学園のアイドルと格ゲー②
「きっっっ、たぁ~!」
その日の放課後、俺はゲーセンの前で歓喜の声を漏らした。
「にしても、結構遠かったな……」
普段よく行くゲーセンでは無く、少し離れたここに来たのには理由がある。俺が今一番はまっている格ゲー、<ギャラクシーニンジャファイト>、通称ギャラニンのアップデートがここでされたという噂を耳にしたのだ。
ゲームセンターの格ゲーがやや下火な現状、アプデを初日から実装してくれるような神ゲーセン、多少離れてても行く価値がある。
店内に入ると、騒がしいBGMと共に客の喧騒が一気に聞こえてくる。クレーンゲームの筐体のスキマを潜り抜け、一直線に格ゲーコーナーへと向かう。
「おお、流石に盛り上がってんなぁ~」
コーナー中央に4台だけ置かれたギャラニンコーナーはすでに人で埋まっていた。
みんな情報を嗅ぎつけてきた猛者たちなだけあって、ぴりついた空気が流れている。良いね良いね、この空気を吸いたくてゲーセンについつい来ちまうんだよな。
他に待っている人もいなかったので、先頭で空くのを待つ。
「くそっ!」
彼らをぼーっと眺めていると、大学生くらいのお兄さんが荒々しく席を立った。台パンこそしていないが、めちゃくちゃ悔しそうだ。
任せてくれお兄さん、アンタの仇は俺がとってやるよ……心の中で念じ、お兄さんと入れ違いに座って100円を入れる。。
「どうも」
筐体から上半身をずらして対戦相手に軽く挨拶をする。しかし、向こうからの反応は無い。
(まあ、別に挨拶しなきゃいけない訳じゃないけどさ……)
俺もリアルの友達は作らない主義だが、とはいえ挨拶を返してもらえないと悲しい気分になる。
向かいに座っている少年は黒いパーカーに、フードを目深にかぶっている。顔は見れないが、多分中学生くらいだろう、そういう年頃か。
キャラクター選択画面が出てきて、俺はアプデで実装された新キャラを選択する。ええと、向こうが使ってるのは……?
(お、ミラーか……)
流石に実装初日、新キャラを使いたいのは向こうも同じらしい。同キャラが画面の両端に配置される。
「ふっ」
瞬間、画面の向こうに座る彼が軽く笑った。ミラーなら実戦経験のある自分が有利だ、とでも言いたいのだろうか。
確かに否定はしない。俺はこのキャラを使うのは初めてだし、何ならこのゲーセン自体新参者だ。その点においては彼の方が有利だろう。
だが……
(こちとらボッチ、動画を見てシミュレーションする時間は無限にあるんだよなぁ!)
「っ!?」
開幕、俺のキャラは空中から彼の操作する敵キャラに襲い掛かる。画面の向こうから息をのむ声が聞こえる。
随分と舐めてくれていたみたいだが、その隙を見逃す俺ではない。そのまま高火力のコンボを叩きこんで、体力の1/3ほどを削ることに成功する。
中学生だかなんだか知らないが、ここは戦場。隙を見せたやつから駆られていくのは世の必定!
「くっ……!」
焦って反撃を始めているようだが時すでに遅し、序盤についた大差を補う事は出来ず……
「ふう……」
俺の前には「YOU WIN」の文字が煌々と輝いていた。椅子に座ったまま、勝利の余韻に浸る。
しかし、中々の強敵だったな……。序盤の油断を突いたから勝てたが、初めからちゃんと警戒されていたら勝利の女神はどちらに微笑んでいたか分からない。
「ぐぅ……」
画面の向こうで悔しがっているのが見ずとも分かる。いいぞ少年よ、その悔しさが君を強くするんだ……。
ガタッ
勝手に師匠気分に浸っていると、彼は勢いよく立ちあがった。周りに並んでいる人もいなかったから連戦をしてくれるかと思ったが、そういう訳ではないらしい。
しゃーない、残念だがCPUモードでもやるか……そっちもアプデで新ステージ実装されたらしいしな。
黙々と無人の敵と戦う間も、誰かが向かいに座る様子はない、新台とは言え、所詮片田舎のゲーセン。対戦相手がいたことを喜ぶべきか……。
そんなことを思っていると、再び誰かが向かいに座る。見ると、先ほどの少年だった。
だが、先ほどと違って筐体の上には100円玉が積まれている。なるほど、両替か。
無言で100円を入れ、乱入してくる中学生くん(仮名)。よし、俺も迎え撃ってやるか……!
そして、俺達はここから9回連戦した。結果は……俺の、9-0だった。
俺も一度実機で操作したおかげでキャラコンがつかめてきたのももちろんある。のだが……、明らかに、中学生くんの動きが荒くなっていた。
多分地元じゃ負け知らずだったのだろう。敗北を知ってペースを崩された彼は焦り、その焦りがミスを産み、ミスがさらなる焦りを産む……という、悪循環に陥っていた。
しかし、だからと言って手を抜くわけにはいかない。お互いゲーマーとして手を抜くことは許されない、それは対戦相手への侮辱に他ならないのだ。
「うっ」
「くそっ!」
「あー、もう!」
敗北を重ねるたびに台の向こうで中学生くんが小さく声を上げる。その感情的な様子が何だか楽しくって、大分疲れてきたのだが、ついつい連戦を受け入れてしまう。
そして、なんだかんだで10戦目……ちらりと向こうを覗くと、積み上げられていた100円のタワーは見る影もなく、彼は右手には最後の一枚が握られている。
「か、かくなる上は……!」
そう言って彼は100円を投入した。直ぐに連戦を選びガチャガチャと操作をする。俺もあわてて視線を画面に戻す
「ほう……」
彼が何をしたかったかは直ぐに分かった。彼が選んだのは……今までずっと使っていた新キャラではなく、ごつい別のキャラクターだった。なるほど、最後は持ちキャラで戦うという訳か……
確かに近距離特化の新キャラに対して、コイツは相性がいい。最後はなりふり構わずってことか……。
俺も一つ伸びをして筐体に向かう。よし、最後の一戦、有終の美を飾ってやる。
<<FIGHT!!>>の文字が流れるとともに、俺は一気に距離を詰める……
が、瞬間に違和感に気づく。相手キャラが、画面端に吸い付くようにしゃがんだまま、一切動かないのだ。
ヤバい予感がして、試しにゆっくり近づいてみると、相手は遠距離技を打ってくる。それに反応して俺が引くと再び止まる……。
(コイツ……まさか『待ち』か!?)
待ち、それは格ゲーにおける戦い方の一種。字面からも分かる通り、自分からは一切攻撃を仕掛けず、相手が攻撃するのを待って迎撃のみに全集中する……という戦法だ。
彼の使うキャラは遠距離系で、確かに「待ち」とは相性がいい。理にかなった戦いと言えるだろう。
(いや、だけど……)
心の中で俺は苦い顔をする。実はこの『待ち』戦法、大きな問題点が一つある。
―――待ちは、とんでもなく嫌厭されるのだ。
一度ネットで「格ゲー 待ち」とか入れて調べてほしい、大体サジェストには「うざい」とか「つまらない」とかマイナスな言葉が書かれている。あまりネガキャンはしたくないが、その気持ちは分からんでもない。
技を出して派手な殴り合いの報酬をしたくて格ゲーをしに来ているのだ。それなのに、一切相手が攻めてこず、それどころか自分の技は全て防がれる。
プロの試合ならともかく、やられた側はたまったもんじゃない。そんな戦い方を、彼は持ち出してきたのだ……。他の人間にやったら、普通に嫌な顔をされるの間違いなしだ。
(――――だが、その意気や良し!!!!)
わざと相性のいいキャラを使ってでも、嫌われる戦法を取っても尚勝ちたいというその執念、最高じゃないか!
いいだろう、俺も君に敬意を払って、全力で迎え撃ってあげよう!もう体力と集中力はギリギリだが、レバー捌きのギアを一段階上げる。
誰かと遊ぶゲームでこんなに熱くなったのはいつぶりだろうか、やっててよかった、ギャラニン!いや、今はそんな雑念は必要ない、ただゲームに集中するのみだ!
じわりじわりと動きつつ、お互い技を打たず達人の間合いを測る様な時間が流れる。
沈黙を破ったのは、一戦目と同じく、俺の空中攻撃だった。
「ふっ!」
彼は軽く笑い、叩き落そうとする。
「なんの!」
だが、もちろんそれは織り込み済み、俺は直ぐに第2第3の攻撃を仕掛けていく。最終戦、戦いの火ぶたが切って落とされた。
「ふう……」
俺の前には光り輝く「YOU WIN」の文字とともに、操作キャラがハイテンションなダンスを踊っていた。激戦だったが、何とかギリギリの所を制して俺が勝った。
だけど最後の一発、相手のガードが間に合っていたら多分俺は負けていただろう。集中力を使い果たして、椅子に座ったままだらりとする。
「よっこいせ」
が、直ぐに腹を力を入れて姿勢を戻し、立ちあがる。こんなベストバウトをしてくれた彼に、今回ばかりは一言お礼を言いたかった。
「ありがとう、いい試合だったよ」
台の向こうに回り、俯く彼に手を伸ばす。
「……した」
「うん?」
彼は小さくつぶやくが、何を言っているかははっきりと聞き取れない。声は思いのほか高かった。声変わりする前っぽい、思ったより年下か?
問い返した次の瞬間、彼はばっとこちらを向いた。その瞬間、何の偶然か浅くかぶっていたらしいフードが脱げてしまう。
その時、俺は自分が大きな勘違いをしていた事に気付いた。
フードの下から見える髪は可愛らしいボブカット、中学生かと思っていた彼は、何と女子だった。しかも、信じられないくらいの美少女。
「お前……」
でも、それだけじゃない。俺はその美少女の顔を見たことががあった。昔どこかで合いませんでした?みたいなのじゃない、俺はこの顔を良く知っている。
驚く俺を他所に、彼女は大きな目を潤ませ、こちらを睨みつけて言い放った。
「最後のガード!私押してましたから!」
ムキになって今にも台パンしそうな彼女は、学校での姿とは似ても似つかなつかった。だが、学園のアイドルの顔を見間違えるわけがない。そう、俺の目の前に座っていたのは……
「逢坂、妃花……」
そう、学園のアイドルこと、逢坂妃花、その人だったのだ……
名前を呼ぶと、彼女はハッとして、いそいそとフードを被る。少しの間、気まずい沈黙が流れた。
「ヒ、ヒトチガイジャナイデスカー?」
めっちゃ片言だった。逢坂は目を合わせずにそっぽを向く。俺も見てはいけないものを見たというのは理解できた。
「そ、そうか、あの逢坂がこんなところにいるわけ無いもんな」
ギャラニンは十分遊べた、新キャラの使用感も分かった。面倒なことになる前にさっさと帰ってしまおう。うん、それがいい。さっさと帰ってプロのプレイ動画とかみよう……。
俺は回れ右をして、その場を後にする……
「待ってください」
しかし、ガシッと腕を掴まれて、俺の退店は阻まれる。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには学校で見たような、完璧な笑顔の逢坂がいた。
「先輩、入神高校の人ですよね?ちょっとお時間良いですか?」
「お、おう……」
初めて向けられた逢坂の笑顔は、随分と圧が強かった。




