完全アウェイの学園で、悪役令嬢を正論で殴ってみた
乙女ゲームのヒロインに転生した。
「よっしゃー!! ライバルなしのゲームだし、学園逆ハーレム生活も夢じゃない!?」
前世の記憶を取り戻した私は、そんなふうに浮かれながら、初登校の日を迎えた。
そして開始三十分で、現実を知った。
廊下を歩けば、ひそひそ声が止まる。
すれ違いざまに肩をぶつけられる。
落とした本を拾おうとしゃがんだら、誰かに先に踏まれた。
「……なんでやねん」
思わずこぼした声さえ、誰かに笑われた。
いじめの理由は単純だった。
「平民出身のくせに入学試験首席なんて、身の程知らずにもほどがあるでしょう」
目をつけられた相手は公爵令嬢。
学園でもひときわ目立つ、美貌と家格と取り巻きを備えたリーシェ・ヴァルディエだ。
貴族社会では、平民の優秀さは美談になる前に不快感になる。
しかも相手が公爵令嬢なら、周囲は当然のようにそちらにつく。
攻略対象も例外ではなかった。
王子に話しかけてみた。
アシュレイ・ルヴェルはやわらかく笑って、「困ったことがあれば教師に相談するといい」とだけ言った。
宰相子息には廊下で声をかけた。
セオドール・グランツは完璧な礼をひとつ返し、「失礼」とだけ言って通り過ぎた。
騎士科のレオニス・ヴァルハイトには、訓練場の脇で助けを求めるような目を向けてみた。
彼は困ったように眉尻を下げ、結局なにも言えずに沈黙した。
魔術師団の天才、ユリウス・エルムローゼに至っては、私のほうを見もしない。
「リアル世界、シビアすぎん?」
しかもこのゲーム、甘い学園恋愛ものの顔をしておいて、ヒロインがどのルートにも乗れなかった場合のバッドエンドが重い。
義両親により、金持ちの年上貴族に嫁がされるのだ。
終わった。
いや、もうむしろ開き直るしかない。
どうせ公爵家に目をつけられた時点で、穏便な学園生活なんて無理だ。
なら、せめてやれるだけやってやる。
そう決めて、翌日から行動を開始した。
「おはようございます」
リーシェを見かけ、私は笑顔で挨拶した。
だが、彼女は無視した。
私は即座に、彼女の進行方向に回り込んだ。
「おはようございます」
ぴく、と彼女の眉が揺れる。
無視して横を通ろうとするので、もう一歩ずれる。
「おはようございます」
「……あなた、なにをしているの?」
「挨拶です。反応があるまで続けようかと」
周囲の生徒たちと、ちょうどそこにいたアシュレイが息をのんだ。
リーシェは信じられないものを見るような顔をした。
通り過ぎる背中を見送りながら、私はそっとノートを取り出し、書きつけた。
翌日、廊下でリーシェ本人に呼ばれた。
「少しよろしいかしら」
取り巻きを従えたまま、彼女は優雅に微笑む。
けれど目は笑っていない。眼力が強すぎる。
「試験の成績がよろしいのは立派ですわ。でも、それだけで成り立つ場ではありませんの」
「はあ」
「ですので、ご自身だけが特別だと思わないことね」
「つまり、目立つなと?」
「そのような言い方はしておりません。ただ、秩序を乱す方は歓迎されないというだけですわ」
周囲にいた生徒たちは、うんうんとうなずいている。
なので私は言った。
「なるほど。学園の秩序は、公爵令嬢の采配で決まると」
リーシェの口元が引きつった。
その反応も忘れずにメモしておく。
学園の茶会でも、案の定な出来事が起きた。
会の途中、リーシェの友人の一人が私にぶつかってきたのだ。
カップが傾き、熱い紅茶が私のドレスに派手に飛び散る。
「あら、ごめんなさい」
「まあ、大変」
「でも、そのドレスだと目立たなくてちょうどいいんじゃなくて?」
わざとらしい声が重なる。
リーシェは扇の向こうで、楽しそうに目を細めていた。
私はドレスの染みを見下ろし、それから顔を上げた。
「では、クリーニング代を請求しますね」
リーシェの友人ミレイアが目を見開く。
「……は?」
「え? だって、そちらがぶつかったんですよね?」
「その程度のことで」
「その程度でもドレスは汚れますし。まさか、払っていただけないわけじゃありませんよね?」
わざと明るく言うと、周囲の空気が固まった。
リーシェがゆっくりと扇を下ろす。
「……随分と図々しいのね」
「リーシェ様ともあろう方が、下の者への弁償を渋られるとは。世も末ですね」
誰かがお茶を吹き出した。
ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所にいた騎士科の生徒たちの中に、レオニスがいた。
彼は私と目が合った途端、わずかに眉を寄せた。
別の日には、高価そうな箱を押しつけられた。
中には、明らかに流行遅れの装飾品。
「あなたに似合うと思って」
私はありがたく受け取り、
次の夜会で、身につけて出席した。
「あら、それ……」
「リーシェ様がおすすめしてくださったんです」
会う人会う人に、にこやかに言って回る。
「私にはこれが相応しいと、リーシェ様が」
「さすが公爵家の審美眼ですよね、リーシェ様」
最後のほうには、様子を見ていたセオドールが、笑いをこらえていた。
もちろん、向こうも黙ってはいなかった。
教師への告げ口は何度もあった。
「彼女は協調性がありません」
「態度に問題があるかと」
だが、そこは私にも分があった。
私は本当に勉強ばかりしていたからだ。
やることもなかったし。
授業態度は真面目、提出物は期限前、試験成績は上位。
担任教師は曖昧に注意するばかりで、決定打を持てなかった。
むしろ、成績優秀な特待生を下手に処分できない、という空気すらあった。
そして少しずつ、周囲も変わり始めた。
最初は皆、リーシェの顔色をうかがっていた。
けれど露骨に悪意を向けてくる者は減っていった。
代わりに増えたのは、遠巻きに様子を見る視線だった。
「平民出身のくせに」ではなく、
「公爵令嬢相手に、あそこまで言うのか」へ。
味方ではないし、面白がっているだけだ。
それでも最初よりはましだった。
攻略対象たちの反応にも変化が出た。
アシュレイは私を見る目を少しだけ改めた。
セオドールは、廊下ですれ違ったとき、以前より長くこちらを見た。
レオニスは、訓練場で転びかけた私に無言で手を貸した。
ユリウスだけは最後まで薄かったが、それでも一度、私とリーシェのやりとりを面白そうに眺めていたことがある。
けれど、今さらだ。
助けなかったことを、私は忘れていないぞ。
今の私にとって一番大事なのは、恋愛ではない。
首席で卒業することだ。
自分の力で生きる道を確保しなければ。
だから私はひたすら勉強した。
嫌がらせの記録も、同時に積み上げた。
そして卒業式の日。
大講堂で名が呼ばれる。
「本年度首席――」
その名は、私だった。
拍手の中、私は背筋を伸ばして壇上へ向かった。
視界の端で、リーシェの唇がわなないていた。
そのときだった。
「お待ちください!」
ざわ、と場が揺れる。
リーシェが立ち上がっていた。
悲憤に満ちた顔で、まっすぐ壇上を見上げている。
「その者は首席にふさわしくありませんわ! 学園において協調性を欠き、多くの者と軋轢を生み――」
よし、来た。
私は一礼し、学園長に向き直った。
「発言の許可をいただけますか」
学園長はしばし私を見つめ、それから頷いた。
私は用意していた紙束を取り出す。
「私は在学中、リーシェ・ヴァルディエ嬢から複数回にわたって悪意ある言動を受けました」
「なっ……」
リーシェの顔色が変わる。
「日時と場所、その内容を記録を残しております」
私は一枚をめくった。
「たとえば昨年五月十二日から同月十九日までの登校時、東棟廊下にて私はリーシェ様に挨拶をいたしましたが、返答は一度もありませんでした」
ざわめきが広がる。
「なお、この件についてはアシュレイ・ルヴェル殿下が廊下の反対側におられ、直後の状況をご覧になっています」
一瞬、空気が止まった。
視線が王子へ向かう。アシュレイは目を伏せた。
「同年六月三日、茶会にてドレスに紅茶をかけられました。謝罪は受けましたが、弁償は拒否されました」
「嘘よ!」
「では、請求時に同席していた三名、及びその場にいた騎士科の生徒たちに確認をお願いいたします」
名指しされた令嬢たちが、さっと青ざめる。
レオニスはきつく目を閉じていた。
「また、流行遅れの装飾品を“贈り物”として押しつけられた件については、セオドール・グランツ様が夜会の場で、私が『リーシェ様がおすすめしてくださった』と説明していた場面をご記憶かと」
セオドールの表情が固まった。
彼は否定しなかった。
「協調性がないとおっしゃいますが、私が相談した際に無視、あるいは黙認された記録もございます。必要であれば、全件提出可能です」
静まり返った講堂に、私の声だけが落ちていく。
「……以上です」
紙束を下ろし、私は一礼した。
リーシェの顔から、血の気が引いていた。
沈黙のあと、学園長が口を開く。
「記録は受理する。後日、正式に調査を行う」
その一言で、場は決した。
卒業式ののち、正式に発表された。
首席特典として、私は留学の権利を得た。
アシュレイも、セオドールも、レオニスも、ユリウスも、なにか言いたげな顔をしていた。
でも私は、もう彼らの言葉を待っていなかった。
馬車に揺られながら、窓の外に学園を見やる。
いじめも、沈黙も、見て見ぬふりも、あの場所に置いていく。
「次こそ、まともな攻略対象がいますように」
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