言ったら何をされるか分からないので、全く関係の無い事に突っ込んだ。
「中二病のおねーちゃんって呼び方もう定着しちゃってるわけね……………本当に中二病は患ってないんだけどな」
どことなく哀愁を漂わせて呟いてみた。
「はぐらかさないで下さい」
あぅ…………バッサリ切り捨てられた…………………
なので出し惜しみしていた返答をした。
「う~ん………………だって私リオンちゃんがどこの小学校の生徒なのか知らなかったし……………………よく考えてみると私リオンちゃんについて名前以外知らないわけで。そんな子にそう簡単に会えるわけないじゃん」
全く持ってその通りなのだ、私はリオンちゃんの素性を何一つ知らない。
まあ、余計な事を教えられないうちに逃げたんだけど。
「それは……………………確かにそうですね…………………」
戯言を言うなと切り捨てられるかと思っていたけど、リオンちゃん、あっさり信じちゃったよ。
この娘頭よさそうなのに意外と単純だな。
やっぱりまだ小さい子だからかな?
でもいいや、こっちには好都合なだけだし。
「そう言う事で、会いたくても会ええないという事に気付いた私は無駄な労力を使うことを惜しんでリオンちゃんにもう一度会う事をすっぱり諦めたっていうわけ」
実際は諦めるどころか探すつもりなんて最初っから一ミリも無かったのだけど。
「そうですか……………」
何か反論されるだろうなと思ってたけど、納得されちゃった。
何かこういう反応新鮮だ。
いつも大抵反論されるから。
やっぱ単純だ(ちょろい)この娘。
よーし、この調子でうまく丸め込むぞー。
………………………ちょっとした罪悪感が無いわけじゃ無いんだけどね、だけど相手はいくら単純な小学生であるといっても本気で人を殺そうとしていたような娘なのだ、簡単に事態が上手く収まるならこれくらいの事はするさ。
「では簡単な自己紹介をさせてもらいましょう、私の名前は」
「ストップ」
いきなり始まったリオンちゃんの自己紹介を慌てて止めた。
いや、その発想は分かる、互いの事を知っておけば後で接触しやすいもんね。
だけどそれは私にとって都合の悪い事であるわけで。
「どうしました?」
「互いに自己紹介をするのは得策じゃないよ。リオンちゃんは殺人未遂犯なんだから、素性を詳しく教えるのはよくないよね? それに目撃者である私も犯人に詳しい個人情報を渡したくはないんだ」
「それは、そうですけど……………………」
それじゃあ、この後どうやって会えばいいんですかと続けるリオンちゃんにならこの公園で待ち合わせでもする? と問うてみるとおねーちゃんばっくれそうですと返された。
全く持ってその通りなんだけどさ。
しかし、それ以外に会う方法なんて無かったりするのも事実なんだけどね。
さてと、どうするか。
うーん……………
でもリオンちゃんとは今後会わないようにうまく事を運ぼうと思ってたけど、よく考えてみるとそれってちょっと難しいんだよね。
現に今遭遇しちゃったわけだし。
私はリオンちゃんに名乗ってはいないけど、制服から私がどこの高校に通っているかは分かるわけだし、そうじゃなくても私の外見って結構目立つからね。
リオンちゃんが私を探そうと思えば本当はとても簡単なのだ、例えこの制服がどこの高校の物か分からなくても、同じ制服を着ている人に私の特徴を話せばすぐに特定される。
うちの学校に眼帯をしているような生徒は一人だけだし、私が左目を失った時の“事件”はうちの学校のみならずこの辺りの地域はちょっとした騒動になったのだ。
新入生でも私の事は知っている生徒は多いだろう。
そもそもうちの学校の生徒じゃなくても知っている人は多いかもしれない。
リオンちゃんの学校の先生も知っているだろうしね。
全く、悪目立ちはしたくないものだね。
これは逃げ切るのは難しい、てか今まで三ヶ月間リオンちゃんが私を見つけられなかった事の方がおかしいのだ。
そう考えると、下手に避けるよりも無難に定期的にあって口止め料を貰った方が後腐れないかもしれないなあ。
そう考えてみると、本当にそんな気がするというか、それ以上に良い策が思いつかなかった為、急遽私は今までの考えを捨てて、リオンちゃんを丸め込むのを止める事にした。
なので素直に今後の事について話して見る事にした。
「………………うーん……………でも待ち合わせ以外に方法ないよ?」
「そうなんですよね…………………本当どうしましょう」
「もう待ち合わせでいいじゃない」
「でもおねーちゃんちゃんと来てくれますか?」
「来るよ」
「本当ですか?」
「本当本当」
単純なくせにしつこいなこの娘。
それとも私の信用ってよっぽどないんだろうか?
信用無いんだろうな。
うん、自分の胡散臭さはよく知ってるし。
「何か嘘っぽいんですよね、貴方の言葉って。綿菓子みたいに物凄く軽くて、信頼性が皆無です」
おうふ………………ここまでぼろくそに言われるほどじゃないんだけどな……………
本気で信用無いなあ、私。
「だけどこのままだと平行線だよ?」
「そうなんですよ、本当どうしようもない」
「そうだなあ…………………そんなに信用できないなら私が約束を破って会いに行かなかった次の日にうちの学校に来る、とかどう?」
「おねーちゃんの学校に、ですか」
「うん、私見た目通り学校でも悪目立ちしてるからね、うちの学校の校門で誰かを捕まえて眼帯をしている女生徒を探してるって言えば簡単に見つかると思うぜ?」
簡単に見つかるどころか本当に悪目立ちしているから私の名前や素性はすぐに明らかになるだろう。
「確かにそれなら………………おねーちゃんがばっくれたとしてもリオンの方から会いに行けますね…………………」
納得してくれたところで、もう一押し。
「でしょ? てかこれ以上はどうしようもないし、もうこれでいい?」
「分かりました」
了承を得た所で、これからの事を考えようか。
「それじゃあ、いつ会うかなんだけど……」