黙秘の対価はお菓子(×10)
ところ変わって、先ほどの道から少しだけ離れた公園のブランコに私とリオンちゃんは腰かけていた。
流石人通り皆無な道路の近所にある公園だ、ここにも見事なまでに人がいない。
この時間帯の公園って小学生で溢れ返っているイメージがあるけど本当に人っ子一人いない。
最近の子供って公園で遊ばないのかな?
家でゲームでもしている方が楽しいんだろうか?
最近の子供はよく分からない。
とか言ってる私も未成年だから子供なんだけどさ。
この公園が特別だろうか?
それとも他の公園も似たような状況なのかな?
分からないけど、よく思い出してみるとここに限らずどこの公園もがらーんとした印象を受けている気がする。
やっぱり最近の子供は外で遊ばないのかなと思っていたらリオンちゃんが無言でこちらをじーっと眺めているのに気付いた。
「えーっと、それで何だっけ?」
誤魔化すような笑いを浮かべてみた。
取り敢えず移動したのは良いものの、実はこれ以上話す事なんて無かったりする。
リオンちゃんの事を通報するつもりは本当に無かったし、誰かに話す気もさらさらなかった。
面倒事には関わらない、自分で物事を厄介にしないが私の信条だからね。
それにさっきリオンちゃんにも言ったけど、誰かに話したって誰も信用しないだろうし。
小学生が大の大人にカッターで切りつけたなんて話、現実味がなさすぎる上に、私は人から全く信用されていないから。
普通の人が言ったとしても誰にも信用されないで精神科を紹介されそうな話なのに、私は現在進行形で精神科のお世話になっているから余計洒落にならない。
まあ…………サボり気味なんだけど。
だから私がリオンちゃんの事を通報する気が無いのはこれ以上精神科のお世話にはなりたくないという、非常に利己的な理由でしかない。
別にリオンちゃんを庇って、とかそう言うつもりは全く一切ない。
「中二病のおねーちゃん、おねーちゃんは馬鹿ですか?」
ぶげらっ。
いきなり馬鹿呼ばわりされるなんて…………
「ば、馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ?」
「あなたは小学生ですか」
「Oh………」
欧米人風の反応をしてしまった。
何と言うか、タンスに小指をぶつけた後すっ転んで顔面から地面にダイブしてしまったような気分。
イマドキの小学生って冷めてるんだねー。
小学生にこんな事を言われるとは思ってもいなかったぜ。
私が小学生の頃、こんな子いなかったよ(自分含めて)。
時代は変動しているんだなあとしみじみと思った。
「と、言うかこんな茶番はどうでもいいのです」
うわー………………
イマドキの子供って語彙が豊富なんだなあ…………
私がリオンちゃんくらいの年だった時、茶番なんて言葉使ってなかったし、そもそも知らなかったような気がするよ。
変な子供だったなあと言う自負はあるものの、それ以外の方面では平均かそれ以上の能力を持っていたと思っていたけど、この娘よりは断然下だろう。
「あなたは先ほど璃音の事を誰にも言わないと言いましたが、それはどういう事ですか?」
「どうにもこうにも、そのまんまの意味だけど? それ以外の意味は何も無いよ?」
「何でです?」
「さっきその理由はちゃんと言ったつもりだけど? 君みたいな可愛い小学生が人切ったたなんて言っても誰も信じないし……………………あの男逃げちゃったから証拠も無いしね」
「………それだけの理由で? でも……」
「本当にそれだけだよ、あと厄介事には関わりたくないし、君だってもし君の同級生がそんな事をしたって言われても信じないだろう?」
「それは………そうかもしれませんけど………」
「それ以外に理由を挙げろっていうのなら…………そうだなあ………いくら小学生でも本気で人を殺そうとした人間に私が立ちまわれないから、とかかな? かたっぽ目が無いから私視野狭いし」
「!」
リオンちゃんがびくりと肩を震わせた。
もともと大きな目を真ん丸に見開いているから、目の印象がすごく強くなった。
うん? 何かおかしなことを言ったかな?
特に変な事を言ったつもりはないんだけどなあ。
「何で………?」
「うん?」
「何で、璃音があの人を殺そうとしてたのが分かったんですか?」
「え?」
ああ、何だその事か。
「ただの推測だよ。だってあの時あの男のお腹狙ってたでしょ? それになんていうんだろ? 殺気を感じたんだよね」
「…………そうですか」
ま、ぶっちゃけただのカン、というか鎌掛けたんだけどさ。
まさかこんな簡単に引っ掛かってくれるとは思っていなかったよ。
やっぱり子供って単純と言うか、素直だねえ。
にしても、この子ガチであの露出狂の事殺そうとしてたのか………
ほとんど冗談のつもりで言ったのに。
とんでもないのと遭遇しちゃったな。
こんな事なら口煩いあいつの言う事をおとなしく聞いて別の道を通るようにしておけばよかったかな。
でも別の道使うと結構遠回りになるしなあ………
「でもまあ、この話を誰かにしても絶対に誰も信じないよ。と言うわけで私は本当にリオンちゃんの事、誰にも言う気無いから。だからリオンちゃん、これでもう話を終わりにしてもいい?」
「う……………でも…………」
「ていうかさ、今私を何とかできたとしてもあの男が警察に駆け込んだら意味ないよ?」
当然の事を言ってみた。
ま、被害者であるあの男が警察に駆け込む事は無いと思うけど。
だってなんて説明するのさ。
「それは無いでしょう」
どうやらリオンちゃんも私と同じ事を考えていたらしく、確信めいた口調でそう断言した。
「そうかな? 分からないよ」
「いえ、無いと思います。だって警察に行った後あの男なんて話すんですか? 小学生相手に自分の汚物を晒したら反撃喰らいました、何て言えますか?」
「言えないだろうね、自分がやった事も話さなきゃなんないんだし」
「だからあの男は警察に通報したりはしませんよ」
リオンちゃんはそう断言する。
「しかしあなたは別です、あなたはただの目撃者ですから。あの男が猥褻行為を働いた事も璃音があの男を殺そうとした事も警察に話してもあなたには何の害も加わりません」
あー、成程、そう言う事か。
第三者であるからこそ、私は露出狂の事もリオンちゃんの事も話したって大した事にはならない。
だけど露出狂もリオンちゃんも互いの事を警察に話すわけにはいかないのだ。
どちらも被害者であると同時に加害者であるのだから。
あの男がリオンちゃんの事を通報できないように、リオンちゃんもまたあの男の事を通報できないのだ。
うーむ、これはちょっと厄介になったかも?
でも私が通報したところでも信頼性は全くないから意味は無いんだけどね。
要するにもうさっきの事件に関して通報して警察の人達に信じてもらうには私とリオンちゃんとあの男が三人そろって警察に出向くくらいの事をしないと駄目なんじゃなかろうか?
それでも信頼される可能性は低いけど。
その事をリオンちゃんに伝えてみるけどリオンちゃんはそれでも渋った。
「だからー、私は通報なんてしないってー」
「ううぅ………………ですが…………………」
「信用できない、か」
「はい、警察じゃなくても璃音の事を誰かに話されて変な噂が立っても困りますし……」
うーん、確かに信用は出来ないだろうな。
私とリオンちゃんはついさっき会ったばかりの赤の他人であるうえ私は元々人に疑われやすい性格だからね。
信用される方がおかしい。
そう簡単に切り捨てる事も出来るけど、何とか信用してもらわなければ困る。
下手すればこっちの命が無くなる。
生きたいわけではないけど、死にたいっていう気も無いしね。
一昔前なら分からないけど、殺される気は今の所ない。
「うーん……………………………あ、そだ」
「………?」
「なら君から何か口止め料を貰おうかな?」
「口止め料……?」
「うん、君が人を殺そうとしたのを黙っている代わりに私は君から何かを貰う。まあ、ギブ&テイクって奴?」
ちょっと違うか。
でも無償で黙っているというよりも、何かの見返りを受け取る代わりに黙秘するという方がまだ信用されると思って言ってみた。
「ですが…………璃音は何をあなたに何を渡せばいいんですか? ……………璃音お金あんまり持ってないですよ………」
お、何か上手い具合にいってるっぽい?
しかし何の対価を支払ってもらうか、それが問題である。
あんまり簡単なものだとやっぱり信頼性が無いし、だからと言って無茶ぶりをするのも可哀想と言うか、ぶっちゃけさっさと縁を切りたいからそんなに手間の掛かる事を対価にするつもりはないし…………
「流石に体で払うとかは…………うぅ………でも………」
考え込んでいたら、とんでもない事を言い始めた。
ねえ……………イマドキの小学生どうなってんの?
頭が痛くなってきた。
「君、いったいどこでそんな言葉覚えたのさ? それと私小学生に売春させるほど鬼畜じゃないから」
「そうですか…………ですが璃音にできそうな事ってそれくらいしか………」
鬼畜にも売春と言う言葉にもノータッチって…………
どっちかだけでもいいからどういう意味ですかと質問されたかった……………(答えるかどうかは別として)
何で単語の意味を知っているんだよ、本当どうなってるんだ最近の若い子は。
若いというか幼いの方が正しいんだろうけど、別にどうでもいいか。
あぁ…………もう、どうしよう。
何かちょうどいい対価になる物…………対価になる物………
手頃且つそれなりに殺人行為を黙っている事に見合う物…………
……………………無いわー。
うーむ、これはもう適当に安価で手頃な物をこっちから伝えて、それなりに大仰な理由を付けて納得してもらう、くらいしか無いか?
うーん、じゃあ………
「ハイミルクチョコレート」
「……………はい?」
「普通のミルクチョコよりも甘い奴なんだけどね、それでいいよ………まあ、別のお菓子でもいいけど、マシュマロとかクッキーとかね、でもやっぱチョコがいいや」
「お菓子………ですか?」
「うん」
「お金………じゃなくて?」
「お菓子でお願いするよ、私はね、糖分が無いと死んでしまうんだ」
冗談めかして言う。
冗談ではあったのだが、嘘では無かったりする。
甘いものが無いと私はかなり不調になる、私にとって糖分は精神安定剤と言っていいくらい重要なものになりつつあった。
日々の菓子代もばかにならないし糖尿病にならないか今から心配だったりするけど、それでも私は定期的に糖分を摂取し続ける。
それくらい糖分は私にとって重要だって言う事を伝えたかったんだけど、その言葉は信じなかったみたいで、そしてやっぱり口止め料にしては安過ぎると判断したのだろう、リオンちゃんは反論してきた。
「お菓子程度で黙っていてもらえるとは思えません」
「お菓子程度………?」
ちょっとだけ眦を上げる、それでも口元は笑う。
笑っているのになんとなく迫力のある怖い笑みをしてみる。
笑ってるけど額に血管が浮き出てる、みたいな。
笑顔のプロフェッショナル(自称)の私に出来ない笑顔は存在しない。
……………多分だけど。
菓子程度だって?
菓子を愚弄するものはたとえ殺人未遂犯でも許さん。
親だろうと命の恩人であったとしても許さん。
その後私はお菓子と言う物がどれだけ偉大で素晴らしい物であり、私に、いや人類にとってそれがどれだけ重要であるのかを懇々と説明した。
「わ、分かりました、おねーさんにとってお菓子と言う物がどれだけ重要な物であるか、十分に理解できました…………………………だからもう、勘弁してください」
結果、ドン引きされた。
ドン引きされて、もう止めてくれと涙目になられてしまった。
私は何も悪くない。
「分かったならいいよ」
そう、分かればいいのだ、分かれば。
「と、言うわけで口止め料はハイミルクチョコレート一枚という事で、あ、いつでもいいからね」
「あの…………やっぱり一枚だけじゃ流石に釣り合っていないと思うので10枚にしてくれませんか………」
向こうからまさかそんな値段交渉されるとは思ってなかった私はちょっとだけ驚いた。
「…………………え? 1枚でいいよ」
「いえ、10枚にしてください…………それにあなたがいたからあの男が逃げたんですから、あなたは私の恩人でもあるんです」
そう私を見上げる目はなんだかとても頑固そうだった。
こりゃ素直に要望を飲んだ方がいいかな?
「分かったよ、だけど流石にいっぺんには買えないだろうし、私もそんな一気に食べらんないから分割払いにしてね」
「分かりました」
それでは交渉成立という事で。
私がそう言うとリオンちゃんは何故かよろしくお願いしますと頭を下げた。
それでその日は解散となった。
そしてそれ以降、私はリオンりゃんと会うことは無かった。
めでたしめでたし。