表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
41/43

第41話:神獣の寝室と、世界の夜明け

精霊たちによって開かれた、光の道。

その先は、僕たちの想像を、遥かに超えた、荘厳な空間へと続いていた。


そこは、地底に存在するとは思えないほど、広大なドーム状の大空洞だった。天井には、無数の光る水晶が、本物の星々のように瞬き、柔らかな光で、この聖域の最深部を照らしている。空気は、もはや魔力という言葉では表せない。それは、生命の根源そのものとも言うべき、純粋なエネルギーの海だった。


そして、その空間の中央。

静かな湖があった。水ではなく、まるで溶かした月光のような、乳白色の光の液体が、その湖を満たしている。

湖の中心から、天に向かって、静かに、そして雄大に、そびえ立っているものがいた。


――それこそが、森の神獣、アルクス・シルヴァ。


それは、僕が知る、どんな生物のカテゴリーにも当てはまらなかった。

小山ほどの大きさを持つ、巨大な鹿のようでもあり、あるいは、古の竜のようでもあった。その体は、生きている苔と、数千年の時を刻んだ古木でできており、その背中からは、森そのものが、垂直に生えているかのようだった。

頭部から伸びる巨大な枝角は、それ自体が一本の巨木であり、その枝々には、一年中の花が咲き乱れ、黄金色の果実が実っている。そして、その首筋からは、光の滝が、絶え間なく、下の湖へと流れ落ちていた。

その巨大な瞳は、固く閉じられている。僕たちが、森に入ってからずっと感じていた、あの、ゆっくりとした、大地の鼓動。その震源は、間違いなく、この、眠れる神獣だった。


僕たちは、その、あまりにも神々しく、あまりにも圧倒的な存在を前に、ただ、息を呑んで立ち尽くすことしかできなかった。


僕たちが、光の湖の畔まで、静かに歩を進めた、その時。

アルクス・シルヴァの、森のように深い睫毛が、ピクリと震えた。

そして、数百年、あるいは、数千年の時を経て、その黄金色の瞳が、ゆっくりと、開かれていく。

その瞳は、ただの目ではなかった。それは、溶かした太陽そのもの。この世界の創生から、全てを見てきたかのような、どこまでも深く、どこまでも優しい、慈愛に満ちた光が、僕たちを、静かに照らした。


次の瞬間、僕たちの頭の中に、直接、声が響き渡った。

それは、男の声でも、女の声でもない。風の音、木の葉のざわめき、岩の囁き、水のせせらぎ。森羅万象の全ての音が、一つのハーモニーとなって、僕たちに語りかけてくる。


『……誰だ……? 我が、長き夢の眠りを、揺り起こすのは……』

『……世界が、変わったか。傷つき、そして、新たな生命の歌に、満ちておる……』


アルクス・シルヴァの、巨大な黄金の瞳が、僕を、捉えた。

『…汝か。汝の魂か。久しく聞かなかった、創造の歌を、奏でるのは。だが、その音色は、この世界の理とは、少しだけ違う。星の子よ。汝は、何者だ…?』


「星の子」。転生者である僕の本質を、この神獣は、一目で見抜いたのだ。

僕は、恐怖よりも、むしろ、懐かしさにも似た、不思議な安らぎを感じていた。

僕は、一歩前へ出ると、精霊たちと対話した時と同じように、僕の意思を、創成魔法の波に乗せて、彼へと送った。


僕はこの世界の者ではないこと。

僕が、死んだ土地を再生させたこと。そして、その時の力が、意図せず、彼の眠りを妨げてしまったであろうこと。

僕は、ありのままの事実を、偽りなく、彼に伝えた。


僕の想いを受け取ったアルクス・シルヴァは、ゆっくりと、その巨大な頭を動かした。

『…そうか。我は、眠っていたのか。世界の魔力が枯渇し、大地がその力を失っていくのを、ただ、見ていることしかできなかった故に…。我が目覚めは、世界の命を、さらに吸い尽くすことになると、信じて…』


神獣は、語ってくれた。

彼は、数世紀前、増えすぎた人間たちが引き起こす、戦争や、自然破壊によって、世界の魔力マナの総量が、急速に減少していくのを感じ取った。このまま自分が活動を続ければ、大地に残された、最後の生命力すらも吸い尽くしてしまう。そう判断した彼は、世界を守るために、自ら、仮死状態に近い、深い眠りについたのだ、と。


『…だが、汝の力は、枯れた大地に、新たな命の奔流を呼び覚ました。その奔流は、眠っていた我を、無理やり、目覚めさせてしまった。感謝するぞ、星の子よ。だが…』


神獣の声に、わずかな、苦痛の色が混じる。

『…早すぎたのだ。我が魂は、まだ、この新しい世界の魔力に、馴染んでおらぬ。我が力は、不安定。もし、このまま、完全に覚醒すれば、我が力の暴走は、祝福ではなく、生命の氾濫という、新たな厄災を、この地に、もたらすやもしれん…』


予言は、正しかったのだ。

僕の、善意の行いが、この世界に、新たな危機を呼び覚まそうとしていた。


だが、僕は、絶望しなかった。

僕の目には、その問題の、明確な解決策が見えていたからだ。

「…分かりました。それは、エンジンを再起動する時の、チューニングが、ずれているようなものですね」

僕の、あまりにも現代的な例えに、神獣の思念が、わずかに戸惑ったのが分かった。


僕は、仲間たちを振り返った。

「リナさん、セレスティーナさん、ライラさん。力を貸してください」


僕は、三人に、それぞれの役割を告げる。

セレスティーナには、この聖域全体の魔力が安定するように、広範囲の浄化結界を。

リナには、万が一、魔力が暴走して、物理的な破壊現象が起きた場合に、それを斬り伏せるための、絶対的な護衛を。

ライラには、ゲイルと共に、この森の小さな精霊たちに語りかけ、彼らの力を、僕の元へと集める、補助役を。


そして、僕は、靴を脱ぎ、光の湖へと、静かに足を踏み入れた。

温かい光の液体が、心地よく、僕の体を包む。

僕は、アルクス・シルヴァの、巨大な、木の根のような御足の元へとたどり着くと、その幹に、そっと、両手を触れた。


「アルクス・シルヴァ。僕は、あなたを支配するんじゃない。あなたと、この世界の、調律チューニングを手伝います。僕の魔法を、信じて」


僕は、創成魔法の全てを、解放した。

僕の役割は、仲介者アダプター

僕が再生させた、若く、荒々しい、大地の魔力。それを、一度、僕の体を通して、受け止める。そして、僕の魂の中で、その魔力を、神獣が受け入れやすい、穏やかで、調和の取れたエネルギーへと、変換する。そして、変換した純粋な生命エネルギーを、僕の手を通じて、神獣の魂へと、そっと、流し込んでいく。


僕と、神獣が、一本の光の奔流で、結ばれた。

洞窟全体が、太陽が生まれたかのような、まばゆい、しかし、どこまでも温かい、黄金の光に満たされる。

神獣の体から、苦痛の気配が消え、その代わりに、歓喜の波動が、聖域全体に広がっていく。


やがて、光が収まった時。

アルクス・シルヴァは、完全に、その力を取り戻していた。その黄金の瞳は、以前よりも、遥かに力強く、そして、僕への、絶対的な信頼と、感謝の念を、湛えていた。


『…ありがとう、星の子よ。いや…カイ、と、言ったか。汝は、我を目覚めさせただけでなく、我を、癒し、そして、この新しい世界の歌と、我らが魂を、調和させてくれた』


神獣の、荘厳な声が響き渡る。


『我は、アルクス・シルヴァ。この聖域の守護者。そして、汝は…この聖域の、新しい主だ。いや、あるいは、友、と呼ぶべきか。この森は、今日より、汝の庭だ。そして、我は、汝が愛する街、フロンティアを、我が同胞として、永遠に、見守ることを誓おう』


僕の、ささやかな好奇心から始まった冒険は、僕の街に、神という、最強の守護者を与えるという、とんでもない結果をもたらした。


僕は、完全に目覚めた、荘厳な神獣を見上げながら、その計り知れない存在感に、圧倒されていた。


(すごいな…。これが、この世界の、本当の力。僕の創成魔法なんて、この大自然の営みに比べれば、まだまだ、ちっぽけなものかもしれないな)


そして、僕は、いつもの僕に戻る。


(…さて、と。そろそろ家に帰って、トマトの様子を、見に行かないと)


僕の、フロンティアでのスローライフは、どうやら、神様を隣人にするという、新しいステージへと、突入してしまったようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ