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終末小説  作者: 七瀬乃


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第3話

 車で移動している途中、近所の庭先に梅の花が咲いていた。夕日に照らされ、色を変えた花。勲先生と一緒に見た時はどんな色だったっけ。


「梅の花……」


「あぁ。坂田さんとこの梅の木やろ? 今年は早く咲いてなぁって言うとったわ」と母が言った。


 梅のシロップ漬けの味が口の中でした気がした。

 書道教室の休憩時間に、「トメ子の特製梅ジュースや! みんな飲みぃ」と勲先生が持ってきてくれた。勲先生だけは普通のお茶を飲んでいたので私は訊いた。

「先生は飲まんの?」

「先生はな、夜梅酒を飲むんじゃ。さぁ今日は梅酒という字をみんなで書くかぁ!」と言って笑っていた。


 葬儀場に着き、車を降りると喪服を着た人達が次々と建物の中に入っていく。

 私達も中に入ると、線香の匂いに包まれた。ここは葬儀場だと主張しているようだった。

 受付を済ませると、お母さんは知り合いと話し込んでいる。私は端のほうに一人で立っていた。私の前には透明な壁があって、違う空間にいるみたいだった。私が透明な壁を作っているんだけれど。

 

「あら中島さんとこの真美ちゃんやないの!」

 実家の近所のお喋りなおばさんだ。この町に住む人は、私の透明な壁を壊して入ってくる。


「ご無沙汰してます」

「真美ちゃん今遠いとこおるんやろ? 一時は大学受験失敗してどうなるかと思ったけんど、今はどうなん? 就職したって聞いたけんど……」

 始まった。これだからこの町にいたくない。

 耳を塞ぎたくなる手を止めて、ギュッとバッグを握った。

 人の失敗なんて気にしなかったら良いのに。心配するふりをして、人のプライバシーを侵害して、面白おかしく大袈裟に話を膨らませて噂話をする。この町中に話が広まって会う人会う人に色々言われる。

 

 きっと大学受験失敗したことは勲先生の耳にも入っていたと思う。でも、勲先生は何も言わなかった。

 言うのはいつも決まって、「小説書いとるんか? 胸張って書けよ」だった。


「真美ちゃん聞いとる?」

 おばさんが首を傾げている。


「あぁすみません。私は今ちゃんと働いて自立していますので、ご心配なく。ではまた」


 私が会場に入ると、ほどなくして通夜が始まった。


 遺影をずっと見ていた。私に笑いかけてくれたあの笑顔。ひょいと現れて、「よぉ久しぶりやなぁ。よぉ帰ってきたなぁ」と言ってくれるんじゃないかと思う。

「私は死んどらん。誰や私が死んだん噂流したんは!」とも言いそうだ。

 通夜の間そんなことばかりを考えていた。


 通夜が終わり、「あんた、勲先生の顔まだ見とらんやろ? 見てきぃ」と母に言われた。


 ゆっくりと柩に近づき、中を覗いた。勲先生が眠っていた。


 勲先生がよく縁側で日に当たりながら昼寝をしていたことを思い出す。

 その時の寝顔と変わらない。今にも起きてきそうだ。

 私は視線を別のところへやった。すぐに離れようとしたけれど、足が動かなかった。


「おじいちゃん起きてきそうでしょ?」

 振り向くと美咲がいた。

 

「美咲……。うん。起きてきそうだね」


「この前は急にごめんね」

 伏し目がちで話す美咲を、私は見つめた。


「いや、こっちこそごめん。あのさ……勲先生の最後の日……」


「あ。真美に渡したい物があるの。明日渡せなかったら嫌だから……。こっちきて」

 

 美咲に腕を引っ張られ、ようやく足が動き出した。ついて行くと、親族控室の前に着いた。


「入って」と美咲が言う。

「いや、さすがに……」

「いいのいいの。おばあちゃんにも会ってあげて」

 美咲がパンプスを脱ぎ、控室に入っていった。

 私も控室に入ると、中にいた人達が一斉に私に視線を向ける。

 私は動きを止め、俯いた。


「真美ちゃんやないの! 久しぶりやなぁ」

 顔を上げると、トメ子さんが微笑んで手招きをしていた。

 私は軽く頭を下げ、トメ子さんの横に座った。


「お久しぶりです」


「来てくれてありがとなぁ。勲さんも喜んどるわ」

 穏やかに微笑んでいるトメ子さんの目尻の皺は、前に会った時よりも深くなっていた。


「勲先生にはお世話になりましたから……」

 

 美咲が何か手に持っている。

「真美、これ」

 そう言って美咲が、私に紙を渡して横に座った。

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