第5章 国王の初恋
ベティス嬢は、第一王子の婚約者に選ばれても可怪しくはないくらい優秀な令嬢だった。
しかし、いかんせん彼女は子爵令嬢だったので爵位が低過ぎた。
そもそも、子爵令嬢でも王太子の婚約者として認められるのならば、国王自身がその母親と結婚できていただろう。
さらに、容姿の面でベティス嬢が王妃や第一王子の好みではないのは一目瞭然だった。彼らは耽美主義者だったのだから。
そこで国王は自分の息子との婚約は諦め、甥と婚約させようと考えたのではないか……そうガイヤール公爵は思ったに違いない。
それ故に彼があの頃不機嫌だったのではないかと。
なにせガイヤール公爵家は筆頭公爵家であり、準王族のようなものだ。
公爵家の嫡男とは不釣り合いの子爵家の令嬢を結ばせようとするなんて、いくらなんでも非常識な話だった。たとえ自分の思い人の娘だからといって、無茶な話だ。
きっと彼はその縁談話を断るだろう、とザンムット公爵は思っていた。
ザンムット公爵と国王は同じ年だった。そしてガイヤール公爵は彼らの一つ年上。クーチェ=モンターレ子爵夫人は一つ年下だ。
四人は生徒会活動を共にした仲間だったので、彼らは互いのことをよく把握していた。
クーチェはとにかく頭のよく切れるご令嬢だった。
なんと、学院の定期試験では入学から卒業までずっと首位をキープした才媛だった。
ただ運動神経がからきし駄目な上に音楽関係も苦手にしていたために、総合成績でいうと、たえず十位辺りに留まっていたのだが。
彼女の一つ上の学年だった、王太子とザンムット公爵令息はいつと首位争いをしていたのだが、もしクーチェと同学年だったら、争ったのは二位か三位だっただろうと彼らは確信していた。
高貴な方々を押し退けて学科試験で常にトップを取り続けた下位貴族令嬢。
さぞかし周りから嫉妬され、虐められ、蔑まれ、疎まれたのではないか、と思われそうだが、実際のところそんなことはなかった。
彼女が容姿端麗なご令嬢だったならば、もしかしたらそうなった可能性もあっただろう。
しかし、失礼ながら彼女は人から憐れみを抱かれるような容姿をしていたのだ。
薄茶色のチリチリ天パーの髪に、ソバカスだらけの顔。そして瓶底丸メガネをかけた、とても残念な見かけのご令嬢だったのだ。
しかも運動神経が悪いのか、目が悪いのか、体のバランスが悪いのか、何もないところですぐ転ぶし。
しかし、転んでも失敗しても彼女はいつもエヘラと笑い、恥ずかしがることも、泣くことしもなかった。
そんなのどかなクーチェ嬢の笑顔に、男女関係なく多くの学生達が癒されていた。
つまり彼女は才媛でありながら、学院では皆に可愛がられる愛玩動物的存在だったのだ。
ところがある日、こんなことを言い出した阿呆がいた。
「あの瓶底メガネを外したら、案外飛び切りの美人だったりして……」
すると多くの人間がそれに興味を持ち始め、どうすればクーチェ嬢の眼鏡を外せるだろうかと侃侃諤諤と盛り上がり、一種のお祭り騒ぎになった。
しかし、その結末はあっけなく終わりを告げた。それは一学年の終わりの全員参加のダンスパーティーの時だった。
クーチェ嬢が上手くターンできずに転んだ時に、かけていた眼鏡が吹っ飛んで素顔が露わになったのだ。
その場が一瞬シーンとなった。
期待が大きかった分、そのがっかり感が半端なかったからだ。
瓶底眼鏡を外したら彼女は絶世の美人だった!
そんな小説の中ような話にはならなかった。かと言って、特別に醜かったというわけでもなく、中途半端な結末だったのだ。
彼女は円な可愛い瞳をしていた。しかし、それはとてもとても小さな瞳だったのだ。
「もしかしてよく転ぶのは運動神経が悪いのではなく、目が小さくて視野が狭いからなのか?」
そんな馬鹿なことを考えるくらいに。
ところがだ。そんなクーチェ嬢の素顔を見て彼女に恋をした男がいた。それが当時の王太子である陛下だった。
子供の頃に視察に行った農村で目にした、畑の中の案山子……に似たその素朴な顔が彼のハートを射止めたのだ。
元々頭が良く、生徒会の仕事をバリバリこなす割りに、ポワワ〜ンとした雰囲気の彼女に癒され、好感を持っていたのだからなおさらだった。
正直側近候補の友人達はみなドン引きしたが、個人の好みにはさすがに口は挟めなかった。
しかも王太子と子爵家の跡取り娘では、天地がひっくり返っても結ばれることはないのだから。
それがわかっていたからこそ、仲間達は王太子の片思いを見て見ぬふりをした。
彼女が近くにいるだけで王太子の機嫌が良くて、とても幸せそうだったからだ。




