第4話
半分に折り畳まれた白い紙に、黒い文字が見える。
紙を広げると墨汁の匂いがふわっとした。
縦長の紙に、『胸を張れ』と書かれている。
「勲先生が書いたやつ?」
「うん。おじいちゃんの柩に入れるものを探してたらね、真美さんって書かれたファイルがあって、その中に入ってたの」
「……勲先生が私のために書いたの?」
「うん。たぶんそうだよ」
胸を張れ。
この言葉を見ると、勲先生から背中を軽く叩かれている気がして、思わず背筋が伸びる。この文字が私の体に深く刻まれていく。
胸を張れ。真美さんなら大丈夫や。
真美さんの小説読みたかったなぁ。
そんな言葉が浮かんできた。
「勲さんなぁ」とトメ子さんが、胸を張れ、の文字を見ながら話し出した。
「真美ちゃんのこと気にしとったんよ。私にとっては娘や言うてたのよ。どう見ても孫とおじいちゃんやのにね。真美さんは今何しとるやろか? 真美さんは元気やろか? 私との約束忘れとるんかいなぁ。とかよく言うてたわ。秘密の約束や言うてたわ」
書いたら見せてなぁ、勲先生に耳元で言われた気がした。
勲先生はずっと待ってくれていたんだ。胸を張れってずっと言ってくれていたのに私は……
海に潜ったみたいに視界が歪んでいく。胸を張れ、の文字が歪む。ぽたぽたと紙に染み込む涙。涙で字が滲んでいく。
「あらあら真美ちゃん。大丈夫かい?」とトメ子さんが声をかけてくれる。
「真美、おじいちゃんのために泣いてくれてありがとう」と美咲が言ってくれる。
何で私が泣いてるんだ。
持っている紙を握りしめて、シワだらけになってしまった。
また視界が歪んでいく。声が漏れて、息ができない。
どうして小説を見せなかったんだ。
何で胸を張らなかった。
勲先生はどんな作品でもきっと褒めてくれたはずなのに。
書道教室の時もそうだった。
「私が一番下手っぴや」
「そんなことないわい! 真美さんは自分に厳しいんやな。ええ字書いとるよ? 下手っぴと思うても今は自由に書き! あんたにしか書けん字を自由に書いてみ!」
勲先生がそう言ってくれたことがあった。
下手でも自由に、私にしか書けない。
小説でも言える。下手でも私にしか書けないことがある。
勲先生。先生の物語を胸を張って書いてもいいですか?
私はしわくちゃになった紙を広げ、喪服の袖で涙と鼻水をぬぐった。
「美咲。私書く。勲先生の最後の日を書く」
「本当に?」
「うん。勲先生のために書く」
美咲が私の手を握り、「ありがとう」と言って涙を浮かべていた。
「トメ子さん。勲先生が生きてた最後の日、どう過ごしていたか教えてくれませんか?」




