ボッチ先輩とレースゲーム①
逢坂妃花は優等生だ。
自分でそんなこと言うなとか、自慢かよとか言われるかもしれないけど、学校の人に聞いたら10人が10人納得すると思う。
東に挨拶をしてくる同級生がいれば笑って返事をし、西に困っている先生がいれば手助けをする。そういう人に、私はなっている。
お陰様で生徒、教師共に私の評判はうなぎのぼりで、「学園のアイドル」なんて呼ばれるようにもなった。その呼び名が嬉しいか嬉しくないかは別として、優等生として皆の信頼を勝ち取るのは気持ちがよかった。
だが、流石の私としても、どうしても優等生であることに疲れてしまう時がある。優等生も楽じゃないってやつだ。
だから私はたまに……いやちょくちょく?……結構な頻度で一人でストレス発散をすることがあった。誰も知らない、私の私による、私のための秘密の時間。
だが、最近その時間に変化が起きた。私はとある人と一緒に遊ぶようになった。お相手は学校の先輩。
その人は、ずっとゲームばっかりしているらしい。高校生のくせに人との交流を絶って、友達なんか絶対作らないって宣言してる、私とは正反対の人。
正直先輩の生き方は理解不能だ。短い高校生活をもっと有意義に使えばいいのになんて思うけど、それを言っても適当に言いくるめられてしまう。そのくせ人生がすこぶる楽しそうな……本当に不思議な人だ。
だが、もっと不思議なことが一つある。
どうやら私はあの人——久我新先輩の事を、すごく気に入ってしまっているらしいのだ。
♢
「って言う事が、今日あったんですよ!」
「ほーん、中々大変そうだな」
学校から離れたゲームセンターで、私たちは休憩がてら店内のベンチに座っていた。
先輩に話しかけているというのに、彼はスマホに目を向けたまま曖昧な返事。
「ちょっと先輩、話聞いてました?」
「おん。聞いてた聞いてた」
「じゃあ私が何の話してたかちゃんと言えますか?」
先輩はスマホから目を離して、少し考えるようなそぶりを見せる。
「あれだろ?前の席の人がプリント回してくれなかったんだろ?」
「違います!先生の荷物運びさせられた話です!」
「ああ、そうだったそうだった」
先輩はポンと手を叩く。
「そこで考える時点で語るに落ちてると思いますけど……あと先輩のぼっちエピソードは聞いてません」
「お前、なぜそれを知っている……!」
「言われなくても何となくわかりますー」
やっぱり微塵も聞いてなかった。まあ、そうだろうなとは思っていたけど……
「で、私の話を聞かずにスマホで何見てるんですか……?」
「あ、ちょっと覗くなよ」
先輩がスマホを隠すその一瞬で、画面を盗み見ることに成功した。はぁ、全くこの人は……。
「先輩、休憩時間くらいニンギャラの動画見るのやめません?」
「何見ようと俺の勝手だろ」
「そんなことされたら余計私勝てなくなっちゃいますよ~」
先輩は真剣な表情でこちらに視線を向け、左右に首を振った。
「いや、何戦か危ない試合はあった。3戦目とか結構ヤバかった」
「それ、私喜んでいい奴ですか……?」
「いいだろ、上達してるんだし」
そう言って、先輩は再びスマホの画面に目を向ける。相も変わらずの先輩っぷりだ……。まあ、私も褒められて悪い気はしないけど。
「でも、折角ゲーセン来たのに、何もしないなんてつまんないですよー」
「はいはい、もう少ししたら遊んでやるから」
「私は今遊びたいんですよ!ちょっとは後輩の事も考えたらどうですー!」
ぶーたれても、集中した先輩は構ってくれない。まあ、私から誘ったわけだし文句は言えないんだけど……
「あ」
その時、私の目にとある筐体が目に入った。私は先輩の肩を勢いよく叩く。
「なんだよ痛いな……」
「先輩!あれやりましょうよ!あれ!」
「あれ……?」
先輩は私の指さす方向を見て……
「ええ……」
露骨にいやそうな顔をした。だが、私もここで引き下がるわけには行かない。
「何でですか、絶対楽しいですよ!『マリコカート』!!」
「いや、それわざわざゲーセンでやる必要ないだろ……」
私が指差したのは、家庭用ゲームで大人気なレースゲーム……の、アーケード版。運転席風に作られた椅子の前面には巨大なモニターが付いている。
まあ、先輩の言わんとすることは分かる。これは本家本元が世界中で大ヒットしている。今更ゲーセンでやってもな……みたいな気持ちになるのは分かる。
「まあまあいいじゃないですか、どうせ一緒にマリカしてくれる友達もいないんでしょ?」
「お前は一言余計だな……」
「じゃあいるんですか?」
「いるよ、海の中で泳いでるやつらがたくさん」
それを人はネット対戦と呼ぶんじゃないですかね。しかし今はツッコんでいる場合ではない。
「ほら、四の五の言ってないで行きますよ!」
「おい、ちょっと待てって……!」
私はむりやり先輩の腕をつかんでグイグイと進む。先輩も言葉では反抗していたが、なんだかんだ大人しく付いてくる。
「ほら、じゃあ先輩はこっちに座ってください!」
「あいあい」
先輩は、そのまま手元に張られた操作方法を凝視している。真剣な表情の先輩を見ていたら、いいアイディアが思いついた。
「ねえ、先輩。折角別のゲーム遊びますけど、普通に遊ぶだけじゃつまらないと思いませんか?」
「あー、まあ、確かに?」
「じゃあ、罰ゲームとかどうです?」
「ほう……」
私が提案すると、先輩は取説から目を上げて、こちらを見てニヤリとする。
「ちなみに、内容は?」
「そうですね……負けた方が勝った方のいう事を一つ聞く、とかどうです?」
「なるほど……。いいぜ、その提案乗った」
先輩なら乗ってくると思ったが案の定だった。表情がバレないように、心の中でほくそ笑む。
先輩は余計テンションが上がってきたのか、一層操作説明を熱心に読み込み始めた。
私もお金を入れて、さっさとマッチング操作を行う。
『アイコンの撮影をするよ!カメラを見てね?』
キャラクターが喋り出すとともに、大画面の真ん中にシャッター模様が映し出される。
こういう撮影はあまり得意ではないが、露骨に目線をそらすのも恥ずかしいので変じゃない程度に笑顔を作る。
後ろを人が通ったとき、『ああ、ちょっと恥ずかしかったのかな~?』みたいに思われるのって、逆に恥ずかしいんだよね~
「なあ、このゲームドリフトってどうすんの?」
その瞬間、隣の席に座っていた先輩は身を乗り出して、こちらに寄ってきていた。
「うぇ、ちょっと!?」
「あー、このボタンか?」
『はい、チーズ!』
戸惑う私を他所に、シャッターは無慈悲に切られる。目の前には、ぎこちない笑顔の私と私の手元を覗き込む先輩のツーショットが映し出された。
「何てことしてくれるんですか!私のアイコン、ツーショットになったじゃないですか!」
「うん?あー、悪い悪い」
画面を見るも、大して悪いとは思っていなさそうな表情で、先輩は自分の席に戻った。くっ、これだからゲーマーぼっちは……
改めてアイコンの写真を見るが、二人ともカメラを全然見ておらず、私も全然可愛くない顔をしている。
『アイコンの撮影をするよ!カメラを見てね?』
先輩も遅ればせながら撮影を始めたらしい。横を見ると、姿勢を正して座っている。何あれ、証明写真撮ってるみたいだな……
「先輩」
「ん、どうした?」
「ちょっと奥寄ってください」
「え?」
「ふんっ!」
掛け声とともに、私は思いっきり先輩の横に割り込んだ。そしてピースと共に超絶爽やか笑顔をカメラに向けてやる。
『撮影完了!それじゃあゲームを始めるね!』
「逢坂お前、何のつもりだ……」
「さっきの仕返しです。恥ずかしい思いするなら二人でしますよ」
画面には証明写真ポーズでで固まっている先輩と満面の笑みを浮かべている私が映し出される。
……いや、恥ずかしくない!決して勢いがつきすぎたとかそういう訳じゃない!初めてのツーショットがこんな適当な写真なのが何となくムカついたとか、そういう事は一切ない!
一発頬を叩いて、私は気を取り直してキャラクター選択をする。音から先輩も隣でキャラクターを選んでいるのが分かる。
「……」
「……」
写真撮影はひと悶着あったが、ここから先は真剣勝負。どのキャラにするかなんて甘ったれたことは聞かない。ピリついた、しかし心地いい無言の時間が流れる。
コースはごくごく普通のコースが選ばれた。沿道に植えられた木が美しい。ここで大事なのは最初のポジショニング。
「やった!」
私の前にはNPCが1人だけ。先輩は後ろにいるみたいだ。ランダムの神様に愛されて、心の中でガッツポーズをする。
「これまた随分と離されたな……」
ポツリと先輩はつぶやく。ちらっと画面を盗み見ると、どうやら一番後ろに配置されたようだ。
いいぞ、この勝負貰った!
「すみませんね先輩?私こういうの昔っから運がよくって」
「いいよ、この位丁度いいハンデだ」
先輩はあくまで涼しい顔をして楽な姿勢でハンドルを握っている。画面では、雲に乗った亀が3カウントを始める。私も画面に目を戻して、タイミングを合わせてアクセルを踏む。
「その余裕、いつまで持ちますかね!」




