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王子と従者の非日常

作者: 桜色藤

「〇〇〇〇、・・・××××、・・・△△△△、」


 何かを読み上げる声。それに被さるようにカリカリという音が複数続く。


「・・・◇◇◇◇、・・・△△△△、・・・・・・・・・〇〇〇〇。以上です。」


最後の一言と共に、しんと静まり返っていた室内にざわめきが戻った。


しかし


「ぐぬぬぬぬ・・・・・・。」


室内にいる皆が作業の終了と解放を喜ぶ中頭を抱えて唸り声を上げる者が、ひとり。

周囲で浮かれていた数人も、その様子に気付いて唸り声を上げる人物の手元を覗き込む。

そうして、あーあ、という表情を浮かべた。


「これは、ねぇ・・・・。気持ちはわかるけど・・・・。」

「納得しちゃうけど、予想外よねぇ・・・。」

「いっそ、このままやっちゃえば?」


投げやりな声に、それは無理だろう、と声が上がる。


ただ一人、唸り声を上げていた人物以外は。


「うお!?」「わっ!」「きゃっ!」


がばり、と顔を上げ、突然笑い始めたことに、周囲の人間は一歩後ずさる。


「そうよ・・・・・そうだわ!!これならいける!!

 ああ、でもあちこち変えなきゃあ。今のままじゃあ、出番が少なすぎる・・・・。そんなの、勿体無さ過ぎるわ!!!」


先ほどまでの落ち込みぶりは幻のように、ぶつぶつと呟きながら物凄い勢いで手元の用紙に何かを書き付けていく。


「いける・・・いけるわ!!!これで今年は貰いね!!!!」




フフフフ・・・・・・・と不気味な笑い声に、皆、今度は遠慮無く、一歩引いた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



  私立鵬黎(ほうれい)学園


 幼稚舎から高等部までエスカレーター式のこの学園は、学費、設備、学力、全てにおいてトップクラスを誇る進学校として有名である。

 高レベルの教育と最新のセキュリティが謳い文句で、優秀な子供や良家の子女が集うこの学園には「王子と騎士」がいた。







「あっ、おはよっ。(れい)君。」

桐谷(きりや)先輩、おはようございますっ。」

「やあみんな、おはよう。」


「お、おはようございます!!!守屋(もりや)先輩!」

「おっはよぅ、信司(しんじ)君。」

「・・・おはようございます。」


 登校中の生徒でにぎわう朝の風景。

その中に、すれ違う生徒達(主に女生徒)が口々に挨拶をする二人組がいた。


「オ~スッ!!!玲、信司!!!!!」


 ひときわ響く挨拶と共にひとりの少年が駆け寄ってきた。

2人が振り向くと、明るい茶色の髪をした少年はまず信司と呼ばれていた少年の肩を叩く。

 それからもう一人の、玲と呼ばれていた少年に向き直り、右手を掲げた。

それを見て、玲も左手を上げる。


 パァンッという音を響かせて、二人はハイタッチをした。

そうしていつもの挨拶を済ませると、玲が苦笑した。


「いたた・・今日も朝から(じゅん)は元気だねぇ。ちょっとは手加減してよ。」

「言っても無駄だと思うぞ。こいつにはそれしか取り柄が無いからな。」

「ちょ、ヒド!!!」


三人がじゃれていると、穏やかな声がかけられた。


「おはよう、三人とも朝からすごく目立っているよ。さすがだね。」

「さすがって何だよ、良哉(りょうや)

 俺ら三人って言うより、玲と信司の2人だろ。何せ鵬黎学園の『王子と騎士』だもんな!!」

「やめてよ。」


その呼び名を耳にして、玲の顔が嫌そうに歪む。

その隣で信司も苦笑している。




―――――桐谷(きりや) (れい) 17歳 高等部2年特別進学クラス(別名Sクラス)

 彼を表すならば、眉目秀麗、頭脳優秀、文武両道、などだろうか。

 一つに束ねている茶色がかった長い髪、ピンク色の唇、きめ細かい白い肌。繊細な容貌(女顔とも言う)と、華奢な肢体が目を惹く美少年だ。

 初等部からの外部入学以来、優秀な成績を残しており、運動にも秀でている。

性格も明るく親しみやすく男女問わず人気があるが、()()()()から、普段は一部の、ごく親しい人としか接しない。

 また、多くの企業を傘下(さんか)に置く桐谷グループ。その支配者にして現会長である人物の、孫。正真正銘、御曹司である。

 朝の風景からもわかる通り、鵬黎学園内外を問わず、多くの女生徒の憧れである。ただし、告白されても必ず断るそうだが。


そうして何時しかついたあだ名が『鵬黎学園の王子様』

・・・・本人は嫌がっているので、面と向かって呼ぶものは少ないが。




―――――守屋(もりや) 信司(しんじ) 17歳 高等部2年特別進学クラス(別名Sクラス)

 玲と同じく初等部からの外部入学。同じく成績優秀、文武両道。

優しげで中性的な玲とは好対照の、高い身長や細身だがしっかりとした体格、鋭い瞳と硬質に整った顔立ちの男前だ。

 女生徒に呼び出されることもしばしばだが、こちらも全てばっさりと断ってしまう。

 古い家柄である桐谷のしきたりにより、玲の『従者』であることも広く知られている。ただし、玲との関係は対等で、主従というより親友。

玲が抱える問題により、一人で学校生活を送ることが困難なので、付き添いとして学校側には認められているとか。

 玲と共に行動し、時にはボディーガードも勤めることから玲の『王子』にならい、『鵬黎学園の騎士』と呼ばれている。

・・・立場としては間違っていないので、苦笑のみに止めているようだが。





「桐谷グループの御曹司って言ったって、父さんと母さんは駆け落ちして数年前まで勘当も同然だったんだよ?だから6歳までボクは完璧な庶民。それで王子とか呼ばれても似合わないって。」


 憤然とする玲を宥めて、良哉は話を逸らす。


「そういえば、学園祭の演劇の配役、今日あたり発表みたいだよ。」

「へぇ、やっとか。ずいぶん遅かったな。」

「確かに。演目もまだ知らされていないしな。

 というか、いつもの事だが、良哉はどこからそういう情報を仕入れて来るんだ?」

「あはは、それは企業秘密だよ~♪」


 信司のいつもの疑問は良哉ののほほんとした笑顔でかわされてしまった。

肩をすくめる信司を尻目に、良哉はにこにこと笑って言う。


「今回は配役の決め方が変わっているからね。僕も楽しみだよ。」

「あっ、俺も俺も!!なんせ投票制だもんな!!

 なぁ良哉、どっちが主役になるか、昼飯を賭けないか?」

「いいねぇ。じゃあ、僕は信司が主役になるほうに賭けるよ。」

「じゃあ俺は玲な!!玲、期待してるぞ!!」

「もう投票どころか集計も終わっているのに何をさ。

 というか、純。訊いていい?」

「うん?なにをだよ。」


 笑いをこらえながら話しかける玲に、純は首をかしげながらも答える。


「今回の出し物、台本はまだだけど恋愛物だって決定しているのは知ってるよね?」

「ああ」

「で、純はボクが主役になる方に賭けるんだよね?」

「おう」

「純はボクが何度も告白されていること、知ってるよね?」

「あ?あ、ああ」


 いきなり話が変わったことに驚きながら、律儀に返事をする純。彼にはまだ、玲の言いたいことが理解できていない。

 他の二人はそんな純を見て呆れたり、苦笑いしたりとそれぞれだ。

玲はひらりと片手をひらめかせた。まだ残暑が厳しい時期にも関わらず、その手は薄手の黒い手袋に包まれている。


「ここで問題です。どうしてボクは告白を全て断っているのでしょうか?」

「あ・・・・ああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」


 やっと玲が言いたいことに気付いた純は、大声を上げた。

そんな純に玲は、片手で耳を塞ぎつつ笑う。


「やっとわかったか。つまり、ボクには恋愛劇の主役は無理。だからこの賭けは結果を見るまでも無く良哉の勝ち。」

「じゃ、じゃあお前、もし主役に選ばれたらどうする気だよ!?」

「そりゃあ、正直に説明して辞退するさ。それしかないだろ。」

「くっそぉおお!!良哉、ずりぃぞ!!」


地団駄を踏む純に、黙っていた信司が呆れを隠そうともせず口を開いた。


「そもそも賭けを言い出したのはお前だろう。それより早く行くぞ。」

「うぅぅぅうううう~~~~~~~~~」


 いまだ唸っている純を引きずるようにして、信司が歩き出す。

玲と良哉も後について校舎へ入っていった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


そして放課後


「もう知っている人もいるようだけど、学園祭の演劇の配役を発表します!!!」


 黒板の前で委員長で演劇の監督である木内(きうち)女史が宣言した。


「まずは先に台本を配ります。

 役が無い人も、必ず一度は目を通しておいて下さい。」


 各自配られた冊子を開いた。




――――――舞台は西洋の架空の国

 お転婆な貧乏貴族の令嬢、ヴィクトリカ=ド=ラーデンは、まだ幼い弟のためにラーデン家の再興を夢見て騎士団に入る。

 性別を隠し、名もヴィッキーと偽った彼女はそこで、公爵家嫡男で騎士団長のユリオンと出会う。

素直で筋も良いヴィッキーを、ユリオンは目をかけ、可愛がる。

 先輩として、目指すべき騎士の姿としてユリオンを慕っていたヴィクトリカだったが、何時しかその心は恋心へと変わっていく。

 一方ユリオンもヴィクトリカへの想いを自覚するが、彼女を少年と信じる故に苦悩する。

 すれ違い、離れていく二人。

 そんな時、ラーデン家当主であるヴィクトリカの父親が病に倒れてしまう。

 休暇を取って騎士団を離れて家に戻るヴィクトリカ。会わないことでさらに想いを募らせるユリオン。

 そんなある日、父の代理として舞踏会に出席したヴィクトリカは、ユリオンと再会する。

ラーデン家令嬢として現れたヴィクトリカに驚くユリオン。その場から逃げ去るヴィクトリカ。咄嗟にユリオンは彼女を追う。

 追いついたその場所で、ユリオンはヴィクトリカへの想いを告げる。

ヴィクトリカは驚き、戸惑うが、その告白を受け入れる。


 そして、2人の結婚式で舞台は幕を降ろす






大体のあらすじはこんなものだった


 ベタだ・・・・・

それがクラス一同の感想。


「みんな、色々言いたいことはあると思うけれど、それは後回し!!

 それでは配役を発表していきます!!

 知っての通り、配役はあらかじめ行った人気投票に基づいて決定しているので、抗議は受け付けないわよ!!」


 たちまち女子が色めき立つ。なにせ演技とは言え、憧れの少年と恋人になれるかもしれないのだ。

文化祭の企画委員が大きな白い紙を広げていく。それに従い、端役から順に示されていく。

その度に教室のあちこちから声が上がった。


そして、肝心の主役2人の名が張り出された。



その瞬間、クラス中が静まり返った。

平然としているのは木内女史だけ。他の委員は、やっぱり、と苦笑している。


広げられた紙の端、そこに書かれた名は


 女主人公(ヒロイン)、ヴィクトリカ   桐谷 玲

 主人公(ヒーロー)、ユリオン      守屋 信司





「待った!!おかしいでしょ、コレ!!どうしてボクがヒロインなのさ!!!」


最初に我に返ったのは玲。ガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、バンバンと机を叩いて抗議する。


「仕方ないでしょ!!投票でそうなっちゃったんだもの。」

「だから、何でさ!!ちゃんと男子、女子で分けたんじゃなかったの!?」

「それがねぇ・・・・、こうなったのよ。」


 その手に持っていた一枚の紙を受け取った玲は、やや乱暴に広げる。そして、再び凍りついた。

その横から、やっと復活した信司、純、良哉が覗き込む。

そこにはこう書いてあった。



 ~2ーS 綺麗&可愛い ランキング~

  2ーSの中で、あなたが1番可愛い(または綺麗)と思う人は誰ですか?

           アンケート対象 鵬黎学園高等部 生徒1500人+教師50人

   1位 桐谷 玲    634票

   2位 里中 愛華   267票

      :

      :



「・・・・・・・。」


玲同様黙り込む三人。


「見ての通り、それだけの差をつけられちゃうとね、無視しづらいわけよ。

 それに、もう1つの『劇に出演して欲しい人ランキング』でも桐谷君、守屋君と同点首位だったのよ。だから、出演しないってのもなし。

 それともう1つ。」


 女史はピラリ、ともう一枚紙を取り出した。


「脚本についての希望もとっていたんだけれど、『生王子or騎士が見たい』とか、2人関係多かったのよ。

 桐谷君も相手が守屋君なら、問題なく演じることができるし。これが最善なの。」


 それじゃぁ、解散!!明日から稽古始めるからね!!


 まだ固まっている4人を無視し、木内女史はさっさと皆を帰らせる。

おかげで、それ以上抗議する暇も無く桐谷 玲のヒロイン役は決定してしまった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「っていう事があったんだけど・・・・」

「まあまあそれは・・・ふふ、私も楽しみですわ。」


 笑い事じゃないよと膨れっ面の玲の、少年としては長すぎる髪を、女性は丁寧に乾かしていく。

風呂上りの玲は、髪の手入れをしてもらいながら今日の出来事を話していた。


「でも演技はともかく、衣装や当日の身支度はどうするんですか?」

「衣装はサイズだけ渡して・・・当日は信司だけじゃ手が足りないだろうから、佳奈子さんに頼んでいい?クラスの皆には話しておくからさ。」

「それが無難でしょうねぇ。良いですよ、旦那様にも伝えておいて下さいね。」

「うん、ありがとう。父さんと美奈さんには、あした話すつもり。」


 申し訳なさそうな顔から一転して、パッと顔を輝かせたれいに、佳奈子は目を細める。

佳奈子にとって、桐谷家に来た6歳の頃から世話をしてきた玲は自分の子供のような存在だ。

玲も幼い頃に母親を亡くしているので、佳奈子にとても懐いていた。

 3年前に父親と再婚した美奈は義母(はは)というより年上の姉というほうが近いので、佳奈子は正しく母親代わりだ。





「玲?いるのか?」


 そう言って戸を開けたのは、信司だった。

いきなり現われた息子を、コラッと佳奈子は叱る。


「女の子の部屋にノックもせずに入る人がいますか。」

「す、すまない。」


 佳奈子に叱責されて信司は玲の今の格好に気付き、うろたえた顔をした。

 今の玲は制服のブレザーではなくTシャツにショートパンツの薄着だ。

風呂上りなため薄紅に染まった肌は艶やかで、えもいわれぬ色香を放っている。

そして、衣服の上からも明らかな柔らかい曲線を描くその細い肢体は見間違えようも無く、少女のものだった。


 そう、桐谷 玲は美少女顔の少年ではなく、正真正銘、美少女だった。



 彼―――――いや、彼女が性別を偽るようになった経緯を一言で言うならば、『成り行き』だろう。

 最初は不審者対策に彼女の父親が男装させていた。

桐谷家へ迎えられた後は護衛がつき、男装の必要はなくなったのだが、その頃には度重なる不審者からの被害により、玲は対人恐怖症となっていた。

 人をそばに置くことすら拒否していたため、桐谷家で玲が少女だと気付く者はいなかった。

 周囲の努力により対人恐怖症は緩和されたが、その頃には自分と父親の立場を理解していたため、玲は性別を偽り続けることを決意していた。


 玲が少女であることを知るのは、彼女の父親と義母、それに父親の従者とその妻の佳奈子、そして彼らの息子で玲の従者である信司のみだ。


「いいよ。今髪も乾かし終わったところだし。佳奈子さん、いつもありがとう。ちょっと席を外してくれる?」

「はいはい。(信司、玲様に何かしたらただじゃおきませんよ。)」


 後半はすれ違いざま、信司のみに聞こえるように呟き、佳奈子は玲の部屋から退出する。

立ち尽くす信司に玲はクッションを示した。


「座ったら?で、何かあった?」

「ああ、いや明日の件で。」

「明日?もしかして演劇について?」

「ああ、台本の読み合わせをするから、いつもの1時間前に登校しろとさ。

 ところで玲、本当に出るのか?」


 目の前にあるのは、心底、自分を案じる瞳。

玲は思わず手を伸ばす。

 信司の慌てる声を気にせず、彼の胸に額を押し付けた。


「出るよ。正直、舞台に出るとか考えるだけで震えそうだけど、信司も一緒なら、きっと大丈夫。」

「すでに声震えてるくせに、何言ってんだ。」


 ぎゅっと抱きしめられる。その感触に玲は目を閉じた。


「こうされるのも久しぶりだね。」

「三人だけだからな。」

「もうすぐ四人になるかもよ?」


 三人、それは玲の許可無く玲に触れられる人の数。玲が心から信じられる人の数。

 父親、佳奈子、信司、それだけ。今は、そこに義母である美奈も加わる予感がする。


 玲は自分が性別という偽りを演じている限り、本当の意味で自分が相手を信じることが出来ない事を知っている。


 玲の対人恐怖症は、緩和された代わりに接触恐怖症となって現われていた。

 人に触れられれば呼吸困難、精神錯乱、酷い時は気絶などを起こす。

 触れる、ということだけでなく、視線にすら反応してしまうこともある。

治療を受けている今はそれ程でもないが、学生という集団生活を送る身としては未だ致命的だ。

 玲の手袋も対策のひとつだ。布一枚、それだけでも玲の心理的負担は軽くなる。





 自分の腕の中で、心底安心しきった表情の玲を見下ろし、信司は渦巻く感情を抑えつけた。

演技とは言え、女性としての玲を衆目に晒すことに強い抵抗を覚える。

 そんな自分の独占欲に、ほとほと呆れ果てた。

いつか、腕の中のぬくもりを手放してしまう時が来てしまうのだろうか。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 練習は順調に進んでいた。

 男装の少女という配役に最初は戸惑った玲だが、常日頃男のフリをしている身。コツを掴めばダメ出しは見る見る減っていった。純は「もともと王子だしな!!」と余計なことを言って殴られていたが。

 練習中、2人が顔を出せばクラスの女子の歓声が飛び交うのも日常となっていった。




「「「「キャ~~~~~~~~~~!!!!!!」」」」


「な、なんだ!?」


 いつもの数倍大きい女子の歓声。すでに悲鳴の域だ。

戸惑う男子たちの視線の先で、仕切り代わりの布の向こうから人が出てきた。

 瞬間、男子からも驚きと感嘆の声が起こる。

衣装合わせのために着替えた玲と信司が出てきたのだ。

 2人とも騎士の制服ということで、デザインそのものに大きな差は無い。


 玲は見習い騎士ということでダークブルーの詰襟の上着に銀の装飾。ズボンは白。長い髪を留めるリボンと剣帯だけは金色だ。

 信司は騎士団長なので、玲と同じ詰襟の上着はモスグリーン。ズボンは黒。装飾は金で玲より多い。さらに、黒色で裏地が深紅という派手な取り合わせのマントをつける。


 ビシリと背筋を伸ばした姿は『王子と騎士』のあだ名に相応しかった。

たちまち携帯のカメラだろう、シャッター音に包まれる。

溜め息を吐きかけた玲は、ある人物を見て頭を抱えた。


「良哉・・・・。」

「ああっ、顔隠しちゃだめだよ~」


 ごつい一眼レフを構えた良哉はそう言いながらもシャッターを押す手を止めない。


「ちなみに・・・・それ、どうするつもり?」

「もちろん、売りさばくのさぁ!!!」


 清々しく言い切る良哉に玲は頭痛を感じた。この柔和に見えて強かな友人は、時に物凄い商売根性を見せる。

 だが玲が何か言う前に、木内女史の鋭い声が飛んだ。


「桐谷君と守屋君!!それは良いから、今度はこっちの衣装を着て!!」


 逆らえずに仕切りの奥へ戻ると、衣装を渡された。

衣装を見て玲はゲッと小さく呻く。


「守屋君のほうが先に終わると思うから、そうしたら玲君を手伝ってくれる?髪型も適当にいじってくれると助かるわ。」

化粧(メイク)は?」

「本番は守屋君がやるわけじゃないけど・・・そうね、簡単にでいいからやっちゃって。はい、道具一式。」


 有無を言わせず更衣室に押し込まれる。

玲はしぶしぶ着替えるが、なかなか上手くいかない。


「なにやってるんだ。」


 悪戦苦闘していると、いつの間にか信司がいた。

無言で見上げると、ああ、と言う顔をされた。

そして、パパッと玲のドレスの乱れを直す。


・・・・・・そう、木内女史から渡されたのは、間違えようも無くドレスだった。


「座れ。」


 なぜか不機嫌な信司の、偉そうな言葉に黙って従う。

信司に背を向けて座ると、首の後ろで纏めていた髪が解かれた。

丁寧に梳かすと、玲の髪をちまちまと編みこんでいく。

所々をピンで留めると、信司は用意されていた髪飾りを手早くつけていった。


 次に、下ろしてあった前髪を一度上げる。

渡されたメイクセット一式に手を伸ばし、しばらく考え込む。

玲が見守っていると、口紅やチークをいくつか取り出していく。

 信司が化粧をできるのは、佳奈子に仕込まれたからだ。いつか玲が女に戻る時のため、らしい。


「目を閉じろ。」


 大人しく従うと、まずベースを塗られた

それから刷毛の感触。信司はいつもファンデーションやチークを軽くしか塗らない。

最後に口紅を塗って、完成。


「玲は元が良いから、いつも簡単に済む。」

「それは誉め言葉?それとも皮肉?」


 さあな、と笑う信司を睨みつけて玲は立ち上がる。

信司は手を差し出した。


「お手をどうぞ、お姫さま(レディ)。」

「何のつもり?」

「いや、たまにはこういうのも良いかと。」


 信司にしては珍しい、茶目っ気たっぷりの笑顔に玲は目を(みは)

それから、見る者の目を奪う、大輪の華のような笑顔を浮かべた


「さあ、皆の度肝を抜いてやろうか」



「それはいいが、その顔はやめろ」

(その前に違うものを奪いそうだからな)












 二人が現れると、一斉に静まり返った。

そこかしこから声にならない溜め息が漏れる


 信司は一見黒と間違えるほどに深い、藍色の服。ただし金糸銀糸の刺繍が映え、シンプルだがセンスの良い装飾品もあって、印象は先程の騎士服よりも派手だ。

 だが、衣装負けはしていず、その佇まいはまさしく物語の王子様だ。


 そして、そんな信司以上に人目を惹き付けているのが玲だった。

 ドレス自体は空色のハイネック、ノースリーブのシンプルなもの。上半身は身体に密着し、スカート部分は膨らませずに足に沿って自然に広がっている。ドレスを飾るのは、大きな一枚布だ。ドレスよりも紫がかった水色のやや透ける布で、虹色の光沢がある。

 玲の身長の倍ほどもあるだろうという長さの布を首にかけ、左胸のあたりで交差させて留める。そのまま体に纏わせる様に緩やかに巻きつけ、腰の右側で留める。余った布はそのまま垂らされ、ドレスの裾の一部のように広がっていた。

 貧乏貴族という設定なので、目立った装飾は無い。薄布を留めているのも布の造花で、胸元はやや碧がかった水色の大輪の薔薇、腰の部分も薔薇の花だが胸元より小ぶりだ。その代わり複数まとめてブーケのようにしてある。それからは細い鎖が吊るされており、先には涙形の小さくて透明な石がついていた。同じものが玲の髪にも飾られている。

 全体で見れば空色一色。ただし玲が身動きすれば印象はガラッと変わる。

動きにつられて波のように広がる虹色の光沢。キラリと光が弾ける。

見慣れていたはずの少女めいた美貌は、うっすらとほどこされた化粧によって普段以上の輝きをまとっていた。


 誰もが気圧され、見入ってしまう中、空気を読めない人物の声が割って入った。


「スッゲ~~~~!!!!玲、何でお前女に生まれてこなかったんだよ・・・・・・」

「黙れ」


 前半興奮、後半悔しさのこもった純の台詞は、絶対零度のオーラを纏う玲によってぶった切られた。

ついでに射殺しそうな目で睨まれ、純は凍りつく。

 逆に他のクラスメイトたちはそれで我に返ったらしい。先ほど以上のシャッター音に包まれた。


「矢成君(良哉のこと)!!皆!!この写真は当日公演が終わるまでは絶対に公開しちゃ駄目よ!!!!

 というか他言無用!!!いいわね!?」

「「「「「「「「「「ハイ!」」」」」」」」」」


 木内女史の気迫のこもった声に、軍隊のように揃った返事を返した皆は楽しげに笑っている。


「2人も早く着替えて!!誰かに見られたらただじゃおかないからね!!!!」 


 それはこちらにはどうしようもないのではないだろうか。

そう思いながらも逆らえないものを感じさせる木内女史は、ある意味大物なのかもしれない。


「あれ、木島女史、もう一着は?」


 騎士団用、舞踏会用、そして、最後のトリというべき衣装がもう一着

それはこの場で試着しないのかと、生徒の一人が声を上げた。


「それは本番まで秘密。ひとつ位楽しみがあったほうがいいでしょう?」


「えー、見たーい」というブーイングは無視し、木島女史は他の人たちの衣装の準備に取り掛かった。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「おれの眼の黒いうちは、玲は誰にもやらんぞ!!」

「父さん、ちょっと落ち着いて。美奈さんも何か言ってあげて。」

義隆(よしたか)さん、子供はいつのまにか旅立っているものだそうですよ。」

「れいぃぃぃぃぃぃ!!!!!『お父さんと結婚するんだ』って言ってくれたのにぃぃぃぃ!!!」

「学校でそういうこと言わないで。っていうか、父さん、美奈さんと再婚したでしょ。それでさらに結婚って重婚になるよ。美奈さんも煽らないで。」

「うふふ、離婚ならいつでもしますよ。」

「僕から謝るから、止めてあげて。父さんヘタレなんだから。」






「玲、アンコールが凄いんだが・・・・・まだ駄目そうだな。」

「そうなんだよね。いっそ気絶させるか。」


 様子を見に来た信司に玲はそう嘆息した。





 大騒ぎのここは、舞台裏の一室。

そして今日は学園祭当日。

さらに言うなら、2-S演劇発表直後。






 結論から言うと、2-Sの演劇は大成功だった。

観客は生徒も外部者も凛々しい男装騎士と、騎士団長の関係に一喜一憂し(特に漫研、文芸部といった『腐女子』と呼ばれる一団の興奮具合が凄かった)、剣戟に息をのみ、舞踏会のシーンで感嘆のため息を漏らした。


 誤算だったのが、ラストシーン。

いや、演技そのものは完璧だった。

 だが、ラストの結婚式で。


 玲のウエディング姿を見た父親が。


 錯乱して楽屋に押し掛けたのだ。


 同行していた義母の美奈はわざとか天然か、止めるどころか煽るので、大騒ぎになった。

機転を利かせた佳奈子が場所を移させたので、余計なことを聞かれることはなかったが、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 困り果てている玲を、美奈がうながした。


「玲さん、ここは良いですからいってらっしゃい。」

「え、でも・・・・・」


まだ落ち着かない父親を見やる。


「この人の扱いはわかっていますから。

 それに、お客さんが退出してはじめて終わります。アンコールをしてくれているお客さんを、待たせてはいけませんよ。」


 躊躇う玲の背を押す微笑はまさに慈母のほほえみ。

その手がガッチリと父の襟首を捕らえていることに安心し、玲は舞台に戻って行った。


 まぶしい照明に一瞬目が眩んだが、それ以上に自分が出て行ったことでしんと静まり返った客席が、玲は気になった。

 思わず立ち止まると、誰かに手を取られる。

それが誰だか一瞬で理解し、玲はおとなしくエスコートされるままに歩く。

その途端、ワッと客席が沸いた。


 ようやく利きはじめた視界の中、まず隣に立つ人物を確認する。

思った通り、玲の手を取っていたのは信司だった。

 それに安心して、客席へと目をやる。


「へっ!!!」


 間抜けな声は幸いにも歓声にまぎれて客席まで届かなかったらしい

だがそんなことにも気付かず、玲はある一点を見つめ続ける


 視線の先には、恐ろしい笑顔の木島女史。

はっきりと見える自分の視力が今は恨めしい。


彼女が持つカンペには、でかでかと


『そのままキスして!!!!!(寸止めでも可)』


と書かれていた。







「どうする?あれ。」

「どうするもこうするも・・・・」

「木島女史の指示、無視する勇気があるか?」


 信司の問いに呆然と返す玲。しかし、この切り返しに詰まった。

彼女の恐ろしさは練習で身に沁みている。

だけど・・・・・


「キスだぞ?口付けだぞ?接吻だぞ?」

「混乱してるのはわかったから、ひとまず落ち着け。別に本当にやる訳じゃないんだから。」

「・・・・・いいの?」



思わず信司は顔を手で覆う。


「お前な・・・そういう顔は反則だ。」

「は?」


 訳がわからないといった顔の玲に信司は顔を近づけ・・・



 それを見ていた観客は、さらに大きな歓声を上げた。












「えー、それでは、2-Sの舞台成功と、人気投票1位を祝して・・・・乾杯!」

「「「「「「「かんぱーーーーい!!!」」」」」」」


 木島女史の掛け声に一斉に唱和する2-Sのクラスメイト達

そこからは無礼講が始まった。


「よーう、飲んでるかい?」


 紙コップ片手に本日の主役に近づくのは純。もちろん中身はソフトドリンクだ。

玲の顔を覗き込み、口をとがらせる。


「なんだよ、全然楽しんでないじゃん。今日の主役が何て顔してるんだっつーの」

「気楽でいいねぇ、純は。僕はもう、明日からのことで頭が痛くてしょうがないっていうのに。」

「はぁ?」


 意味がわからないという純に、一冊の冊子を手渡す。一枚めくった純は、顔をひきつらせた。


「何見てるの?」


 そこにやって来たのは良哉。

押しつけるようにして手渡されたものに、あー、という顔をした。


 それは漫研と文芸部共同発行の、いわゆる同人誌と呼ばれるもの。それも・・・


「裏出版物か・・・・。」

「せっかく収まったと思ったのに・・・!!!!」


 裏出版、裏物と呼ばれるそれは、非公式なもの

内容は過激なBLものがほとんどだ。



「アンコールでサービスしすぎたからね。」

「そーだよ、聞きたかったんだ。あれってホントにしてたのか、キス!!」

「うわ、し―――っ、し―――っ。」


 恐る恐る辺りをうかがう。どうやら聞き咎められなかったらしい。

ほっと安堵の吐息を漏らした玲から何を勘違いしたのか、二人はええっという顔をした。

 それを見て玲はげっそりとした。

力なく首を横に振った玲に、あからさまに二人は落胆した。


「ホントいい加減にしてよ。今日一日中そればっかりでさ。

 信司なんか、まだ向こうで捕まっているよ。」

「あ、珍しいなと思ったら、まだ質問攻め終わってないんだ。」

「逃がしてくれたのはありがたいけど、余計なこと言ってないかと、それだけが心配。」


「それだけか、全く薄情な主だな。」


 パッと玲が顔を上げると、すぐ後ろに意地悪そうな表情の信司が立っていた。

明らかな誤魔化し笑いを浮かべる玲の耳元で、さらりと爆弾発言をかます。


「俺とのキス、あの場が初めてじゃないだろうに。」


 瞬間、玲の顔が一気に紅潮した。






































































「僕は何も持ってない。だから、これが契約の(あかし)。」

「これが?」

「そう、今の僕の、最大限の信頼の証だよ。」





 それが、幼い二人のはじまり



 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました

なんか、自分でも色々中途半端だと思うんですが、これが今のわたしの精一杯です!と、言っておきます


 この話は、別の連載小説の息抜きに書いていたのですが、1番苦労したのは玲のドレスの描写でした。以前雑誌か何かで見た物をちょっとだけアレンジしたのですが、頭の中の映像に文章力が追いつかず、何度も書き直しました(泣)

 苦労した分、伝わっていればな~、と願っています

 ラストのウエディングドレスについては、皆様に自由に想像してもらえればいいかと。理想の結婚式を思い浮かべてください。


現在連載中の『銀月の魔女は闇と歩く』(異世界ファンタジー)、短編『彩姫』(現代ファンタジー)ともども、よろしくお願いします

感想も待ってます


 それでは、最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました


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― 新着の感想 ―
[一言] 明るく元気な登場人物と意外性のある物語が上手く絡み合っていて面白かったです。 他のお話も読ませていただきますね。頑張ってください。
[一言] 読ませていただきました。面白かったです!まさか玲が……だとは。中途半端なんかではないと思いますよ。個人的には玲と信司の関係が好きすぎる…… 執筆お疲れ様でした!では。
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