第6章
第6章
その後、学院を卒業したクーチェ嬢は、公子達と同じく王城で官吏として働き始めた。
彼女は元々子爵家の跡取りだったが、結婚して子供が生まれるまでは働いてよいと、父親に言われていたからだった。
モンターレ子爵は爵位は低いが、歴史の古い家で、これまでも優秀な人材をたくさん輩出してきた名門だった。それ故に城勤めをする者も多かったのだ。
そもそも大昔は侯爵家だったものを、彼らのその能力の高さに脅威を感じた王家が、爵位をわざわざ下げたのだという、逸話が残るくらい歴史のある名家なのだ。
ところが、王太子が結婚して間もなく、彼女もまた皆に惜しまれながら仕事を辞め、見合いをしてすぐに結婚してしまった。
一見すると寿退職のようにも思えたが、実際は王太子妃による嫌がらせによる辞職だった。
しかし、それは決して王太子妃が夫と親しいクーチェ嬢に嫉妬したというものではではなく、醜女を王太子の側には置いておけないという、ふざけた理由だった。
王太子は何とかクーチェ嬢を側に置こうとしたが、彼女の身と彼女の家のことを配慮して諦めるしかなかった。
唯一の癒しを失った王太子の気持ちを察して、側近達も心を痛め、王太子妃への不信感、憎悪をさらに募らせていった。
そしてその後、王太子の側近達もみな結婚をしてそれぞれ子供を持った頃、王太子はクーチェ=モンターレ子爵夫人からの手紙を受け取ったのだ。その内容は
「突然の手紙をお許しください。娘のことでどうしても殿下に秘密裏にご相談したいことがあります。お会いしていただけると幸いです」
というものだった。
✽✽✽
「モンターレ子爵夫人が陛下に相談事を持ち込んだですって? そんな話は聞いていません」
モンターレ子爵夫人とは、仲間内では自分が一番親しい友だと自負していたザンムット公爵は鼻白んだ。
卒業してお互い結婚してからも、家族ぐるみで付き合いをしていたからだ。
そう。だから彼の娘のララーティーナ嬢とクーチェの娘であるベティス嬢は生まれながらの幼なじみであり、とても仲が良かったのだ。そう、親友同士だった。
するとガイヤール公爵は少し困ったような顔をしてこう言った。
「陛下にしか相談できないほど大きな問題だったんたよ」
「まさか、フランドル君とベティス嬢の婚約って、その問題が関係しているのですか?」
「ご明察!
独断だが、もう、君にも話してもいいと思う。何か不都合が起きた時には君の助けも必要になると思うから」
いつも飄々としている先輩のいつにない真剣な顔に、ザンムット公爵は気を引き締めて耳を傾ける態勢になった。
するとガイヤール公爵は徐ろにこう話し始めた。
「ベティス嬢は炯眼(物事の本質をを見抜ける力)の持ち主なんだ。
それだけでも凄い能力で、もし世間に知られたら、彼女はその力を利用しようとする者達に狙われることだろう。
しかも彼女の場合は、それだけではなくて魔眼持ちでもあるんだよ」
魔眼……
それは悪意を持って睨み付けるだけで、相手に呪いをかけることができるという恐ろしい力だ。
この国の創成期、モンターレの一族は代々この魔眼持ちが当主となり、王族に協力していた。
しかし国が安定すると、王族はモンターレの一族を恐れるようになり、子爵という低い身分と、王都から離れた領地を与えて遠ざけた。
しかも一族からの復讐を恐れて、モンターレの一家に子どもが生まれると、徹底的に魔眼持ち検査を実施し、魔眼持ちの子供達を排除して行った。
本当は徹底的に滅ぼしてしまいたかったし、実際にそうしようと試みたのだが、王家の内情を全て知りつくしている彼らに徹底抗戦されて、却って滅亡寸前にまで追い込まれ、結局白旗を上げた。
モンターレ一家としても、王家が他の貴族達と手を組んでもし攻め込んできたら、さすがに太刀打ちできないと悟り、それ以上深追いはせず、現状を受け入れたのだ。
こうして王家の監視され続けた結果、モンターレ一族には次第に魔眼持ちは生まれなくなった。
そのため、今から百五十年程前に、ようやく王家の監視も外されたのだ。
ところがその後、魔眼の代わりに、炯眼という、物事を見分ける力を持つ子供が時折生まれるようになった。
もちろん魔眼とは違い申告義務はなかったので、それは一族の秘密となった。
それ故にモンターレの一族はその後何度か滅亡の危機に陥りながらも、なんとかそれを乗り切って現在に至るのだった。




