第16章
ベティス嬢は、フランドル公子を初めて会った時、周りにいる男の子達とは違う、落ち着きのあるその上品な態度にまず目を見張った。
しかも、初めて女の子扱いをされて戸惑った。
公子の醸し出す雰囲気は、他の子達とは全く違っていた。やはり王族の血の入った方は別格なんだなと素直に思った。
しかし、彼女が彼に惹かれたのは、彼女の話をニコニコしながら聞いてくれたことだった。
それまで彼女を話を最後まで聞いてくれたのは、両親だけだったからだ。
(女のくせに頭の良さを見せびらかすなんて、下品だし生意気だし浅ましい。
お前の母親も頭は良かったが控えめだった。わざわざ人前で物知り顔などしなかったぞ。
それにしても、跡取りでもないのにこんな娘あんなに教師を雇うなんて、あいつらは一体何を考えているんだ。
ますます頭でっかちになって、嫁にもらってくれるところがなくなるじゃないか!)
祖父母でさえ心の中ではこんなことを考えていたのだ。実際には母に気兼ねして「おしゃべりはほどほどにね」とにこやかに口にしてはいたけれど。
母親は国王陛下や公爵を始めとする高位貴族の方々からの信頼が厚かった。そんな自分の娘を誇りにしていた。
しかしそれと同時に娘に気を使わねばならないことに内心忸怩たる思いがあったのだろう。
それ故に、孫達のことを見下すことでその溜飲を下げようとしていたのだろう。
(孫達は、揃いも揃って父親似だ。たしかに見目はいいのかもしれんが、頭の方は娘に似なかったのだろう。あんなに家庭教師を雇うくらいだから。
我がモンターレ子爵家の血が濃ければ、無駄な金など使わずに済むだろうに。婿選びに失敗したな)
(いやいや、モンターレ子爵家の血が濃いから炯眼と魔眼持ちになったんだよ)
そうベティス嬢は言ってやりたかったが、それを口にすることはできなかった。
「貴女の目のことは誰にも話してはだめよ。お父様とお母様と貴女の三人だけの秘密よ」
と言われていたからだ。
信じられないことだったが、祖父母は娘のクーチェが炯眼持ちだということに未だ気づいていなかったのだ。
クーチェ夫人は十三歳の時、屋敷の書棚の奥にに仕舞われていたモンターレ一族の歴史書を見つけた。その本で初めて自分の力のことを知ったのだ。
人の頭の中がわかるということは、見たくもないその人の裏側が見えてしまうので、精神的にかなり辛い。
しかも、それが本当のことなのか、それとも、自分が勝手に妄想したものか、その判断ができなくてずっと辛かったのだ。
自分の頭は変のかもしれないと不安になったが、それを誰にも言えずに苦しんでいた。
だからこそ、その本を見つけた時は心底嬉しかった。そして正直両親を恨んだのだ。
本来ならば家の歴史書は当主になった者がきちんと目を通し、学んで、それを後継者に伝えるべきものだったのだから。
親がきちんと対処してくれていたら、自分はこんなにも苦労しなくて済んだのに。
今からでもその本を読んでもらわなくては!と一瞬考えたが、すぐにその考えを改めた。
あの両親にこの本を手渡してもきっと読まないだろうし、たとえ読んでも内容を理解することはできないだろうと。
その挙句、異端な者を見るような目を自分に向けるに違いない。そう判断したクーチェは、結局両親に自分の能力について伝えることはしなかった。
そして、その本の側に一緒に置いてあった眼鏡を掛けることで、両親を含む周囲の人々の頭の中を見なくて済むようにしていたのだった。
こんな養育環境で育ったため、クーチェ=モンターレ子爵夫人は、実の両親を特別嫌っていたわけではなかったが、信頼もしていなかった。
だから娘のベティス嬢の能力のことも両親には教えなかったのだ。
そのことを母親から聞かされた時、ベティス嬢は初めて自分がいかに恵まれていたのかということに気が付いたのだ。
母親は自分よりもずっと苦労してきたのだ。両親にさえ相談できず、自分の力だけで対処してきたのだから。どれほど孤独で不安で恐ろしかったことだろう。
そして十二歳のあの日、ベティス嬢は両親以外の人から初めて、自分の生き辛さに気付いてもらえたのだ。
一緒に暮らしている祖父母や弟達、乳母、メイド、執事にさえ気付かれていなかったというのに。




