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終末小説  作者: 七瀬乃


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第5話

「もちろんええよ。真美ちゃんが勲さんの物語書くなんて嬉しいなぁ。勲さんの最後の日はなぁ」

 トメ子さんが天井を見上げて、話し続ける。


「朝起きて一緒にご飯食べた後になぁ。居間でゆっくりしてたんよ。十時頃やったかなぁ。勲さんがカーテン開けて、今日は天気がええ言うて、買い物行ってくるって言ってなぁ。ほら、私は足腰弱ってしもうて、買い物行けんけぇ勲さんが代わりに行ってきてくれよったんよ。そんで、買い物行って帰ってくるのが遅かったけぇどこか寄り道しよったんやなかろうか。そんでなぁ」


 トメ子さんの目には涙が溜まり、唇が震えていた。


「ごめんなぁ思い出したらちょっと……」


「トメ子さん。辛いならこれ以上は大丈夫ですよ……」


「いや聞いてほしいんよ。物語を書いてほしい。勲さんも天国で楽しみにしとるけぇ」


 私は頷いた。

 トメ子さんが話し続ける。


「帰ってきてなぁ、勲さんが私に買い物袋を渡してくれよったん。そん時突然勲さん倒れてなぁ。大丈夫!? 大丈夫!? って声かけたら、『大丈夫。トメ子……心配せんで……』って言うたんよ。それが最後の言葉やった……」

 トメ子さんの頬に涙が流れていた。

 私は流れそうな涙をぐっと堪えた。


「ありがとうございます……。あの、まだどんな感じに書けるか分かりませんが、絶対書きます。待っててください」

 私はトメ子さんを真っ直ぐ見つめた。


「うん。ありがとう。待っとるね」

 トメ子さんは目を潤ませながら微笑んでいた。



「あんたここおったんか!」

 母の大きな声が聞こえた。振り返ると控室の入り口に母が立っていた。ちょうど良かった。

 私は、「じゃあ帰って書くので今日は失礼します」とトメ子さんに言って入り口に向かった。


「お母さん今すぐ帰れる?」


「今すぐて、まだお母さんちょっとここおらんと」


「じゃあ私を家に送って。今すぐ」


「なら車乗っとき! すぐ行くわ」


 パンプスを履き、美咲に手を振ると、「ちょっと待って」と言って美咲が走ってきた。


「伝えるの忘れてた。おじいちゃんがね、『真美さんは自分に厳しくて自信がない子やから、もし小説でも書いとったら私が読んで自信つけさせてやりたいなぁ』って言ってたの。だから、おじいちゃんのためにも真美のためにも書いてほしいって思ってさ……」


「そっかぁ……うん。ありがとう。書く覚悟ができたからもう大丈夫。待っててね」


 実家に戻り、パソコンをカバンから取り出した。


 今の私の技術でいい。上手く書こうとしなくていい。気取らなくていい。想いを込めて書けばきっと伝わる。


 パソコンを開いた。

 点滅するカーソルをしばらく見つめ、指を動かした。

 

 ・朝起きて、食事。

 ・カーテンを開けて天気が良かった。

 ・買い物。

 ・寄り道。

 ・買い物袋をトメ子さんに渡す。

 ・倒れる。

 ・「大丈夫、トメ子、心配せんで」


 トメ子さんから聞いたことを書き出してみると頭の中で勲先生が動き出した。勝手に物語が頭の中で繰り広げられていく。


 手を止めずに画面上に文字を刻んでいく。

 大まかな流れを書いた。

 勲先生やトメ子さんの言動を想像する。物語は勝手に進み出すけれど、本当にこれでいいのかと手が止まる。頭の中の映像を文字にして書き出していく。これを繰り返して最後の一文までたどり着いた。

 

 推敲に入る前に、近くの自販機にコーヒーを買いに行く。

 街灯も少ないこの町の夜空には数え切れないほどの星が散らばっている。


 勲先生が、「これしたら、星が自分の中に入って自分が輝きだしそうやないか?」と言っていたのを思い出した。

 

 届かない星に手を伸ばし、掴んで胸に押し当てる。

 大丈夫。書ける。


 

 文章を消したり書き直したりを繰り返し、ひとまず推敲を終えた。

 

 これで完成だとは言えない。この小説を少し寝かせて、また推敲しないときっとまた書き直したいところが出てくるはず。


 シャワーを浴び、仮眠をとった。


 スマホのアラームが鳴っている。目を開けると同時に体を起こした。


 窓の外を覗くと、朝日が登り始めていた。外に出ると、体が春霞に包まれた。霞の中を通る朝日が柔らかく目の中に入ってくる。水分を含んだ空気が肌に触れた。


 自販機でコーヒーを買い、飲みながらまた家に戻った。


 パソコンを開く。

 読んで、消して、書き加えてを繰り返す。

 千八百字。

 たった千八百字。

 なのに何かが違う。今まで散々小説を書いてきたのに、違う。

 


「真美ー!」

 母が大きな声で呼んでいる。


「何ー?」

 

「あと一時間で出るけぇ、用意しときぃよ」


 あと一時間。

 この家にはプリンターがない。

 リビングまで走った。


「お母さん。便箋ある?」


「なしてそんな急いどる? ちょっと待っときぃ」

 母が戸棚をあさって、便箋を取り出した。


「ありがとう」


「何に使うん?」


「……ちょっとね」

 走って部屋まで戻り、便箋を一枚机に置いた。


 タイトル『終末』

 ペンネーム 梅川小鳥


 書く手を止め、美咲にメッセージを送る。

『勲先生の最後の日、1800字ほどの小説を書きました。一回美咲に読んでもらいたいんだけど、今から送ってもいい?』


 美咲からすぐに返信がきた。

『読まない。喪主の挨拶の時に読んでもらうから、その時みんなと一緒に聞いてるね』


 手に汗が滲んできた。


『でも、一応見てもらったほうが……。書き直してもらいたいところとかあるかもしれないし……』


『大丈夫。自信持って』


 もう、書くしかない。


 便箋に千八百字を書き写していった。

 

 写し終わって、肩の力を抜いた。こんなにも力を入れて書くことなんて今までなかった気がする。

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