第27章 公子の留学②
学園に入学してから一年半が経った頃、フランドル公子は突然父親からシルヘスターン王国へ留学しろと言われた。
そこで、彼は初めて自分の気持ちを父親へ伝えた。
自分は外交には向かないので将来は国内に目を向けた仕事をしたいと。だから留学するつもりはないと。
すると、ガイヤール公爵は、今さら何を言っているんだという顔をして
「お前には外交は向かない。そんなことは分かり切ったことだろう」
と言った後でまだ何か言いかけたのだが、その時、王城から登城せよという緊急連絡が入り、父は出かけしまった。
そしてそれからなんと三週間が経っても、父親とは会うことができなかった。
ただし、公子が学園にいる時間帯には帰宅していたらしい。
執事とは連絡を取り合っていたようで、フランドル公子の留学の準備は、本人の意思を完全に無視して滞りなく進められてしまった。
その間、フランドル公子は一人で悶々としていた。
自分を外交官にするつもりがないのなら、なぜ留学なんか命じたのだろうと。
(大切な我が子を危険な魔物の森に放り込みたい親なんていないだろう。昔ザンムット公爵はそう言っていたが、そもそもあの父がそんな甘っちょろいことを考えているだろうか。
いつも文官じゃなくて騎士だと人から誤解されるくらい、身体を鍛えまくっている体力お化けだぞ。
僕だって幼い頃からいきなり川に放り込まれたり、暴れ馬に騎乗させられたり、何度も死にかけたんだからな。
つまりこれは、シルヘスターン王国を疎ましく思って避けているくらいなら、自分からやっつけに行け!ということなのかな?)
留学を命じられてからというもの、フランドル公子はそんなことを考えていた。
そして彼の考えが当たっていたと分かったのは、腹立たしいことに、シルヘスターン王国へ出国する二日前だった。
「七年前の事件の最終的な総括をして来い。
子供のくせに生意気にも色々提案したんだ。それが実行されたのかどうか、たとえその責任が取れないとしても、その結果くらいは見届ける義務はあるのではないか?
それをしないとお前だけでなく、ランティスやカーティスの中に居座るモヤモヤも消せないのではないか。
特にカーティスは外交官を目指すなら、シルヘスターン王国のトラウマを解消しなければならない。だから、あいつも連れて行け。
あの二人は繋がっているから、カーティスが立ち直れたらランティスも少しは精神的に楽になるだろう。
ああ、ベティス嬢のことはランティスに任せておけ。心配しなくても、引きこもりはとりあえず治ったし、あいつなら彼女を守れるだろう。
えっ? 心配が違うって? 大丈夫だ。あいつはお前に忠実だから、死んでも裏切るようなことはしない。それに、カーティスがランティスを監視するだろうから安心だろう?
あの二人、便利だな」
「!!!」
父親が自分達の特殊能力に気付いていることにフランドル公子は気付いた。
しかし、そんなことよりも今は、どうしてこんなギリギリになるまで留学目的をきちんと説明しなかったんだと、怒りで真っ赤になった。
目的が分かっていたら、早めにそれに対処する方法を練っていたのに。時間を無駄にしてしまった!
そんな息子に、公爵は涼しい顔でこう言った。
「忙しくてお前と話す時間が取れなかった。悪かったな!」
「母上とはいちゃつく時間があったじゃないですか!」
「愛する妻との時間は何よりも大切だからね。それは削れない」
父親の言葉にソファーの上で脱力して背を丸めた息子を見て、公爵はニヤリと笑ってこう告げた。
「二日後から学院の長期休みだろう?
ベティス嬢と一緒にシルヘスターンへ向かえばいい。十日は一緒にいられるぞ。婚前旅行? 羨ましいな。私だってしたことないぞ」
フランドル公子は勢いよく顔を上げた。そして父親の意地悪そうな顔を見て息子は悟った。
絶対に父親の言葉のような甘い旅行にはならないと。
七年前の事件の総括にベティス嬢の力を借りろ、ということなのだと、彼はすぐに理解したからだった。
それでも、三日に渡る婚約者との汽車の旅はやはり楽しかった。
薄茶色のチリチリ天パーの髪を、婚約者の髪色である薄紫色のリボンを使って編み込み、婚約者の瞳の濃い紫色のワンピースを着たベティス。
彼女はまるで可憐なスミレの花のように可愛らしかった。
それに屋敷以外で眼鏡を外して素顔のままでいる彼女は新鮮だった。もちろんいつもの眼鏡の彼女も可愛いのだが……と公子は心の中で呟いた。
「ずっと汽車に乗ってみたかったんです。うちの領地周辺にはまだ線路は敷かれていないので。
とっても素敵ですね。揺れないし、ゆったりできるし、景色がよく見えるし、風が気持ちいいし。
それに、フラン様と一緒に旅に出られるなんて嬉しいです」
ベティス嬢ははにかみながらそう言った後で、顔を窓の外へ向けて、きゅっと唇を結んだ。そしてこう呟いた。
「でも、帰りは一人なんて寂しいです」
それを聞いたフランドル公子は思わず彼女を抱きしめた。
「僕もだよ。だけど、自分でやらかしたことはきっちり自分で後始末しないと、いつまでも気になって仕方ない。残りカスみたいなのが心の奥に残っていて。だからそれを全部吐き出してくるよ」
「わかっています。ですからどうか私にもそれを手伝わせて下さい。貴方のために何か一つでもお役に立ちたいのです。
婚約してからというもの、私はいつも貴方に守ってもらってばかりいるから」
「それはお互い様だ。君がいなかったら、魔女達に纏わりつかれて、今頃どうなっていたかわからないよ。
それに君を守ることは僕の役目だからね、それは誰にも渡さないよ」
「でも……あちらの大学を卒業するまで帰国できないのでしょう?」
あと五年近くも離れ離れになることを想像して、気が変になりそうだとベティス嬢は思った。恩人であるガイヤール公爵を恨みそうになった。
婚約者が浮気をするとは露ほども考えてはいないが、それでも数多の美しいご令嬢に纏わりつかれている姿が容易に想像できる。
しかも、以前とは違って今は、昔は安全圏だった妙齢な既婚者の女性まで、彼を追いかけ回す気がしてならない。全くもって心配だ。
フランドル公子の留学の話を知った時、ベティス嬢は自分も一緒に留学したいと思った。
国費留学生の選定試験ならパスする自信があったから、今年は間に合わないけれど、来年はそれを受けたいと。
しかし、国費留学生の枠は三枠。既にカーティス令息とララーティーナ嬢の留学が予定されていたため、それは無理だということがわかった。
そうなると自費となるが、これから弟達も学院に入るのだからお金がかかる。我がモンターレ子爵家にそんな余裕はないと、彼女は諦めるしかなかった。
ベティス嬢はついつい自分の目の力を使えばお金を稼げるのでは、なんて考えてしまった。
しかし、もし問題を起こしてしまったら子爵家だけでなくガイヤール公爵家にまで迷惑をかけてしまう。泣く泣く彼女は留学を思い留まったのだった。




