第3章
国王と側近達が真剣に将来の対策を考え始めたのは、第一王子が八歳の誕生日を迎えた頃だった。
努力が嫌いな怠け者でありながら、それでいて自分の身分をやたらと振り回す。
そして十歳の誕生日を迎えても、周囲の努力にも関わらず彼に改善が見られなかった。
しかも、物事の基準が全て『美』という偏り過ぎた思考。
これは到底矯正はできないと全員がそう思った。
それ故に、二年前はまだ机上の空論に過ぎなかった第一王子排除計画が、その後着々と実行に移されて行ったのだった。
そしてそれからさらに二年が経ち、第一王子が十二歳になった当時、国王の執務室で交わされた側近達の会話が以下の通りだ。
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「陛下は?」
「今、遅い夕食を摂りに食堂へ向かわれました。ここで食べると、書類から目を離さないから、それでは栄養にならないと、追い出したのです」
「たしかに。陛下に今倒れられたらこの国は終わりだからな。まずは健康に気を付けてもらわないと」
「あの王太子が少年王になって王妃の傀儡になったら、この国の民は皆悲惨な目に遭いますからね」
「そう考えると、我が国だけでなく隣国の国民も気の毒だな。汗水垂らして働いて納めた税金が他国の王妃に使われているなんて」
外務大臣を務める公爵がため息をこぼしながら呟いた。
すると財務大臣のザンムット公爵が渋い顔をして言った。
「明日は我が身ですよ、ガイヤール公爵」
「ま、そうだな。しかし、少しずつ対策は取っておるのだろう? ザンムット公爵?」
「ええ、まあ色々ぼちぼちと」
彼は苦笑いをしてそう答えた。
現在王妃が贔屓にしている王家御用達のヨーランダ商会は、ザンムット公爵の古くから繋がりのある伯爵が運営している店だ。
表面上ただの元同級生だったが、その実腹を割って話せる友人の一人だった。そして自分の利益よりも国を思う忠臣でもあった。
そんな彼が言葉巧みに何を王妃に薦めるかは想像に難くないだろう。その上王妃にヨイショしている取り巻きも実は国王派なのだから。
「貴方の方も、先日あちらの皇太子との密談に成功したのでしょう? お疲れさまです、先輩」
「こちらは楽勝だったよ。目的が一致するのだから。後は時期を待つだけさ。ただし
『もし愚妹が無茶なお願いをしてきても、もう我が国の軍が動くことはない。それは安心してよい』
と確約してくれたから、ひとまずホッとしたよ。皇太子は既に軍を掌握しているらしい。
知らぬは化石化した偶像だけだ。実権はすでになくなっているというのに、そのことさえ気付いていないのだからすでにもうただの老害だな。
それでも皇太子は将来に遺恨を残さないように、揉め事を避け、静観するつもりのようだ。
もっとも、我が国が王太子を決める頃までには、状況が好転するだろうと言って下さったよ。心強いよね。
それにしても君は、とんでもない貧乏くじを引かされたな。大切な娘をあんなろくでもない男の婚約者にさせられるなんて」
ガイヤール公爵にこう言われた、ザンムット公爵も、彼より大きなため息をついた。
「仕方ないですよ。こちら側の人間で上手くあの親子を操れ、尚且つ相手に気に入られる娘なんて、うちのララーナしかいないでしょう?」
「そりゃあそうだ。あの親子の審美眼に適う美少女なんてそうそういない。しかも公爵令嬢で同い年。向こうが気に入らないはずがない。
だけど、ララーナちゃんは大丈夫なのかい?
あの阿呆どもに付き合うのは大変なじゃないのか?
文句一つ言わずに口裏合わせてニコニコしているんだろう? さぞかしストレスは溜まっているだろうね」
ガイヤール公爵にとっても、一つ年下の親友の娘であるララーティーナは、自分の娘同様なのだ。本気で心配しながらそう口にした。
ララーティーナ嬢は王太子と同じ鮮やかな金髪で、煌めくに濃紺の瞳を持つ絶世の美少女だ。しかも才気煥発。
見た感じは少し儚げで守ってあげたくなる雰囲気を醸し出しているが、その素顔は、はっきりと物を言う少し勝ち気な少女だということをガイヤール公爵は知っていたのだ。




