学園のアイドルと格ゲー④
「先輩、私と、契約しませんか?」
どこかの魔法生物みたいな台詞だったが、彼女の顔は真剣そのものだった。
「契約って……」
困惑する俺の元に、逢坂はゆっくりと近づいてきた。
「私、最近一人で遊ぶのに限界を感じてたんです。格ゲーやっても皆張り合いないし。だけど他の事しようとしても、女子一人じゃ変なのに絡まれることが多くって」
「まあ、そうだろうな……」
逢坂はマジでかわいい。一人で歩いてたらナンパホイホイになることは目に見えている。
「だけど、先輩みたいな人初めて会ったんです。私よりゲームが上手くて、それでいて私の素を見ても幻滅しないでいてくれる人」
「幻滅って、そりゃそうだろ」
別に俺は普段の逢坂に期待も憧れもしていない。幻滅なんてしようがない。
「先輩的には当たり前かもしれないですけど、案外そうじゃないんです」
逢坂はぽつりとつぶやいた。傲慢ともとれる言葉だが、逢坂が言うと妙な信ぴょう性があった。なんだか可哀そうに思える。
「学園のアイドルも、中々大変だな……」
「分かってくれますか!」
逢坂はぐっと近づいてくる。急に距離を縮められて、俺も一歩後ずさる。
彼女はこほんと咳払いをして改めて背筋を伸ばして、じっとこちらを見つめてくる。
「だから、そんな先輩にお願いがあるんです」
「な、なんだよ」
逢坂はふうと長めに息を吐いて、ペコリと頭を下げた。
「放課後これからも、私と一緒に遊んでくれませんか?」
成程、彼女が素でいるために協力してくれないか、という提案か……。仮にも同じ高校の後輩からのお願いで、頭まで下げさせている。
そんなの、返事は決まっている。
お辞儀をしたまま不安そうな表情を浮かべる逢坂に、俺は優しく笑いかける。逢坂もぱあっと嬉しそうな顔をする。
「もちろん、Noだ」
「何でですか!」
逢坂の悲鳴のようなツッコミが路地裏に響いた。
「だってこの話、俺にメリット無いんだもん」
「うう……でも、可愛い後輩のお願いを聞いてあげようとか、思わないんですか!?」
「ちっとも思わない」
「だから先輩友達出来ないんですよ!」
「知ってる」
逢坂も必死に攻撃してくるが、俺にはノーダメージだ。歯を食いしばって、悔しそうにしている。こいつ……ハナから断られると思って無かったな?
「そもそもこれ契約じゃなくて、お願いだろ」
「ぐぅ、バレてましたか……」
「だから諦めな、実際格ゲー上手いんだし、対戦相手が欲しいならネットとかで探したらいいよ」
「別に、対戦相手が欲しいわけじゃないんですよ……」
うつむいてぼそぼそ呟く逢坂。少し申し訳ない気持ちにはなるが、俺にも生活がある。神聖なるボッチ生活は誰にも邪魔させはしない。たとえそれが学園のアイドルだとしても。
逢坂はしばらく俺を睨みつけていたが、頑なだと分かったのか大きくため息をついた。
「なるほどです。私、先輩の事正直舐めてました。そんなに一人がお好きなんですね」
「そうだ、やっとわかってくれたか」
「ええ、よーくわかりました」
それなら俺も一安心だ。逢坂も納得してくれたのか、満面の笑みを浮かべている。
「じゃあ、これからは毎日先輩のクラスにお邪魔しますね!」
「ちょっと待てい!」
聞き捨てならない台詞に思わずストップをかける。目のまえに赤と青のボタンがあったら全力で押しに行ってた。
「あれ?何かおかしなこと言いました?」
「うん、おかしなことだらけなんだけど……」
逢坂はきょとんとした表情で口元に人差し指を当てている。俺も恐る恐る彼女に尋ねる。
「何?お前……来るの?うちのクラス」
「はい!先輩目当てです!」
逢坂に言われて少し想像してみる。俺のクラスに来る逢坂、俺の名前を呼ぶ逢坂、直後集まる視線、始まる審問会、アンタあの子の何なのさ……
「うぇっ……」
「ちょっと、えずくのは違くないですか」
「いや、ちょっと考えてみたらグロすぎて……」
俺の平和な日常が5分で破壊されているのが容易に想像できて、気分が悪くなる。逢坂は目を細めてこちらを見てくる。
「まあでも効果があるみたいでよかったです。もし先輩が私の提案を断るようなら、私は毎日先輩のクラスにお邪魔しますからね」
「ま、毎日……?」
「はい、エブリデイ行きます」
なぜ英語で言いなおしたかは分からないが、彼女の覚悟はよく分かってきた。
「それは、契約でもお願いでもなく、脅迫って言うんじゃないか……?」
「さあ、それは先輩の捉え方次第じゃないですか?」
必死のカウンターも、難なく交わされてしまう。優位な立ち位置に立ったと悟り、逢坂は嬉しそうに胸の前で手を合わせる。
「でもこれ、先輩にも悪い話じゃないんですよ?」
「……と、言うと?」
「先輩、今後もこうやって友達作らず生きていくつもりなんですよね?高校卒業してからも」
「ああ、そのつもりだよ」
逢坂はうんうんと頷いたかと思うと、すっと冷たい目をこちらに向ける。
「そんな生活で、この現代社会を生きていけるとお思いですか?」
「ぐっ……!」
実は少し気にしていたことを指摘され、完全に言葉に詰まる。
「社会に出てから一番必要とされてるのはコミュニケーション能力です。大人にからビジネス的な会話を出来るようにするためにも、最低限コミュ力はつけとくべきだと思いませんか?」
流石は優等生。喋りも得意らしく、もっともらしい言葉を並べ立ててくる。謎の説得力がある。
「まあ、お前の言う事も一理あるな……」
そういうと、逢坂は満足そうに大きく頷いた。
「そこで私です!私だったら先輩が人との交流を失わない程度に一緒に遊べます。しかも放課後だけだからコスパも抜群!」
セールスのようなテンションで自分をPRしてくる逢坂。くるくる回りながら、こちらにグイっと上目遣いで近づいてくる。
「どうです?こんな良い提案、中々無いですよ?」
逢坂はなぜかにっこにこだった。俺は一つため息をついて、疑問に思っていることを尋ねた。
「あのさ、どうしてそこまで俺にこだわるわけ?別に素で接して仲良くしてくれる人、いるかもしれないだろ」
純粋な疑問だったが、逢坂はふっと鼻で笑った。
「いませんよ、そんな人」
「いや、でも……」
「いないんです。みんな学園のアイドルとしての逢坂妃花が好きなんです。素の私を好きになってくれる人なんていません」
その諦めたような表情は、見覚えがあった。ようやく、彼女が俺に声を掛けた理由が理解できた気がした。
「……分かった」
「え?」
「分かったよ。その契約、乗ってやる。」
「え……ホントですか!?」
俺の言葉に、彼女は心底驚いたような表情をする。
「どうせ断っても俺のクラスに来るんだろ?それだったら、放課後を潰された方がよっぽどいい」
「そ、そうですか……そうですよね!」
何か考え込むような表情を浮かべたかと思うと、逢坂はぱっと顔を明るくする。
「任せてください!この逢坂妃花、一緒に遊んでもらうからには、先輩を立派な社会性のあるボッチにすると約束します!」
「いや、それは別にいいけど……」
って言うか社会性のあるボッチってなんだよ、一行で矛盾してないか?それ。
「ええと、じゃあ、まずは何から……あ、そうだ、ライン交換しましょう!」
逢坂の提案により、俺達はスマホを取り出した。
「じゃあ私、QRコード出しますねー」
「ええと、それってどこから出せばいいんだっけ……」
「もう、しっかりしてくださいよ」
あっという間に俺の携帯は奪われ、逢坂が一人2台で操作を始める。
「はい、登録できましたよ」
可愛いウサギのイラストの下には、《Himeka Aisaka》と書かれていた。俺のスマホに、初めて家族以外の人間が登録された。それが逢坂になるとは思ってもみなかった。
「やった~先輩のラインだ~!」
俺の疑問を他所に、逢坂はそわそわして落ち着かない様子。その姿は、とても微笑ましくて、学校での彼女よりずっと親しみが持てる気がした。
「俺、逢坂は学校より今の方がいいと思うぞ」
逢坂はぴたりと足を止めて、ゆっくりとこちらを向いた。
「先輩、そんなこと言われたら、本気にしちゃいますよ?」
「さあ、好きにしな」
俺が肩をすくめると、逢坂はわざとらしく大きくため息をつく。
「かーっ、これだからボッチ先輩は!」
「おい、ボッチ先輩ってなんだよ」
「ボッチ先輩はボッチ先輩です、それ以上でもそれ以下でもありません」
逢坂はぷいっとそっぽを向いてしまった、今のはどう返事すればよかったんだよ……
こうして、学園のアイドルである彼女と俺の奇妙な交流が始まった。




