学園のアイドルとアニメショップ①
昼休み、さっさと昼飯の購買のパンを食べきってスマホを開く。動画を見る気分でじゃなくて惰性のままにSNSを開く。
そこまで興味を惹かれない情報の中で、一つ俺の目に留まるものがあった。
「そっか、今日電流の新刊の発売日か」
すっかり忘れていたが、今日は好きなラノベの新刊発売日だったらしい。今まで読んでいた作品の新刊があるかを確認してみると、お目当ての本は3冊ほどあった。そうか、3冊かぁ……。
何となく嫌な予感を感じつつ財布を開くが、連日のゲーセン通いでちまちまと、だがしっかりと削られた俺のお小遣いはかなりダメージを負っており、買い物に耐えられるかは結構ギリギリな額だった。
服に金を使うタイプではないが、オタクである限りこういう出費は避けられない。しゃーない昼飯代削るか……?
「久我君。ちょっといい?」
いやー、今でさえ結構食事は切り詰めているのに、これ以上はちょっとな……。
「ねえ、久我君?聞いてる?」
しかし、他に削れそうな部分は無い。だが増やすとなると……母さんに交渉か、バイトかぁ?
「久我君ってば!」
目のまえで机をバンと叩かれて、初めて自分が声を掛けられていることに気づく。顔を上げると、そこには……
「ギャルだ……」
ギャルがいた。
派手な髪色に片耳ピアス。比較的ゆるいウチの校則のギリギリを攻めまくっているお手本のようなギャルが、俺の机の前で仁王立ちしていた。
「は?誰がギャルよ」
小声で言ったつもりだったが、聞こえてしまっていたらしい。しかも当社比対応もギャルっぽい。名も知らぬギャルは俺の発言にスーッと目を細める。
「さっきからずっと声かけてるのに、何で無視するのよ」
「ああ、悪い。まさか教室で俺に声を掛けてくる奴がいるとは思わなくて……」
「何それ、意味わかんないんだけど」
そうは言われても俺もこんなギャルに声を掛けられるような覚えはない。動揺を隠しきれずにいると、ギャルがはぁとため息をついた。
「久我君、進路希望の紙まだ出してないよね?集めてさとみんに提出するから、早く書いて?」
「ああ、そういやそんなもんあったな……」
「そういやって、結構大事なことだと思うんだけど?」
ギャルの言葉を背に受けながらごそごそと鞄を漁ってみると、中からはくしゃくしゃの紙が出てきた。広げてみると……、そこには、進路調査票の5文字と、美しき空欄。
「驚きの白さだな」
「……はぁ」
ギャル、二度目のため息。流石の俺も申し訳なくなってきた。
「はあ、さとみんから新しい紙貰っといて正解だったわ」
そう言って、ギャルはどこからともなく綺麗な進路希望調査の紙を取り出した。さとみん事、ウチの担任の里見先生から既に貰って来たらしい。随分と用意周到だ。
「おお、サンキュー……」
「別に、頼まれたことをやってるだけだから」
「頼まれたとはいえ、真面目だな」
人は見かけによらないものだ。しかし、俺の言葉が気に食わなかったのか、ギャルは不快そうに目を細めた。
「これでも私、クラス委員なんだけど」
「えっ、そうだったの!?」
衝撃の事実の思わず声が出る。よく考えてみればこのギャルをHRとかのタイミングで見かけたような……気がする、なんとなく。
「あのさぁ、興味はないかもしれないけど、クラスメートとして、最低限は覚える努力してくれない?」
「おー、まあ、善処する」
「頼んだわよ……」
口ではそう言いつつも、あきらめたように再びギャル委員長はため息をつく。なんかため息ついてばっかだな、この人。まあいいや、書くか。
「書けたぞ」
「はい、どうも……」
俺から紙を受け取った委員長は、そのまま紙を持って立ち去る。俺もそのまま楽しい昼休みタイムに突入……
「ちょっと」
するかと思いきや、再び委員長に呼び止められた。顔を上げると、彼女の視線はさっき俺が書いた進路調査の紙に目を向けている。
「どうした、何かミスってたか?」
「あの、一つ聞いてもいい?」
彼女の視線は紙から動いていないが、握る両手は少し震えているように見える。
「本当に、この内容で提出していいんだね?間違ってたりはしないんだね?」
「ああ、それで出していいぞ」
「分かった。さとみんにはそう伝えておく」
「よろしく頼む」
そう伝えると、委員長はゆっくりと、体の循環を正常に戻すかのように、深く息を吐いた。ぱっとこちらを向いた瞳には、強い怒りの念が籠っていた。
「あなたみたいな不真面目な人間、私、好きじゃない」
「……そうかい」
言い捨てるようにして、委員長は足取り荒く教室を去って行ってしまった。
「何だったんだ、アレ……」
楽しいはずだった俺の昼休みは、なぜか敵を一人増やす結果に終わってしまった。
♢
そしてその日の放課後、俺はゲーセンには寄らず、地元で一番大きい商店街の道の途中に立っていた。目的地は市内唯一のアニメショップ。
お目当ては勿論、今日発売の新刊たちである。まだ見ぬ出会いに今からでもわくわくしていた、のだが……
「いやぁ、楽しみですね!コミメイト」
「なんでお前が付いてきてるんだよ」
俺の横に立っているのは制服に黒パーカー、逢坂妃花だった。逢坂は得意げに俺を見上げてきた。
「だって暇でしたし」
「そうか、暇か」
「それに先輩がコミメイトを案内してくださるという事であれば、私としても付いていくのはやぶさかではありません」
ちなみに俺が彼女に伝えたのは今日コミメに行くからゲーセンには行けないという事だけ。来るか?とは一言も伝えていない。まあ別にいいけど……。
「それで、コミメイトはどこにあるんですか?」
本当に何も知らないらしい逢坂に、俺は目線で指し示す。
「あれだよ」
「あれって……あのオシャレな服屋さんの事言ってます?」
「そうだよ」
俺が頷くと、逢坂はおかしそうに笑った。
「ちょっと、先輩馬鹿にしすぎですよ、流石の私もコミメイトは分かりますよ?」
「よし、それなら入るぞ」
「えっ、ちょっと……」
俺は高級感ある服屋に通じる少し重たい扉を開けた。逢坂もあわてて俺についてくる。
俺よりはよっぽど逢坂はこんな店に実際来る機会はあるだろうが、落ち着かなさそうにあたりを見回している。
「逢坂、こっちだ」
「は、はい……」
キョロキョロしている逢坂を呼びつけて、俺はそのまま店の端の方を歩く。そして……店の脇にぽっかりと空いたスペースにそのまま侵入した。
スペースの中には、先ほどまでのきらびやかな店内とは似ても似つかない、『ザ・雑居ビル』って感じの階段とエレベーターがあった。
「もしかして……」
「ご名答、この上にコミメイトがあるんだ」
逢坂は茫然と古びたグレーのエレベーターを眺めている。
「何かすごい緊張しました……、変なところに来ちゃったんじゃないかなって」
「まあ、気持ちは分かる」
ちなみにここのコミメイトに行こうと思ったら、これ以外の道はない。店に入る前に何かを試されている気分になるともっぱらの評判だ。
エレベーターは無事目的地へと到着した。なじみのある青のロゴが視界に入ってくる。エレベーターを出た逢坂は、心底意外そうな顔をしている。
「ほんとにコミメイトだ……」
「疑ってたのかよ」
「正直、私を適当な店に入れて慌ててる間に逃げる可能性も考慮してました」
成程、エレベーターの中で俺をじっと見ていたのはそういう理由か。信用無さ過ぎだろ俺。
狭いエレベーターホールを通り抜けた店内は、所狭しと並ぶ漫画やグッズに、ぎりぎりやかましくないボリュームのアニソンが流れている。
店の外の雰囲気からは想像もつかないほど店内は活気であふれており、逢坂はやや圧倒されているようだった。
「俺ラノベコーナー行くけど、お前はどうする?」
「あ、私もいきます!」
ぴょこぴょこと付いてくる逢坂と共に、俺達はラノベコーナーへと向かった。




