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監査記録:祈願契約の更新で王国が消える前に/余白を読む文官は聖女の自由を買う  作者: 輝戸


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監査記録003:「ジャックポットの準備をしましょう」

003


 局長室を出た瞬間、会計局の空気が急に騒がしく感じた。

 紙の擦れる音、机を叩くペン先、決裁待ちで腐りかけた臓腑から出るような呻き声。ここは剣の代わりに印鑑で殴る戦場だ。血は出ない。代わりに精神が削れる。


 俺は封緘用の木箱を抱え直した。

 中身はまだ「ただの紙切れ」だ、印が無い。

 でも、余白が“金庫”を示した時点で、紙はもう請求書になってる。

 宛名は勿論俺か神殿の首だ……控えめに言って最悪。


「ユウト」


 背後から局長の声。

 振り向くと、腕組みした局長が立っていた。

 笑うと怖そうな口元が、今日は笑ってない……所謂、仕事の顔というやつだ。


「順序を確認するわよ」

 

「はい」

 

「一、レオンの承認。二、会計局長印。三、発行した瞬間から神殿が動く」

 

「その“動く”が一番嫌なんですけど」

 

「嫌でも動くの。国が止まるよりマシ」


 局長は顎で俺の木箱を示した。

 

「あと、“人”。監査は紙だけじゃできない、分かってるでしょうけどね。紙は道具で、殴る手が要る」


 殴る手……つまり俺。

 喉の奥がきゅっと狭くなる。胃じゃなくて、もう喉が先に拒否してる、人体って賢い。


「グレイを呼ぼうと思ってるんだけど……」


 同意を求める声に頷く。

 

「はい。巻き込みます」

 

「巻き込む前提で言うな」


 俺が視線を投げるより先に、グレイ先輩が最初からこっちを見ていた、嫌な予感の目で。


「やめろ」

 

「まだ何も言ってません」

 

「お前の顔が“やらかす”って言ってる」


 局長が淡々と差し込む。

 

「グレイ。今日からユウトの補助」

 

「嫌だ……」

 

「監査補助。帳簿洗い、名簿洗い、口塞ぎ」

 

「三つ目が一番怖いんですが」

 

「だから適任」


「適任って言うな! クソ! 絶対嫌ですからね!」

 

 先輩が叫びかけて、周囲の視線で音量を落とした。会計局は声を上げると生きづらくなる。

 なぜなら“書類が増える”からだ、声帯の治療費より決裁が怖い職場って何?


 局長が俺に目を戻す。

 

「監査理由は“一文”。命令書に書くのは癒着。奉納金の流れの不透明化。国庫への背任の疑い」

 

「建前はそれで」

 

「そう。本命は《余白註釈》だから書けない。そして書けない理由で殴ると、条文で首を刎ねられる」


 比喩が物騒すぎる。

 でも王城の比喩って、だいたい実話なんだよなぁ。


「だから建前で殴る。殴ってる間に本命を掴む」

 

 局長がニヒルに笑って言う。

 

「もちろん金庫。いいわね2人共」


 俺達は顔を見合せて頷く、そして俺は木箱を抱え直した。汗で手が滑りそうになる、こういう時の汗って最悪の味方だ。


「じゃあ行け」

 

 局長が言う。

 

「殿下の署名、持って戻ってきなさい。ここからは速さが命よ」


 俺は頷き、空き室の鍵を指で確かめた。

 “鍵役”って言われると、勝手に重くなる。

 鍵は軽いのに責任は重たい、目に見えない物ほど重力が働く仕組みだ。


 空き室を覗くと、ミレイアが書類の束を指でつまんでいた。何か面白そうなものでも探しているのだろうが、ここにそんな楽しいものは無い。

 隅でリナが小さく座っていた。

 息がある、まだ生きてる。

 勢力争いや利権で回る王城はそれだけで偉い。


「遅い」

 

 ミレイアがコチラに目も向けずに、心底不快そうに言う。

 

「局長の説教が長いので」

 

「説教って、買う側の都合でしょ? 私には関係ないね、買われる側だし」

 

「その妙に如何わしい言い方やめてくれます? 俺の小さな肝っ玉がキュッとなるんで」

 

「でも国が私を買ったのよね?」

 

「えぇそうですよ、買うのは国で俺じゃない。下級文官を虐めるのもこれくらいにしてください」


「それで、文官。今からどこに行くの?」


「殿下の所です、監査に承認を貰いにね」


 ミレイアは立ち上がり着いてこようとする、俺は無言で首を振って止めた。彼女は心底不思議そうに首を傾げた。

 

「私の話でしょ? 私の知らない所で勝手に決めるなら勝手に破る」

 

「破るって言葉が怖い」

 

「祈りは条文になるもの」

 

 ミレイアは淡々と言う。

 

「条文は現実になる。現実が壊れる……壊れるのは貴方が先か国が先か。どっちがいーい?」


 彼女を連れていかなければ余白の通りに信頼が壊れ、俺が死ぬ。だが連れていけば俺の胃も安全も、ついでに未来も壊れる。

 どの道、最早どっちを選んだって地獄しか待ってない。


「くれぐれも変なことはしないように、いいですね?」

 

「了解よ文官」

 

 ミレイアの笑顔の肯定。

 

「それに神殿の次は私の値段の話でしょ? 私がいないと意味がない、ちなみに監査も着いてくから」


 可愛い笑顔で言ったって最高に厄介。今すぐ中指を立ててやりたい気分だが、中指1本立てる時間も今は惜しい。

 ミレイアが呟いた不穏な監査の件は後回しにして、俺は今からの事についての妥協案を出す。

 

「殿下の区画に入る前で止まってください。目立つと色々起きる。面倒事がね」

 

「目立たないようにすればいい」


 ミレイアが指先で空気をちょん、と撫でた。

リナとミレイアの存在感がふっと薄くなる。背景に溶けたみたいに。

 俺は寒気がした。便利すぎて怖い。


「今の何」

 

「祈り」

 

「祈りが万能すぎません?」

 

「私が祈ると世界はちょっとだけ便利になる。こりゃお買い得だね」

 

 ミレイアは軽く言った。

 

「今なら文官の首で私が着いてきますよ」


 言い返したいが言い返したくない、文官の首で聖女が買えるなら安いもんだしな。


「というかリナも連れていくんですか?」


「こんな地獄に1人じゃ可哀想よ。リナも行きたいわよね?」


「現状が飲み込めなくて怖いので、聖女様とユウト様のお好きにしてください。リナは考えるのを辞めます」


 利口な子だ、そりゃ王城で働けるわけだ。その利口さが今回は仇となったけどね。

 ため息混じりに二人を先導する形で王太子の執務区画を目指す。途中、衛兵が木箱を見て顔色を変える。

 

 それから数分と立たない内に仰々しい扉が開き、殿下が出てきた。疲労困憊の青白い顔。

 国を背負い、めちゃくちゃな聖女と変な文官に苦しめられる苦労人が出てきた。


「ユウト。来たか」

 

「はい。これを」

 

 木箱を差し出す。

 王太子が封を確かめ、命令書を取り出して文面を追う。


「……癒着か」

 

「はい」

 

「神殿だけじゃなく貴族連中も黙ってないぞ」

 

「黙らせるための制度です」

 

「言うな。胸がざわつく」


 王太子が一瞬、姿を隠しているはずのミレイアとリナを見る。それから苦々しい顔をした。

 

「聖女殿まで来る必要は無いだろう、しかも侍女を連れて。何かしらの魔法を使っているのだろうが、宮廷魔術師に見つかれば拘束されかねんぞ」

 

「あら、流石ね」

 

 ミレイアが心底意外そうな顔をして空気を叩くと、彼女達の存在感が増した。

 

「それに来る必要はあるでしょ? 私が買われる条件を、私抜きで決めるなら。私は破る」

 

「……破るの定義が怖いな」

 

「国が壊れるだけよ」

 

「それが一番怖い」


 王太子が深く息を吐き、命令書の欄を指で叩く。

 

「監査理由の癒着はいいとして、本命は条文か?」

 

「はい……いいえ」

 

「どっちだ」

 

 刺すような視線が俺に来る。


「余白註釈がまたもや悪さしまして」


 そこから先は言えない。言ったらこの場が“紙”じゃなくなる。俺は口の中で一度だけ苦いものを噛んで、答えを捻った。

 壁に耳あり障子に目あり……王城の中では誰が聞いているのか分からない。隣に控えている王太子の側近だって、俺からしたら信用出来ない。


「余白に従えば、とりあえずは何とかなります」

 

 王太子の目が細くなる。


「《余白註釈》か……分かった。私の名で通す」


 ペンが走り、署名が入る。

 その瞬間、俺の木箱の隅に挟まっていた“別の紙片”が熱を持った。

 ここまで一日に何度も《余白註釈》が起動するなんて今までになかった……熱が引き滲む文字。


〖追記〗

王太子の署名が入った瞬間、神殿は“聖女返還”を要求する。

先に鍵を二重にせよ。


 やっぱり、そう来るよな。

 最速の反撃は監査への反論じゃない……聖女回収。監査の芽を摘む。


「ユウト」

 

 王太子が低く言う。

 

「余白です。鍵を二重にせよと」


「二重か……どうする?」

 

「名目は王家保護下。実務は会計局責任。書類は二系統。どちらか欠けたら動けない形にします、スペアの鍵は殿下に」

 

「勝手に破られれば俺への背信になると? 流石、汚いな」

 

「会計局の仕事です」

 

「褒めていない」

 

「知ってます」


 王太子は木箱を閉じ、俺に返した。

 

「急げ、ユウト……必ず生きて戻れ」

 

「お約束はっっ痛ったァ!」


 立ち上がった殿下に背中を張り倒され、言葉の途中で叫びがでた。


「約束しろ、ユウト。俺が王になった暁にはお前のような忠臣がいる、こんな所で失いたくない」


「はいぃ……必ず生きて戻りますぅ」

 

 なっさけない声で断言した、言わされるとこうなる。

 そして殿下が王になった暁には王城からトンズラしようと心に固く誓った。これ以上、役職と給金が上がれば本当に死にかねない。

 


 とぼとぼと二人を連れて会計局に戻ると、すでに“来客”がいた。

 白い法衣の女神官。髪はきっちりまとめられ、微笑は柔らかいのに、目が笑ってない。

 怒鳴るタイプじゃない、静かに刺すタイプ。気がついた時には殺されてる、そんなタチの悪いタイプだ。


「会計局長殿」

 

 女神官が丁寧に一礼した。

 

「神殿より確認に参りました。聖女様がこちらに滞在されていると伺いまして」


 局長は椅子に座ったまま、指を組む。

 

「伺った? どこから」

 

「噂は風のように」

 

「風に税をかけたくなる言い方ねぇ」


 女神官は口元だけで笑う。

 視線が、俺の木箱に落ちた、ほんの一瞬。

 なのに、見られたのが分かる。


「差し入れを」

 

 彼女は俺から目を逸らし小瓶を机に置いた。

 

「聖水です。聖女様の心身に良い、慣れない土地でしょうからね」


 背後の気配を消しているミレイアがしかめっ面をした、どうやらクソ不味いらしいなあの水。


「預かるわ」

 

 局長が机の端に遠ざけながら即答する。

 

「こちらで管理する」

 

「聖女様ご本人に」

 

「こちらで管理する」

 

 局長の声が一段低い。

 臨戦態勢を取るような、覇気のある声だった。

 

「何か、問題でも?」


 女神官は穏やかに首を振った。

 

「いえいえ。会計局長殿が管理されるなら安心です、なんたって貴女様は元騎士団団長、引退されても城内で貴女に勝てるものはいません、世界で一番安全でしょう」

 

 皮肉、それから嫌味、気分の悪い営業スマイルを局長に振りまいて、そして俺を見る。

 

「ユウト殿。聖女様の“鍵”をお持ちだとか」


 もう“鍵”の話が神殿に届いてる、情報が早い。

 先輩、口塞ぎ間に合ってない。いや、間に合う速度じゃない……やはり内部にネズミが居る。


「鍵というか、管理責任者です」

 

「責任は重いもの」

 

 女神官は柔らかく言う。

 

「落としたら、首が飛びますから」


 その言葉に局長が笑った。

 珍しく目まで笑ってる、怖い。

 

「会計局の首は、落とす前に税で縛るのよ。落とす訳にはいかないから」

 

「……素晴らしい」

 

 女神官が一礼し、去り際に言った。

 

「神殿は働き者がお好きです。どうか、お身体を大切に」


 扉が閉まる。

 残ったのは、聖水と、重い空気と、嫌な確信だけ。


「気づかれてましたね」


「ミレイア様、もうお姿を表しても大丈夫ですよ」


 局長の声にバツの悪そうな顔でミレイアとリナが姿を現す。


「どうなってんのここ、なんで私の祈りが通じない訳?」


「レオンには当然気づかれるでしょうね……魔法は便利な物ですが万能ではありません。ミレイア様もゆめゆめお忘れなきように」


 局長は立ち上がりミレイアに手を差し出した。


「ユウトの上司、そしてこの局の長をしているヴィオラ・グランツと申します。お会いできて光栄です、聖女ミレイア様」


「ミレイアでいいわ、聖女様とは呼ばないで。長い付き合いになるって言うと文官に拒絶されたから、短い間だけどお世話になるわ」


「どうぞ薄汚い所ですがゆっくりと滞在されてください、そしてそこのユウトは好きにお使い頂いて構いません」


「あら、いい人ねヴィオラさん」


 今の会話で良い人判定を受けるのか? 俺の尊厳とか丸無視だったんですが。

 文句は噛み砕いて飲み下し、俺は局長に目を向けた。


「神殿にはミレイア様の存在に勘づかれてますよね」


 俺に投げた視線はどこか不自然だった、となると彼女も局長や殿下のように何らかの方法で彼女の魔法を見破ったのだろう。


「でしょうね、でも問題は無いわ。レオンと私の名前があれば暫くは手出できない、手出すれば……」


 そこから先は言わなくても分かるわよね? と言いたげな顔だった。俺は両手を上げて降参のポーズ、話を続けることにしよう。

 だが、ミレイアはまだまだ話を本筋に戻すつもりは無いらしい。


「私の祈りを魔法って呼ばないで」


「あれですか? 宗教的な教えですか?」


「違う。魔法って呼ばれると何だか安っぽくなるし、それに厳密には魔法に似てるけど違うから」


 確かどこかで聞いたな、魔法と聖女の祈りは似ているけど根本が違うとか何とか……まぁ、下級文官には必要ない話なので知らないままでいい。

 剣と魔法が使えない俺は、相も変わらずペンと紙で戦うしかないのだから。

 咳払いを一つして、俺は局長に木箱を渡す。

 局長が木箱を受け取り、印章箱を開いた。

 

「押すわよ」

 

 ゴン、と印が落ちる音。

 剣より重い……紙のくせに。


 その瞬間、余白がまた滲んだ。

 今度は“命令書そのもの”じゃない。

 封緘に使った控え紙の端、誰も見ない場所。

 そこに遠慮なく書いてくる。


〖警告〗

金庫へ至る道は二つ。

正面から行けば“儀礼”に殺される。

裏から行けば“沈黙”に殺される。


 素直に書いてくれねぇもんかな、こういう謎謎みたいなの苦手なんだよ。

 だが、何となく理解できる……儀礼と沈黙、そして結末は同じく死。神様め、俺の事が嫌いなのか?

 

 不自然な部分に視線を向ける俺に、局長が気がついたのか静かに言う。

 

「読んだわね」

 

「……読みました」

 

「なんて?」


「正面から行けば“儀礼”に殺される。裏から行けば“沈黙”に殺される。らしいですよ」


「どう出る?」

 

「まだ決めあぐねてます」

 

 俺は木箱を抱え直した。

 

「沈黙の味方がいるなら、裏は危険。儀礼で時間を奪われるなら、正面も危険。——だから、殴る準備をします」


 幸い、後はこの紙を提出すれば2、3日は猶予ができる。

 その間にゆっくりと準備を整え、頭を使って考える。

 紙とペンで相手の喉元に食らいつく、弱者の反撃の方法を。


「ねぇ、始まった?」

 

「始まりました」


「じゃあ賭けの時間ね」

 

「賭けって言わないでください」

 

「言うわ。 それに、私が賭けるのは国じゃない、貴方よ文官」


 その言葉が、妙に重かった。

 買われた聖女、鍵を握る文官……沈黙する味方、儀礼か沈黙か。


 俺は命令書を抱え直した。

 彼女が俺に賭けるというなら、せめて賭けの土俵くらいには登ってやるのが男の子だろう。

 自分でも分かるくらい、似合わない獰猛な笑みを浮かべながら口を開く。


「ジャックポットのお時間ですよ、聖女様」


 さぁ、地獄の監査まで時間が少ない。

 ジャックポットをたたき出す為の、準備を始めよう。

 

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