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ボッチ先輩とレースゲーム②

 0が表示された瞬間に、私の操作するお姫様はすごい勢いで出発する。


「よしっ、完璧!」


 我ながら完璧なスタートダッシュに、快哉を上げる。


「おいマジかよ!?」


 横では先輩が驚いた声を上げている。


「あれー?ひょっとして先輩スタートダッシュミスりました?」

「お前……わざと言わなかったな?」


そう、このゲームはアーケードに移植されるにあたって、何点か変更されている点がある。その最たる例がスタートダッシュのタイミング。

何も知らない(教えてない)先輩はものの見事に爆発していた。


「聞かれなかったので答えなかっただけですけど~?」

「ちくしょう……」

「ふふん、勝負の世界は厳しいんですよ。情報戦だって立派な戦い方の一つです」

「くそっ、言うじゃねえか……」」


 悔しがる先輩の声を聴きながらほくそ笑む。スタートダッシュを完璧に決めた私にNPCが追いつけるわけがなく、ミニマップを見ると独走状態。


「この距離を詰めるのは中々厳しいか……」

「早めに降参してもいいですよ?罰ゲームも軽くしてあげます」


 目の前には誰もおらず、沿道のキャラクター達も私の華麗なドラテクに沸いている。多少卑怯な手を使ったとしても、勝てばよかろうなのだ!


「とでも言うと思ったか?」

「!?」


 その瞬間、ミニマップの中で、NPCの群れをかき分けて一匹のゴリラが猛然と私を追いかけて来る。

 気づいたらスタートで作った差なんてまるでなかったかのように、ピッタリ後ろについてきていた。差が縮まるという事は、つまり……


「な、何で私よりうまいんですか……!」


 実は、私がこのゲームを選んだのには訳がある。このゲームにはめちゃくちゃ自信があったのだ。家にほとんど全シリーズあるし、タイムアタックする位にはやり込んだ。なのに……


 「先輩がゲームが上手いのは知ってるけど、ここまでとは……」


先輩は煽るように、私の後ろをぴったりと付いてきている。一緒にプレイする友達がいるタイプのゲームだし、大してプレイしてないと思って油断した……まさか、ネット対戦でやりこんでるとか?


「悪いな逢坂、俺もさっき隠してたことがあったわ」

「な、何ですか!」


 必死の思いで投げた妨害アイテムの甲羅も、華麗に避けられてしまった。なら、今度はインコースで……。


しかし、先輩はふっと鼻で笑った。


「俺、妹に付き合わされて散々このゲームやってるんだわ」

「う、嘘ぉ……」


 ギリギリまでインコースを攻める私をあざ笑うように、先輩は芝の上を跳ねるように走りあっさりと抜き去っていった。

 およそ野生の獣とは思えない繊細なハンドリングで、あっという間に先輩の姿は見えなくなった。


「残念だったな逢坂、俺にマリカで挑もうなど100年早いわ!」

「ぐぬぬ……!」


 悪人みたいな笑い方を上げる先輩と歯ぎしりする私。後ろを人が通ったらドン引きだろう。



 そうしてレースは終盤。私は依然として差を詰められず、先輩の独走状態が続いていた。もはや純粋な走力では私に勝ち目はなかった。


「ぬおー!もうここのアイテムに掛けるしか……」

「無駄無駄、2位じゃ大したものも出ないよ」

「分かんないですよ!ほら、何かすごいのカモン!」


 祈りは空しく、画面に表示されるのはコインとバナナ。これじゃあ先輩は抜かせない。


「マジかぁ……」

「勝負は決まったみたいだな?逢坂、大人しく負けを認めたらどうだ」


 悪役みたいなトーンで話す先輩。よくハンドル握ったら性格が変わるなんて言うけど、先輩はゲーム機握ったら性格が変わるタイプのようだ。


……何か嫌だな。


 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。この勝負には今ゲームの勝ち負け以上のものが掛かっている。だが、先輩はもうゴール目前、何か、何か逆転の一手はないのか……


 その瞬間、青いものが私の横を高速で通過していった。


「うげっ」


 その瞬間、先輩は露骨にいやそうな声を上げる。私もミニマップでその存在を確認する。


「青甲羅だ!!!!」


 それは最強の逆転アイテム。自分の順位を上げるためではなく一位を蹴落とすためだけに存在しているアイテム。


 今まで何度となく辛酸をなめさせられてきた存在だが、今日に限っては羽も相まって天使に見えた。


「ふふっ、どうやら勝利の女神は私に微笑んだようですねぇ!」

「くそっ、もう少しでゴールだって言うのに……!このまま突っ切るか!?」

「そこじゃあ間に合いませんよーだ」


 お互いテンションが上がってきて、段々口調が乱暴になってくる。爆発が起きた瞬間、先輩は切り替えるようにふうと息を吐いた。


「くそっ、意外と硬直長いな……」

「残念でした!ついに見つけましたよ先輩!」


 流石の先輩と言えども足止めは痛かったようで、あんなに遠かったゴリラの背中をやっと捉えた。しかし、先輩はがいるのはゴールの直前。復帰して数秒もあればゴールしてしまう。


 もうここまで来たらあとは突っ走るだけだ。アクセル下手踏みで突っ走る。


「よっしゃぁ、行けーっ!」


 お姫様が、ついにゴリラの背中を捉えて……そして、置き去りにしていった。



 私の画面に、大きくGOALの文字が映し出される。右下には……金色に輝く1stの文字。


「やっ、たぁー!」


 勝った!先輩に勝てた!あの先輩から、白星だ……!ハンドルを両手で握ったまま勝利の余韻に浸っていると、後ろからぱちぱちと拍手が聞こえてくる。


 振り返ると、ちょっとしたギャラリーが出来ていた。マズイ、ちょっと騒ぎすぎちゃったかな……。先輩の方を窺うが、放心状態でなにも言葉を発しない。


 後ろを向いて先輩の代わりにぺこぺこと頭を下げる。しかし、突然ギャラリーたちは急に気まずそうな顔をしたかと思うと、そそくさと去ってしまった。不思議に思って、私も画面に向き直る。


「!?!?……ちょっと先輩!」

「どうした逢坂」

「そ、その、画面!画面切り替えてください!」

「あ?なんだよ急に画面画面って……」


 先輩はやっと放心状態から戻り、画面を見つめる。そこには……、


『今回使った写真を保存する?』


 一人用のアイコン撮影でツーショットをするバカップルが映っていた。


 ……はい、私達です。後ろを通りがかる人たちがひそひそと噂をしているのが聞こえる。


「~っ!!!!」


 半分自分で蒔いた種とはいえ、体温が一気に上がるのが分かる。こうしちゃいられない。呆けている先輩の台の操作も終え、先輩を椅子から下ろして、ダッシュで退店した。


 ♢


「ふう、焦った……」


 まだ春だと言うのに、随分と暑く感じた。


「逢坂」

「は、はい?」

「負けたよ。完敗だ」


 先輩は私に向かって微笑みかけて、清々しい顔をしていた。


「なんか……意外です」

「意外?」

「いや、先輩もっと悔しがると思ってたんですけど、なんかスッキリした感じなので」


先輩は大きくため息をついた。


「そりゃ悔しいよ、逢坂にゲームで負けるとは思ってなかったし」

「おい、それは普通に失礼じゃないですか?」

「でも……」


 先輩はどこか遠くを見つめた。


「全力だしてお前に負けるなら、それはそれでありかなって」

「ふーん、そうですか」


 それは……つまり、私の事を少しは普通以上に考えてるという事なんだろうか。まあ、常識的に考えて先輩の事だし、あり得ないか。


 というかそもそも私は、先輩に普通以上に思ってほしいのだろうか。


 ……このゲーマーの、ぼっち先輩に?


「いや、無いな」

「どうかしたか?」


怪訝そうな顔をする先輩に、努めて平然としたトーンで返事をする。


「いーえ、こっちの話です!」

「なんだよニヤニヤしやがって……」


 努めて明るく返事をするが、先輩は怪訝そうな顔をしている。


「それで、結局どうする?」

「何がですか?」

「だから罰ゲームだよ、なんでもいう事聞くんだろ?」

「あっ、そういえばそうでしたね」


 勝負は白熱したし、勝負が終わってからも色々あったせいで忘れていた。


「そっか~、先輩が何でも言う事聞いてくれるのかぁ~?」

「いいよ、男に二言は無い」


 先輩は一切ビビる様子はない。負けは負けと割り切っているのか、それとも私がナメられてるのか……、多分後者。


……なんかそう考えるとムカついてきたな。


「はい、決めました」

「いいぞ、俺の小遣いの範囲だったら何でも買ってやる」

「じゃあ先輩、今度私とデートしてください」

「おう、任せろ……って、はぁ!?」


 口を開けて、唖然とする先輩。


「今、言質取りましたからね?」

「いや、お前デートって……」

「時期は追々伝えます、大丈夫ですね?」

「おいちょっと話を」

「じゃあ、私はこれで失礼しまーす」


 私は出来る限り最高の笑顔を先輩に見せて踵を返して歩き出す。

 驚いた先輩の顔が見れただけでも、今日の価値はある気がした。絶対言わないけど。


 帰る足取りはびっくりするほど軽かった。


 そう言えば、先輩妹さんと一緒にマリカーやったって言ってたよな……兄妹揃ってゲーマー何だろうか。


 ……ん?久我?


 いやいや、そんなわけないか。《《あの子》》と先輩じゃ雰囲気全然違うし、まさかね。


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