第12章 第一王子の策略(子世代の過去回想)
マリーベル嬢の話を聞いた王子は正直驚いた。この女はちゃんと自分の立場を弁えていると。
そして、まさか自分が彼女から二番目だと思われているとは露知らず、似たような美意識を持つマリーベル嬢を気に入ってしまった。この令嬢は自分と同類だと。
だから王子はこう言った。
「あいつは近くシルヘスターン王国へ留学する。おそらくあちらの大学へ進むだろうから、帰国するにはかなり時間を有するだろう。それでも君は彼を待つつもりか?」
マリーベル嬢は瞠目した。
(大学卒業するまで戻らない? 一体後何年かかるのよ! それじゃあ適齢期を過ぎてしまうわ。冗談じゃないわ)
でも、そこでふと彼女は気が付いた。帰国を待っていたら適齢期を過ぎるのはあの『眼鏡』だって同じじゃないかと。
「モンターレ子爵令嬢はどうなさるのですか? 帰国が遅いとあの方だってお困りになるでしょうに」
「困らないよ。だって彼女は官吏になって城勤めをする予定だから。働きながら待つんだろうさ」
「そんな。信じられませんわ。未来の公爵夫人が城勤めをするなんて」
「全くだよ。それに少しばかり頭が良くても、あの容姿の令嬢が身内になると思うと寒気がするよ。
ねぇ。君が望むなら、私がフランドルとの縁を結んでやってもいいよ。君の方が彼の妻に相応しいと思うし」
王子がニタニタしながら、マリーベルの耳元でこう囁いた。
「でも、大学を卒業をするまでこちらには戻らないのでしょう? さすがにそれまでは待ってはいられませんわ」
「それまで待つ必要はないさ。卒業式でモンターレ子爵令嬢との婚約を私が解消してやるよ。そして彼女の代わりに君が婚約者になればいい。
そして、大学卒業まで結婚を待てないというなら、学生結婚でもなんでもすればいいんじゃないか?」
王子のこの言葉にマリーベルの瞳は燦然と輝き出した。留学と聞いて一瞬消えかかった夢が、それ以前よりはっきり形になって見えてきたのだから。
その後彼女はシルヘスターン語の勉強を始めた。それは、学生結婚をして自分も隣国へ行くつもりだったからだ。
しかし、世の中そうそう甘い話などはない。王子の口から続けられた言葉に、彼女は現実を突きつけられたのだった。
「だから、学院を卒業するまでは私と親しい友人として付き合おうじゃないか。美についてとことん君と語り合いたんだよ。私達はきっと相性がいいと思うよ。色々な意味で……」
やがて、第一王子とマリーベル伯爵令嬢が親しい仲になったという噂が学院のあちこちで聞かれるようになった。
あまりにも堂々としているので、周りの人間も一様に困った顔をしていた。
フランドル=ガイヤール公子がいてくれれば、はっきりと注意してくれたのだろうが、彼は留学していまい、第一王子に強くものが言える人間は婚約者くらいしかいなかった。
もちろん側近候補の友人達も、少し距離が近いのではないかとそれとなく注意をしていたのだが、彼女はただの友人だと、王子は気にも留めなかった。しかも
「彼女とは価値観が似ているせいか、話がよく合って楽しいんだよ。誰かさんとは違ってね」
と婚約者が聞こえるように当てこすりを言う始末。昼休みも放課後も一緒に過ごしすようになった。
その上イベントに出席するときも、婚約者のララーティーナ公女をエスコートするのは入場するときだけだった。
その後は彼女に見せびらかすようにマリーベル嬢と共に過ごすようになった。
「もう少しご自分の立場をお考えになった方がよろしいのではないですか?
婚約者がいる身で別の女性をお側に置くのは、風紀を乱します」
実際のところ彼女は、シャルール王子が浮気をしようと一向気にならないのだが、時々はこう注意はしていた。
婚約者なのに注意もしないでいると、浮気をされたり蔑ろにされてもじっと堪えているだけの情けない女だと見なされ、令嬢としての評価が下がり、周りにも示しがつかなくなる。
そこで仕方なく、面倒だったが彼に注意をしていたのだ。すると王子はその度に嬉しそうにニヤついた。
「嫉妬か? ティーナ。
だが、お門違いだ。私とマリーベル嬢は単なる友人同士だ。とても気が合うのだ」
(嫉妬? ふざけないで。今さら貴方が誰と浮気しようと気にもしないわ。むしろそれで婚約破棄したいくらいだわ。
だけど、一応長年の付き合いがあるから、貴方の不利益にならないように忠告してあげたというのに。もう、好きにすればいいわ)
ララーティーナ公女は心の中でこんなことを思いながら、扇子で口元を隠し、
「さようですか。無粋なことを申し上げてすみませんでした」
そう言うと、悲しげな顔をしてその場を離れ、幼なじみの元へ向かった。このイライラを聞いてもらわくちゃと。
「ようやく本命ができたみたいね。今度は伯爵令嬢だし、かなりの美人だし、いいんじゃない? これまでの下位貴族のご令嬢方よりもずっと」
ララーティーナ公女がこう言うと、瓶底眼鏡をかけた幼なじみの子爵令嬢が、その眼鏡を少しずらして裸眼で彼らを見た。そしてこう言った。
「でも、二人とも本気で好きってわけでもなさそうだけど。殿下は相変わらず貴女の関心を引きたいだけじゃないかしら?
それにマリーベル様は別に思う方がいるみたいだし」
「本気じゃない? だってあの二人は既に一線を越えているわよ。我が家の影が言っていたもの。
それに、マリーベル嬢の本命って誰? 彼女が殿下以外の人と付き合っているようには見えないんだけれど。
まあ、たしかに以前は周りにたくさんご令息達を侍らしていたけれど、今回はてっきり本気なのかと思っていたわ」
ララーティーナ公女は本気で驚きながらそう呟いたのだった。




