第2話
電車に乗り、最近買った文庫本をバッグから取り出して読み始める。しばらくたって窓の外を眺めると、ビルや建物ばかりの風景から、徐々に緑の風景が多くなってきた。人が次々と降りていき、同じ車両には私を含め二人だけになった。
「まもなく◯◯駅〜〇〇駅〜」
もうすぐ読み終わりそうだったのに。
本をバッグにしまい窓の外を見た。田園風景の中に家がぽつんぽつんと立っている。黄砂の影響か少し霞んで見えた。
電車がゆっくりと停車し、ドアが開いた。電車を降り、息を思いきり吸う。鼻に不純物がなにもまとわりつかない。新鮮な空気が肺に入っていく。
この土地が嫌で出たのに、この空気を吸うと体がここに留まろうとする。
ホーホケキョ。
ウグイスが鳴いた。
改札口を出ると、車に乗っている母が手を振っていた。
助手席に乗り込むと、「あんた、もうちょい早く帰って来れんかったんか?」と言われた。
「あーごめん。ちょっと色々あって……」
家を出る前に、パソコンを持っていくかいかないか迷っていた。
結局私の手元にはパソコンがある。
「はぁーあんたもうこの町の人って感じやないな。標準語になってしもうて」
車が動き出す。変わりない町の中を走る。
「別にいいでしょ? 仕事では標準語のほうがやりやすいの」
「ほぉそうなんか。ここにおる時くらい方言で喋ってもええやろ。あんた全然帰ってこんけ、正月とかお盆とか帰ってきぃ」
昔からあるスーパーを通り過ぎる。よくここでお菓子を買って、それから勲先生の書道教室に行ったっけ。
「それより……。勲先生は何で亡くなったの?」
「おそらく大動脈解離やろう言うてた。突然やったんや。私は前日会って元気な姿見とったけ、本当びっくりしたわ」
町の中心を流れる川が見えた。勲先生と書道教室の生徒で川遊びをしたのを思い出した。
勲先生が、「さぁみんな今日は書道の一貫として、川遊びに行くぞー」と言っていた。
それを聞いた私は、「書道の一貫て、全然関係ないやないの」と言ったっけ。
「関係あるわ! 自然を感じることはええことなんや! あはは」と勲先生は豪快に笑っていた。
そんな豪快な笑いはもう聞けない。
車の窓を開けると、風が私の髪を乱す。
「そんな突然だったんだね。……最後の日はどう過ごしてたって?」
「さぁなぁ。いつも通り、普通に元気に過ごしとったんやない?」
普通に元気に。じゃあまさか死ぬなんて誰も思っていなかった。勲先生自身も。
「そっか……」
「そういえば、あんた喪服ちゃんと持ってきた?」
「うん。持ってきたよ。昨日一式買った」
「良かった良かった。葬式なんてお父さんの時以来やもんなぁ」
「お父さんの葬式なんて覚えてない」
「まぁあんたそん時、四歳やったからなぁ」
写真に写っている父を思い浮かべる。同じ顔の父しか知らない。動いている父を知らない。
父よりも勲先生の色んな表情が思い浮かぶ。
実家に到着し、喪服に着替えて葬儀場へ向かった。




