表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監査記録:祈願契約の更新で王国が消える前に/余白を読む文官は聖女の自由を買う  作者: 輝戸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/7

監査記録:002 「監査って言うと皆黙るのね」


 取引成立、の一言で終わるほど、王城は優しくない。


 控えの間に張り付いていた空気が、一度だけ「理解不能」の顔をしたあと——次の瞬間には怒号と殺意の視線に変わった。

 神官が口を開き、侍女が笑顔を整え、王太子が大きく息を吸った。


 あ、これ殿下が“王族の声”を出す前の呼吸だ。

 俺がこの城で生き延びてきた上で学んだ、数少ない経験則のひとつ。


「本日はここまでだ」


 王太子レオンは、部屋の温度を一段落とす声で言った。

 さっきまでの営業スマイルを、紙屑みたいに捨てる声。


「ミレイア殿も来たばかりで疲弊している。神殿の方々は祈願室で待機を。侍女も下がれ……ユウト、お前は残れ」


「殿下! それは——」


 神官の反論は、最後まで形にならなかった。

 王太子が視線だけで黙らせたからだ。


 殿下の目は優しい、普段は。

 でも今の目は「国」の目だった。

 国ってやつは、綺麗事より先に牙が出る。


「“聖女の安全”は王国の責務だ。神殿の権威も理解するし、必ず尊重する。だからこそ、今は出ろ」


 言い換えじゃない、今度のは命令。

 神官たちは歯ぎしりしながら退室していく、侍女も一礼して下がった。


 扉が閉じた瞬間、やっと酸素が戻った気がして、肺の奥底から安堵のため息が溢れた。

 胃は相変わらず死んでるけど。


 残ったのは王太子と俺とミレイア。

 そして色々な緊張やら恐怖やらで動けなくなり、隅っこで縮こまっている、小さな見習い給仕のリナ。

 ミレイアがリナをちらりと見て、何でもないみたいに言った。


「さっきの子、ここに置いていい?」

 

「置く?」

 

「いや、可愛いから手元に欲しいなって。ダメ?」

 

「怒る元気がないです」

 

「じゃあ決まり。あなた、こっち来なさい。黙って立ってると余計に怒られるわよ」


 リナが涙目で近づいてくる。

 ミレイアはその手を取って、指先を一度撫でた。

 短い所作……なのに、部屋の冷たさがほんの少しだけ緩む。

 王太子が咳払いをして、俺を見た。


「ユウト。これからする話を、神殿に聞かせるわけにはいかないのは分かるな」

 

「分かります。俺も今すぐ死にたくないので」


 ミレイアが椅子にもたれて言う。


「で、文官。あなたの“手続き”ってやつ、いつ始まるの?」

 

「今からです」

 

「おぉ、意外と仕事が早いのね」

 

「遅いと国が終わるので」


 王太子が眉間を押さえた。


「お前の能力、確かに役に立つ。だがやり方を間違えれば神殿を敵に回す……というかもう若干回してる」

 

「もう敵に回す前提で動いた方が楽です」


 乾いた笑みが溢れると、再び王太子は眉間を解すように指を当てて溜息を吐いた。

 

「楽に言ってくれるな……お前が心配だよ」

 

「ま、文官程度なら最悪替えがききます。王太子や聖女とは違うんで」


 俺が呟くと、ミレイアが楽しそうに笑う。

 俺の胃がまた痛む。

 こいつ、俺のメンタルを娯楽にして楽しんでるな?


「まず、聖女……ミレイア殿の“自由”を確保します」

 

 俺は言った。

 

「神殿の保護下に置いたままだと、手続き以前に勝手に更新の署名だけさせられます……その場合」


 国は終わる、きっちり30日後に。

 

「それは避けたい」


 王太子が即答する。

 

「でしょうね。なので一時的に“王室保護下”に移します。名目は体調不良でも疲労でも何でも。王族の言い換えは万能です」


「褒めているのか、それは」

 

「褒めてません。便利って言ってるだけです」


 ミレイアが首を傾げた。


「王家保護下って、つまり監視?」

 

「監視じゃないです。鍵です」

 

「鍵?」

 

「あなたの部屋の鍵を、俺が持つ。出入りも、接触も、記録も“俺の責任”にする。責任があると、他人が手を出しにくい」


 王太子が苦い顔で頷く。


「……政治だな」

 

「会計局の仕事です」

 

「政治の中で一番汚い種類の」

 

「紙が汚いのは昔からです」


 ミレイアは俺を値札みたいな目で見たあと、あっさり言った。それこそ、ランチに何を食べるのか決めるくらいの気軽さで。


「いいわ。あなたが鍵」

 

「軽っ」

 

「軽く決めないと、あなたが潰れるでしょ」

 

「……優しいんだか何なんだか」

 

「取引相手には優しくするの。潰れたら困るもの」


 そういうことを平然と言うから怖い。

 でも……怖いだけじゃないのも、さっきのリナで分かってしまった。

 最悪だ、分かりたくないのに分かる。

 俺達の会話に浅い溜息を繰り出しながら、王太子が立ち上がる。


「ユウト、神殿相手にどう立回るつもりだ? 俺の命令で出した王室保護下も、情けない話効力があるのは一時的だ」


 国としては如何なものかとも思うが、王室の権限と神殿の権限はほぼほぼ同列と言ってもいい。

 信仰とはそれほどに重い、国を維持する背骨の1つなのだから。


 神殿の司祭が持つ権限は、祈願契約や聖女周りとなれば、王太子をも上回る。

それこそ、王命でも引っ張り出さない限りは、確実に王太子の権限では負ける。


「考えはあります、殿下の名前を使わせて頂くことにはなりますが」


「……猛烈に嫌な予感がする、何をする気だ?」


「監査を入れます」


 俺がその言葉を発すると、王太子がフリーズし、リナの肩が震えた。その様子を見て呑気な聖女様は笑いながら呟く。


「監査って言うと皆黙るのね」


「笑い事ではないですよミレイア殿……ユウト、お前は本気で神殿を敵に回すつもりか?」


「言ったでしょ、そっちの方が楽な時もあります」


 王太子は虚空を見つめて何かをブツブツ呟くと、真剣な眼差しで俺を見る。


「勝算はあるのか?」


「無いなら言わないですよこんなこと……ま、負けても俺の首が飛ぶだけです」


 それこそ文字通りの意味で。


「それに以前から局長が神殿を睨んでいました、全くの無策ではないですよ。最近の貴族連中が何かと怪しいので」


「ふむ、貴族連中と神殿の一部の神官達の癒着は我々も問題視していた。まぁ一応の理由付けにはなるが」


 王太子はミレイアに視線を投げる。


「このタイミングだ、神殿も黙っていないだろう」


「決定的証拠が出てくれば万々歳ですが、出てこなくても大丈夫です。監査となれば神殿の動きは確実に止まる、その間に殿下は王への口添えを」


「神殿の動きを鈍らせている間に王命を出せと? まったく、無茶ばかり言う文官だ」


「拾ったのは殿下でしょう?」


「ちと私の手には余る拾い物だったかもな……」


 懐かしむような声を出し、殿下は幼い顔をして笑う。それから咳払いを一つしてミレイア達を立つように促した。

 

「会計局へ向かう。私が同行できるのは途中までだ。ユウト、失敗するな」

 

「成功させます」

 

「断言するな……全く、奴にお前を預けたのは失敗だったか?」

 

「局長には世話になってますよ、ですが……多分失敗です」


 廊下に出ると、王城の顔が変わった。

 絵画が減り、掲示板が増え、決裁ルート表が増え、空気が現実になる。

 王城の上の方は夢を売る場所で、会計局は悪夢を数える場所だ。


「匂いが変わった」


 ミレイアが言う。

 

「紙とインクと……諦め?」

 

「紙の匂いです」

 

「都合が悪いと全部“紙”って言うのね」

 

「この国の重要なもの、だいたい紙です」

 

「聖女も?」

 

「それは、できれば紙にしたくないですね」


 ミレイアが一瞬だけ、目を細めた。

 笑ったのか、測ったのか、判別がつかない。

 会計局の扉を開けた瞬間、俺たちは“現場”に突っ込んだ。


「ユウトォ! 五体満足じゃねぇか!」

 

 グレイ先輩が机から上半身だけ生やして叫んできた。

 

「俺ァてっきり後輩が死んじまっ……」


 先輩の声が途中で固まる。

 視線の先、ミレイアと横にリナ。そして俺。

 仕事の虫だった周りの職員達も、グレイの声に顔を上げてこちらを見ている。空気が一斉に「理解不能」の顔をした。


「……何を拾ってきた」

 

「聖女です」

 

「拾うな」

 

「拾ってません。国の存亡の為に買ってきました」

 

「余計わかんねぇよ!」


 ミレイアがひらっと手を振った。

 

「こんにちは。あなたが“先輩”?」

 

「……はい?」

 

「この人、あなたのこと便利って言ってた」

 

「言うなぁ!」


 俺は最短で動く。

 空き室を開け、ミレイアとリナを入れて、鍵を回す。キッチリ二回。

 この二回転が、今日の俺の寿命を削る音だ。


「ここが私の部屋?」

 

「“仮”です」

 

「金色の椅子とか無いの?」

 

「金色は神殿でどうぞ」

 

「嫌よ」

 

「でしょうね」


 リナが部屋の隅の書類山を見て震えた。

 ミレイアは平然としていた。興味が無いのか、それとも知っているのか、どちらにせよ平然としているのが怖い。


「ねぇ文官。紙ってどこから増えるの?」

 

「地獄からです」

 

「納得した」


 俺は扉を閉め、額を壁に軽く当てた。

 よし……今だけ……今だけ現実逃避。


 ——次、局長。


 局長室の扉は薄いのに重い。

 権力ってだいたい扉に宿る、俺はノックして入った。


「失礼します」


「ユウト?」

 

 局長が顔を上げた。

 きっちりまとめた髪、冷静な目、仕事ができる雰囲気で、そして何より“笑うと怖そう”な口元。

 如何にもバリキャリだ。彼女こそがこの王城の最前線をペンと紙で支えている。


「顔が死んでるわね。何があったの」

 

「聖女が会計局にいます」

 

「……は?」

 

「王太子殿下の命で、“王家保護下”の仮滞在です」

 

「……は?」


 局長でも“は?”って言うんだな、人間らしい。

 いや、人間らしくないとこの仕事は続かないか。


 俺は言葉を選んで、短く落とした。


「そして、臨時監査を行います」

 

 局長の目が細くなる。

 それは怒りとも取れるが、付き合いの長い俺は理解できた。心底、楽しんでいる目だ。

 

「どこに」

 

「神殿に」


 言った瞬間、俺の腕の中の紙がじわりと熱を持った。

 余白が滲む……最悪なタイミングで、相変わらず空気を読まない。


〖追記〗

監査理由は“一文”で刺せ。

長く書くほど付け入られる。


 局長が机の上のペンを指で転がす。

 

「監査理由は?」


「神官達と貴族の癒着です」


「建前だろう? 本当の所は?」

 

「祈願契約更新案に、国家滅亡級のリスクが記載されているためです」


「《余白註釈》か」


「えぇ、そうです。殿下……レオン様の協力は取り付けました、この監査の責任者は俺がやります」


「なぜこのタイミングで?」


「とりあえず書類を準備して提出したら話しますよ、腰を据えて」


「私の名前を使わない理由は? 神殿相手の監査なら、局長の権威があった方がいいのでは?」


「純粋に、あの場に居たのは俺だからです。神官達も俺への敵対心凄かったですし。何かあった時、局全体が敵視されるのを防げます」


「まったく良い部下を持ったな、私も」


 皮肉たっぷりの局長が、引き出しから分厚い印章箱を出した。

 箱の蓋が開く音が、やけに重い。


「監査印は会計局長権限だ、貸す。というかレオンが噛んでるなら出さないのは無理」

 

「いいんですか」

 

「良くないわよ……まぁでも国が消えるよりマシね、切羽詰まってる時のユウトは本気だから」


 俺は頷いて、命令書の下書きを引き寄せる。

 ここから先は、紙で殴り合う世界だ。俺の得意分野。

 得意分野がこれって終わってるけど。


 署名欄の位置を決め、監査理由を建前の一文で刺し、宛先を整えた、その瞬間。


 余白が、最後の一行だけ滲んだ。


〖警告〗

最初の監査対象は“祈願契約”ではない。

神殿の金庫だ。


 やっぱりか俺は笑いそうになって、笑えなかった。

 神様のお墨付き、やっぱり紙でぶん殴れとの神命らしい。


 この国は祈りで回っている。

 そして祈りを回すために必要なのは——結局、金だ。


 局長が俺の顔を見て、薄く笑った。


「ユウト。面白い地獄を拾ってきたわね」

 

「拾ってませんよ……買ってきたんです、聖女をね」

 

「ふふ。返品不可よそれ、首と一緒に大事になさい」

 

「……最悪の励ましですね」

 

「最高の現実よ」


 俺は命令書を抱え直した。

 鍵も持ってる、聖女もいる、監査印もある。

 そして、単なる足止めじゃなく、本気の殴り合いのゴングも鳴る。


 あとは地獄の扉を、俺の手で開けるだけだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ