第13章
第13章
ララーティーナ公女の疑問に対し、ベティス嬢も珍しく戸惑った様子でこう答えた。
「彼女の思い人が誰なのか、それはわからないわ。でもね、彼女、この前のシルヘスターン語のテストで満点だったのよ」
それを聞いた公女は再び瞠目した。
「彼女の本命はフランドル様だってこと?」
「多分。それに過去形じゃなくて進行形ってことだと思うわ。シルヘスターン語の学習に力を入れているってことは」
「なるほど。彼女も留学を考えているのかしら?」
「この国からの国費留学生は三名まででしょう?
今留学中のフランドル様と彼の従兄弟のカーティス様。そして間もなく貴女もシルヘスターン王国へ行く予定でしょ。
我が家同様それほど裕福ではない彼女が、自費で留学するってことはさすがにないと思うわ。けれど、好きな人との共通点が欲しいってことなのかしらね」
「そんな健気な女性にはとても思えないわ。何か企んでいるのよ、きっと。
私までいなくなっても大丈夫?」
心配そうな顔でララーティーナ公女がそう訊ねた。するとベティス嬢はいつも調子で大丈夫よと微笑んだ。
彼女は、マリーベル嬢の本命が自分の婚約者だと分かっていた。そして、彼と結婚して留学先へ行こうと考えていることも。
しかし、彼があのご令嬢に靡くなんてことはあり得ないと信じていたし、そもそもそんなことは絶対に許さないと思っていた。
「知っての通り案外私は逃げ足が速いから。
そんなことより、あの方のいない自由を思い切り楽しんできてね。
もちろん勉強も大切だけど」
そう言った。
ララーティーナ公女は、今年度で卒業単位を全て修得予定だった。そのため、最終学年をフランドル公子と同じ隣国の学園で過ごすことになっていたのだ。
芸術の国として有名なシルヘスターン王国だが、近頃『女性学』という隠語で呼ばれている社会学の研究が注目になっていて、それを学ぶために彼女は留学するのだ。
「ええ、分かっているわ。これが私の最初で最後の自分だけの時間になると思うから。
ついでに、貴女の婚約者に悪い虫がまとわりつかないように牽制してあげるからね」
幼なじみの婚約者の心配はしても、自分の婚約者が何をしようと全く気にならない公女だった。
✽✽✽✽✽
そして、シルヘスターン王国に先に留学していたフランドル公子の様子が今どうしているかおいうと……
婚約者のベティス嬢と引き離されてシルヘスターン王国へ留学させられた当初、フランドル公子はかなり荒れていた。
幼い頃から彼は、外交を主な仕事としていた父親に連れられてあちらこちらの国を訪れていた。
そのために他国へ行っても、生活そのものに困ることはなかった。近隣諸国の言葉は既に大方身に付けていたし。
特にシルヘスターン王国は母方の祖母の母国ということで、幼い頃からその国の言葉を学ばされていたので、読み書きは母国語並みに達者だった。
しかし、愛する婚約者であるベティス嬢が傍にいない生活に堪えられなかった。
十二歳から四年近くも彼女とは一緒の屋敷に住んでいたのだ。学院に入学後は子爵家のタウンハウスに戻ってしまったが、それでも学院内ではずっと一緒だった。
そして週末は、それこそ二人で公爵家の後継者教育を共に学んだり、たまにはデートを楽しんだりしていた。
それなのに、大学を卒業するまでこちらにいなければならないなんて信じられなかった。
父親からは勉強というより人間として成長しろと命じられた。ベティス嬢と離れても平気でいられるようになるまで戻って来るなと。
つまり、婚約者に依存していると思われているのだろう。そうじゃないのに、とフランドル公子は苦々しく思っていた。




