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学園のアイドルとアニメショップ②

「ええと……『ダンジョン、俺のマスターキーで全部破壊できた』は……っと、あった」


 レーベルを指で辿っていると、お目当ての本が見つかり手に取る。特典付きのものがまだ残っていたことにほっとする。


「へえ、ラノベってこんなにあるんですね……。あ、この子可愛い」


 逢坂はすべてが新鮮なようで、カラフルな背表紙を見たり、平積みになって表紙一面に印刷される本を面白そうに見つめている。


「逢坂はラノベとか読まないのか?」

「家の都合でそういうのは読ませてもらえなかったんですよね……」

「なるほど、そういうお家か……」

「SNSで宣伝が流れてきたり、本屋さんでそういうコーナーがあるのは勿論知ってましたけど、ちゃんと来るのは初めてです」


 俺同様ゲーセンの住民であるから、てっきりこういうのも詳しいのかと思っていたが、案外そうでもないらしい。まあ、人それぞれだよな。


「普段はどんなの読んでるんだ?」

「新旧問わず海外のミステリーが多いですかね、最近はクイーンとか、ホロヴィッツとか読みました」

「……少なくともコミメイトでは見たこと無いな」


知らない名前だった。多分俺が寄り付きもしないコーナーな気がする。


「本屋さんでもコーナー作られるくらいには有名ですよ?」

「……そうか、今度見てみるわ」

「はい、是非そうしてください!」


 逢坂はこちらを向いて顔を綻ばす。俺が行く本屋と呼べる本屋はコミメイトくらいしかないという事については、言わないでおいた。


「あっ、これ知ってます!最近アニメ化してましたやつですよね?」


 逢坂が指さす先には、彼女の言うとおり、最近アニメ化もした話題のラブコメ作品があった。


「ああ、かんぱちか」

「はい?」


 俺の呼び方に小首をかしげる逢坂。確かに、知らないのならそこから説明しなきゃいけないのか……。


「『完璧すぎる保健室の先生が、裏でめちゃくちゃパチスロ打ってた件』、略してかんぱちだ」

「何か……これ以上なくわかりやすいタイトルですね」


 俺からしたらこれ以上なくラノベなタイトルなのだが、洋ミス読者の逢坂には受け入れがたかったらしい。やや口角が引きつっている。


「いやいや、すごい面白いぞ?おしとやかな先生が暴言吐きながらパチンコ打ってる描写がめっちゃリアルで」

「……それ、アニメ化しちゃって大丈夫なんですか?」

「むしろ教育的とも言える」


 とは言え俺達もアニメ化が決まった直後は結構ビビったけどな。製作が脅されてるんじゃないか疑惑とかも出たくらいだ。


「まあ、普通に面白いからよかったら貸してやるよ」

「え!いいんですか!?」


 何の気なしの提案だったのだが、逢坂は予想外の食いつきを見せる。こいつ、そんなにパチスロに興味あったのか……。


「逢坂」

「はいっ、何ですか?」

「ギャンブルはいいけど、借金だけは作るなよ」

「作りませんけど!?」


 心外そうにする逢坂。大人になった逢坂がパチンコ台の前で露骨にイライラしている様子が妙にリアルに浮かんで、何か嫌だった。


「じゃあ俺はもうこれで買うの全部だけど、他に見るものあるか?」

「あ、それなら漫画コーナー見てもいいですか?ちょっと気になるものがあって……」

「じゃあこっちだな」


 俺は逢坂を連れて、漫画コーナーへと向かった。



「ふう……」


 逢坂のお目当ては少女漫画だったらしく、着くや否や漫画とにらめっこを初めてしまった。

 いくら付き添いとは言え女性客ばかりの場所に居座るのは何となく居心地が悪くて、俺は青年漫画コーナーへと移動した。

 どうやらコラボキャンペーンを行っているらしく、俺の立っているレーンにはたくさんビラが貼ってあった。


 対象の漫画を数冊買うと、一枚ランダムにステッカーがもらえるらしい。以前見たアニメのヒロインがプリントされたものなんかもあった。


「なかなかいいな……」


 ビラを凝視していたらそんな言葉が漏れてしまう。いかんいかん、ただでさえ少ない小遣いだ。こんな形で使ってしまったらゲーセンに行けなくなり、逢坂に腕前を抜かされかねない。

 弱い己を何とか律する。まったく、この店はオタクにとって誘惑が多すぎる。


「だから、交換してほしいって言ってんの!」


 ステッカーと名残惜しい別れを俺が過ごしていると、横から穏やかではない言葉が聞こえてきた。見ると、隣でオッサンと店員が何やら揉めているようだった。


 若い女の店員さんが申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。


「すみません、こちらはランダム封入となっておりまして、返品交換は不可能なんです……」

「でもさ、こういうのって買う人によって欲しい奴とか決まってるでしょ?店側としてもお客さんに選ばせた方がいいと思わない?」

「えっと……」


 オッサンが指さしているのは俺がさっきまで凝視していたキャンペーンのビラ。

 なるほど、大体話は理解できた。要はアレか、ランダムでほしいのが引けなかったから文句付けてんのか。


 理不尽な要求に対して店員さんは答えに窮する。それをチャンスだと思ったのか、オッサンはさらに高圧的な態度を取る。


「はぁ、俺は君みたいな若い子とお店のために言ってあげてるんだよ?それなのに規則ですからって……もうちょっと柔軟な対応とか教わってないの?」

「い、いえ。すみません……」

「全く、今どきの若い子はこういう事も出来ないの?」


 明らかに間違っているのは向こうなのに、店員さんは俯いて、完全に委縮してしまっている。当たりの様子を窺うと丁度レジに人員が割かれており、増援を見込むことは難しそうだ。


 わざとらしく大きなため息をつくオッサンに、店員さんはビクッと体を震わせる。


「君、バイトだからって適当に仕事してるんじゃないの?」

「い、いえ、そんなことは……」

「ちょっと君名前なんて言うの?俺もっと偉い人にこのことは言わせてもらうから」

「えっ、それは……」



「はーい、こちらがアニメイトで店員さんにいちゃもんつけてるオッサンでーす」



 その瞬間、オッサンがこちらに注目する。しかし、俺は依然としてスマホをオッサンに向ける。


「この人漫画買ったらランダムでもらえるステッカーを交換しろって店員さんに文句付けてまーす」

「お前、何撮ってるんだ」

「しかもそうした方が店のためにいいとか、意味わかんない事言ってましたー」

「お前、そのスマホを仕舞え……!」


 店員さんから目を離し、オッサンはこちらにつかつかと歩いてくる。オッサンをきっとにらんで、俺は大きく息を吸う。


「オタクなら推しは当たるまで回すのが普通だよなぁ!!」


 俺の大声にオッサンは一瞬ひるむ。


「ほら、分かったら諦めてさっさと帰れよオッサン。ここはアンタみたいな人が来る場所じゃないんだよ」

「くっ、くそっ……」

「どうかしましたか?」


 俺のスマホを凝視して、オッサンは苦々しそうな顔を浮かべる。俺が大きな声を出したからか、或いは隙を見て内戦を入れたのか分からないが、俺達の周りには大人の店員さんが顔を出してきた。


「ちっ」


 オッサンも流石に状況不利だと悟ったのか、逃げるようにその場を去っていった。

 ふう、あのままフィジカル勝負に持ち込まれたら不味かったかもしれない。あの程度の脅しが効いてくれて助かった。


「あ、あの……」


 そんなことを考えていると、さっきのアルバイトらしい店員さんがこちらに寄ってきた。眼鏡をかけた、いかにも気弱そうな店員さんだった。


「ああ、大丈夫ですよ。さっきのは撮ってないんで」


 俺がロック画面のままになっているスマホを見せると、店員さんは安心したようにほっとする。コミメイトは店内撮影禁止だからな。


「あっいや、それもそうなんだけど!」


 何故かため口の店員さん。まあ同世代くらいだろうからいいけど……。店員さんは俺の顔をちらちらと見ながら、もじもじと何か言いたげだ。そのせいで、俺も動けずにいる。


「先輩、お待たせしました~」


 すると、背後から聞きなれた声が。振り返ると、逢坂が漫画を2冊ほど抱えてこちらに駆け寄ってきた


「おう、選び終わったか?」

「あんまり色々買っても仕方ないんで、これとこれにします」


 嬉しそうに選んだ漫画を見せてくる逢坂に、俺も思わず顔がほころぶ。


「そうか、じゃあレジ行くか」

「はいっ」


 店員さんに目で挨拶をして、俺達は会計へと向かった。



 ♢


「いや~初めて来ましたけど、楽しいですね!コミメイト!」


 狭いエレベーターとお洒落な服屋の脇を通って建物の外に出る。逢坂は買った漫画の袋を両手でつかみ、興奮冷めやらぬ表情だ。


「何て言うか、ゲーセンみたいに同じ趣味の人たちが集まってるって感じで、普通の本屋さんとは違う楽しみがありました!」

「そうか、そりゃよかった」


 そこまで喜んでくれたら、俺としても連れてきた甲斐があったってもんだ。


「そう言えばさっき先輩の声が聞こえた気がするんですけど、知り合いの人でもいました?」

「別にいなかったぞ?気のせいじゃないか?」

「いや、確かに聞こえた気がしたんですけど……」

「店内もうるさかったし、何かと聞き間違えたんだろ」

「ですかねぇ」


 しかし、逢坂はスッキリとはしていない様子、顎に手を当てている。俺は素知らぬ顔で別の話題を振る。


「ちなみに何買ったんだ?」

「え!?聞きたいですか?」

「ああまあ、どうせだし教えてくれよ」

「ふふふ、実はですねぇ……」


 嬉しそうに買って来た漫画を見せてくれる逢坂。彼女の初めてが楽しい思い出で終わったことに安堵する。駅までの短い距離、逢坂の熱弁が心地よかった。

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