第2章 国王の結婚(親世代の過去回想)
引く手数多だった大国の王女が、わざわざこの小国に嫁いできたのは、偏に当時のコーギラス王国の王太子が絶世の美男子だったからだ。
「美の女神に愛されている私は、やはり同じく美の女神に愛されている貴方としか釣り合わないと思いますわ」
兄の皇太子の結婚式に来賓としてやってきた隣国のクライフト王太子を見た瞬間、皇女は彼に一目惚れをしてその場でプロポーズをしたのだ。
もちろん、クライフト王太子は考える間もなく即断った。なぜなら、彼には心に思う女性がいたからだ。もっとも身分違いで結ばれぬ相手ではあったが。
それにそもそも皇女が満足する美を、自分の国で与え続けることなんて到底不可能。それが明明白白だったからだ。
ところが、娘を溺愛する隣国の皇帝は、膨大な持参金を持たせるし、その後も援助するから心配ないと確約をして強引に婚約を迫ったのだ。
クライフト王太子はたとえどんなに美人であろうと、全く好みではなかったし、頭の緩い皇女を妻にするなんて全く気が進まなかった。
理不尽だと思った。しかし、結局大国には逆らえなかったというわけだ。
とは言え、根が真面目な王太子は他に側妃を娶ることもなく、妻を大切にして彼女との間に二男一女をもうけた。
しかし、早々に国王となり、三人目の末っ子王女が生まれた時点で、クライフト国王はこの王妃に完全に見切りをつけた。
結婚当初から、妻は飾り物だと割り切って、子供さえ産んでくれればいいと思っていた。
彼は学院時代から優秀なブレーンで周りを固めていた。
しかも、その彼らを特に頼りになる優秀な宰相が臣下をまとめてくれていたので、妃などお飾りでも構わなかったからだ。
そうは言いっても、妻の子育てにはさすがに目に余るものがあった。
見目が自分に瓜二つの第一王子だけを溺愛し、後宮に囲い込んで、この国の王家の教育方針に従おうとしなかったからだ。
当然国王は王子を王妃から引き離そうとした。ところが妻が我が子を奪われると隣国の皇帝である父親に泣きついたのだ。
すると娘に盲目な愚かな皇帝が、国境に軍を派遣して脅しをかけてきた。
このことをきっかけに国王は、妻である王妃に対する情を完全に捨て去ったのだ。
王妃でありながら、この国を危険にさらすような人間は売国奴、裏切り者だ。許せないと。
王妃は第一王子を溺愛していたが、二つ年下の第二王子やさらに二つ年下の第一王女には全く関心を示さなかった。
そのわけは下の二人が両親ではなく、前国王である祖父によく似て地味な顔立ちをしている、ただそれだけの理由だった。
「私に似なくてもせめて王太后様に似ていたなら、国王陛下のようにお美しかったでしょうに」
賢王と国内外にもその名を轟かしていた父親を尊敬し敬愛していた国王は、妻のこの発言に激怒し、その日を境に床を共にすることはなくなった。
そして、妻が自国から連れて来た若くて美しい従者や護衛を寝室へ連れ込んでもそれを黙認した。
ただし、密かに妻の食事に避妊薬というより、そもそも子の出来なくなる薬を混入させ続けた。
彼女は王妃になっても、相変わらず大国の皇女様気分から抜けられず、美しくてそれなりに身分ある者ならば、閨を共にする相手など誰でもよかった。人間性など気にもしなかった。
誰もが自分を愛し尽くすものだと信じて疑わなかった。だから、相手をした男の名を知る必要などなかったのだ。
彼女は王妃としての必要最低限な危機管理能力さえ持っていなかった。自分の世話をしている侍女やメイドや侍従、護衛騎士の半分が国王に忠心を誓う者達だったことにも気付いていなかった。
だからそんな彼らに関係を求めた時、自分が酒と薬を飲まされて、酩酊状態にされていたことにも気付けなかった。
国王派の彼らが王妃と関係を持つなど、いくら任務とはいえ従えるわけがなかった。
というより生理的に無理だった。もちろん、酒と薬の使用は国王に許可されていたのだ。
国王は三人の子供達を等しく愛していた。それ故に、第一王子のこともどうにかして立派な後継者にしようと、陰からできるだけサポートをし続けた。
しかし、この王子は容姿だけでなく、本来の資質というか性質まで母親に似ていた。
そのせいで、第一王子が将来国王になったらこの国も終わりだ。と、いつしか密やかに囁かれるようになっていった。
ただ愚かなだけなら、まだ傀儡の王にしてしまえばいい。
しかし、周りの意見にも耳を貸さず、耽美主義を国政にまで持ち込むようになったら国は機能しなくなる。
その上浪費ばかりされたのでは、国庫はすぐに空になってしまう。いつまでも隣国の国王に補填してもらえるわけではないのだから。




