第11章 愚かな者達
四人組は、将来ガイヤール公爵夫人になるベティス嬢に怪我させたという理由で停学になり、彼らの入学当初の人生計画は大幅に変更されることとなった。
それを目の当たりした者達は、むやみにベティス嬢に近付く者はいなくなった。
「本当は退学になるところを、ベティス嬢が口添えしてくれたおかげで、休学で済んだらしいよ」
「でも、出世はもう期待できないよな。ガイヤール公爵家に目をつけられてしまったんだから」
「そもそも、ベティス嬢自身も国王陛下や高官の方々にも期待されているって話だぞ。
陛下を始め上層部の方々は実力主義主義だから、昔のような身分はそれほど気にされていないからな。
そんな優秀なご令嬢を傷付けたんだから、あいつらはたとえ官僚試験に合格したって、地方に飛ばされるに決まっているよ。
それに良縁も難しいだろう。まあ、自業自得だけどさ」
その後学院に復帰した彼らを見て、皆はこんな会話をしていた。
そして新学年になると、在校生は新入生にこの学院の注意点として一番最初にこう教えた。
「ベティス嬢には決して余計な関心を持つな! 近づくな! 噂をするな!
彼女の悪口を言ったり、言い寄ったりするのは自殺行為だ! それを肝に銘じろ!」
と。
仲間達の心配通り、その事件後、フランドル公子の警戒態勢は案の定厳しくなったからだ。
もっとも、そんな息子のことを憂慮したガイヤール公爵によって、フランドル公子は二年生の途中で、突然隣国へ留学させられてしまったのだが。
将来外交を担うための勉強というのが建前だったが、そんなものは本来息子には不要だと公爵には分かっていたはずなのに。
あまりにも彼の嫉妬心が強いため、揉め事を起こさないように学院を追い払われたのではないかと、巷では囁かれた。
「もっと自分を磨いて、いちいち嫉妬しなくてもよいくらいの男になれ!」
と父親に喝を入れられたとか、入れられなかったとか。
フランドル公子は隣国へ留学してしまった。それ故に、実際のところすぐに報復をされることはなかったのだが、それでもベティス嬢には誰も近付かなくなった。
後になってベティス嬢に対して何かしたことが公子にわかったら恐ろしい、と在校生は皆そう思ったのだった。
彼女の側にはまだララーティーナ公女や、新たにお目付け役になったと思われる、公子の従兄弟のランティスが目を光らせていたからだった。
ところが在校生でありながら、その注意事項をまるで理解していない者が二名いたのだ。それが、第一王子シャルールと、とある伯爵家のマリーベル令嬢だった。
口煩い従兄弟で側近のフランドル公子が留学していなくなると、第一王子はますます好き勝手をするようになっていた。
美しいご令嬢を見ると手当たり次第声をかけ、手を出すようになったのだ。
勿論いくら見目麗しい王太子だからといって、婚約者のいる人間の誘いに簡単に乗る者はそれほど多くはなかった。
婚約者がまだおらず、断りにくくていやいやそれに応じる者達はいたが。
ただし、下位貴族のご令嬢の中には現実の厳しさをあまりよく知らず、家のためにと近付こうとする者や、王子様の恋人になりたいと本気で狙っている、夢見がちな恋愛脳の子もいた。
もしかしたら、伯爵家のマリーベル令嬢などはこれに該当するのかもしれない。そんなふうにララーティーナ公女は考えていた。
たしかに学園に入学する以前のマリーベル令嬢は、公女の想像していたようなご令嬢だった。
一応高位貴族の令嬢だったし、ピンク頭に水色の瞳をした可憐な美少女だったので、幼い頃から周りからちやほやされて育った。
そして家族や親類だけでなく、ホームパーティーに参加すれば、ご令息だけでなく多くの男性から人気が高かった。
だから彼女は勘違いをしたのだ。男性は皆自分のことを好きなのよと。
ところが学院に入学してみると、彼女に一切興味を示さないどころか、完全無視する男性がいたのだ。それがフランドル=ガイヤール公爵令息だった。
彼の目はいつだって婚約者に向けられていた。マリーベル令嬢はそれが信じられなかったし、腹立たしかった。
「あんな醜女のどこがいいのかしら? あの方は少し変だわ。この美しい私に見向きもしないし」
ある日、中庭で婚約者と楽しげに話をしている公子を見つめながら、マリーベル嬢が思わずこう口にした。
それをたまたま耳にしたシャルール第一王子は、ニヤリと笑った。自分と同じことを考えているやつがいたと。
本当は他の人間も大方そう思っていたが、公子や彼の仲間達に目を付けられたくて、黙っていただけなのだが。
「君の言う通りだよ。あいつは変だ。美しさの価値がわかっていない。
あんなやつより、君の美しさがわかる私の方が君に相応しいのではないか?」
王太子がこう言うと、意外なことに彼女は喜ぶどころか、冷めた目で彼を見つめながらこう言った。
「殿下とはお付き合いできません。殿下にはララーティーナ公女がおられますから。
いくら私でも、公女様と張り合うつもりはありませんわ」
ある種彼女も耽美主義者のようなものだったので、ララーティーナ公女の美しさは認めていた。悔しいけれど彼女には敵わないと分かっていた。
しかしだからといって、誰かの二番手になるつもりはなかったのだ。
そして自分自身は一番ではないという自覚があるのに、自分は最も美しい人間が好きだし、そんな人物に愛される価値があるのだと、そんなご都合主義な考えをしていた。
つまり、フランドル=ガイヤール公子に相応しいのは自分だとそう自負していたのだった。




