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第29章 フランドル公子の留学生活


 シルヘスターン王国の大学近くのカフェ。

 そこでフランドル公子は、婚約者であるベティス嬢のことを思いながら、その日何度目かのため息をついた。


 予想通り彼は非常にもてていた。子供の頃にこの国を訪問した際も異常なほどもてたのだが、今回はその比ではなった。

 それは彼自身が結婚適齢期に入っていたからだろう。

 しかし、そもそもこの国で彼が人から好意を持たれたのは、自分の容姿のせいだということは本人もよく理解していた。

 フランドル公子の母方の祖母であるコーギラス王国の王太后は、この国の王女だった。

 公子の薄紫色の髪とアメジスト色の瞳はその祖母譲り。つまり彼は伝統的なシルヘスターン王国の王族の色を持っていたのだ。

 皮肉なことに、前国王以下、この国の王族で紫の色を持つ者はいないというのに。


 そのせいでこの国を訪れる度に、フランドル公子は人々の注目を浴びてきたのだ。飛び抜けて整った容姿に加えて、王族特有の珍しい色をしていたから。

 いくら自分は王族ではないし、この国の人間ではないと主張しても、人々がすぐに言い寄ってきたのだ。なんと王族の人間まで。

 

 それ故に今回はウィッグを被り、色彩を阻害する眼鏡をかけて、この国の王家の色を隠している。その上身分を隠し名前も変えている。それでも人が群がって来るのだ。

 

 彼から遅れて三月後に留学して来た従弟のカーティスは、そんなフランドル公子に呆れてこう言った。

 

「最初に身分をあやふやにしたから、却って色々と憶測されたんですよ。

 フラン様の仕草や佇まいを見たら、貴族の中でも高位以上の身分だってバレバレですからね」

 

「なんだその高位以上というのは」

 

「だから王族とか、教会のお偉いさんの息子とか? 

 最初から伯爵とか子爵令息あたりを名乗っておけばよかったものを」

 

「そうか! 考えつかなかった」

 

「だから一緒に行くって言ったんですよ」

 

「だけど悪いと思ったんだよ。学院に入学してようやく慣れかけたところで留学なんて。しかもこんな国に。

 あのクソ親父、何考えているんだ。お前までここにこさせるなんてさ。無神経過ぎる」

 

「どうしたんですか? ずいぶんと口が下品にやりましたね。そういう方々とお付き合いしているんですか? ベティス嬢が悲しみますよ」


「申し訳ない。おそらくそれは私のせいだね」

 

 フランドル公子とカーティスの会話に、突然銀髪碧眼の見目麗しい男が割り込んで来た。そして断りもなくフランドル公子の前の座席に腰を下ろした。

  

「相変わらずもてもてで大変だな」

 

 フランドル公子とカーティス子爵令息はうるさいご令嬢方を追い払って、ようやくこのカフェの片隅でコーヒーを飲んでいたのだ。

 それなのにまたしても迷惑な人物がやってきたので、公子は露骨に嫌な顔をした。

 

「一体誰のせいでこんなことになったんでしょうかね? 王太子殿下。

 貴方が不用意に僕に話しかけてこなかったら、僕はこんなことにはならなかったんですよ。おかげで僕の従弟までとんだとっばちりですよ」

 

「いや、僕が関係しなかったとしても、どうせ同じだったと思うよ。

 二人ともそりゃあ美丈夫だもの。その上仕草が優雅過ぎる。そんな簡単な変装じゃ身元は隠せないよ」

 

「そうか。ではここではもっと変装術を学ばないとといけないな」

 

 カーティスがブツブツと呟いた。彼は将来外交官になるつもりでこのシルヘスターン王国に留学してきたのだ。フランドル公子のお目付け役も兼ねて。

 彼もまた母国コーギラス王国では美し過ぎる双子の片割れとして有名だった。

 もっとも、カーティスはともかくフランドル公子は、最初からこった変装などするつもりはなかったが。

 情報収集するためには、そこそこの見栄えは必要だったからだ。しかしその程度がよく分からず失敗したのだ。

 というより諦めたのだ。留学してからというもの、初日から自分ではかなり地味だと思う格好していたつもりだったのに、一週間後にベティにため息をつかれたのだ。

 そして


「まあ、最初から分かっていましたが。

フラン様はどんな格好をしても素敵なんです。

 たとえどんな変装をしても却って余計に目立ってしまうのです。

 ですからむだなことはせず、むしろお好きな格好をなさった方が自然でいいと思います」

 

 と、言われてしまったからだ。




「貴方はいいですね、婚約者様が邪魔なご令嬢方に睨みを効かせてくれるおかげで、面倒がなくて」

 

 フランドル公子は心底忌々しそうに向かいの席の男を睨みながら言った。

 自分は愛する婚約者がいるというのに、名も知らない多くの女性に言い寄られて辟易としているというのに。


(ああ、面倒だ。鬱陶しい)

 

「それって、嫌味かい? 婚約者がいてもいなくても、僕は君ほどもてたりしないよ」

 

「そんなことはないでしょう。貴方はこのシルヘスターン王国の麗しの王太子殿下なのですから。

 半年前に婚約者が最終的に決まる以前は、候補のご令嬢方による殿下争奪戦が凄まじくて、殺傷事件まで起きていたことを、知らないと思っているんですか?」


フランドル公子の言葉に、アランソワ王太子は目を見開いた。

 

「どうしてそれを?」

 

「コーギラス王国の諜報部を侮らないでくださいよ。そもそも、我が父は外交のトップですよ」

 

「そうだよね。大事な嫡男を留学させるのに下調べくらいはするよね。でも、それを知っていて、よくこの国を選んだよね。

 君はこの国にだけは留学してこないと思っていたよ。だって面倒になることは最初からわかっていたじゃないか」

 

 アランソワ王太子の言葉に、フランドル公子はうんざりした顔でこうぼやいた。

 

「どこもかしこも問題が多くて、ここの治安が一番マシだったんですよ。政治はともかく文化面は一流ですしね。

 僕が、(ご令嬢)にまとわりつかれるのは折り込み済みですよ。父からは人のあしらい方を学べと言われたくらいですよ」


「あはは。この国の王太子の前でマシだったはさすがに失礼じゃないのか?

 不敬罪だ。だから明日の夜は王宮に顔を出せ。王太后殿下と王妃殿下が君をお待ちだ」

 

「え~っ! こっちに着いてすぐに一応挨拶に伺ったじゃないですか!」

 

「それは留学生としての義務だろう。そうじゃなくて親類としての挨拶だよ」


「生憎ですが、我が家はこちらの王族とは七年前に縁を切らせてもらいましたよね? 

 一切付き合わないと宣言したはずです。まさかお忘れになったわけではないでしょう?」

 

「それは……」

 

 王太子はそう言われて口籠った。 

 

「君がこちらの生活に不満そうだから、王妃殿下や第一王女殿下が何かフォローしたいとお考えになっているのだろう。

 下心なんて本当にないんだ。君のおかげでこの国は再生できた。

 だから感謝の気持ちを示したいとずっと思ってきたんだよ。

 頼むから招待に応じてくれないか。僕達は親類ではなくなっても友人だろう?」

 

 王子は強気の態度から急に下手に出てきた。

 このシルヘスターン王国の王太子は、フランドル公子の再従兄であった。

 年は三つ年上の二十歳だったが、公子と同じ大学二年生だった。それは何も王太子が落第や留年したからではない。

 公子は留学してすぐに学園の卒業レベル試験というものに合格してしまったため、学園には転入する必要がなくなった。

 それ故に大学に入学したのだが、そこでも半年で飛び級したために、アランソワ王太子と同級生になったというわけだ。

 そもそも、自国にいる時も学院に入学する必要などなかったのだ。ただ婚約者と一緒に過ごしたいが為に通っていたに過ぎなかった。

 それなのにこんな国に留学に行けだなんて鬼畜過ぎる。

 しかもその留学理由が、嫉妬心が強過ぎるからそれを鍛え直せと父親に命じられたから、なんていう情けない噂も流れているらしい。


 

 それにしてもだ。七年前の誘拐事件後、ガイヤール公爵家はこの国の王族とは親類関係を絶ったのだ。

 しかし、フランドル公子は個人的にこの国と関わってきてしまった。だからその後始末をするために嫌々やってきたのだ。

 それ故に、諸悪の根源である王族となあなあに付き合うつもりなんて、サラサラなかったのだった。

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