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第4話:フロンティアの風

『紅蓮の剣閃』を追放されてから、三週間が過ぎた。

僕の旅は、驚くほど順調だった。いや、順調という言葉ですら生ぬるい。それは、快適そのものだった。


昼間は街道を歩き、日が暮れれば森に入って野営する。雨が降れば、創成魔法で巨大な木の葉を編み上げて即席の傘を作り、風が強ければ、地面を窪ませて風除けのシェルターを構築した。食事は、前世の記憶を頼りに、毎日違うメニューを試した。白米に似た穀物を創り出し、道端で摘んだ香草と塩で味付けしたおにぎり。鳥の魔物を狩って、完璧な火加減でローストしたジューシーな肉。夜は、ふかふかの苔ベッドで満点の星空を眺めながら眠りにつく。


かつてパーティにいた頃、僕の魔法は常に「誰かのため」のものだった。装備の修復、ポーションの精製、快適な野営地の設営。それらは全て、仲間たちが最高のパフォーマンスを発揮するための「作業」であり「義務」だった。

だが今は違う。この力は、僕が生きるため、僕が楽しむためにある。

創成魔法を、初めて自分のためだけに使っている。その事実は、僕の心に静かだが確かな充足感を与えてくれた。追放された当初の怒りや絶望は、フロンティアへと続くこの穏やかな道中で、少しずつ癒されていった。


旅を始めて四週目に入った頃、僕は街道の脇で立ち往生している一台の馬車を発見した。車輪の軸が、根本から無残に折れてしまっている。荷台にはたくさんの樽が積まれ、恰幅のいい商人が頭を抱えていた。


「ああ、なんてこった…! これじゃあ街まで動かせねえ。荷物が腐っちまう…」


見るからに困っている様子に、僕は思わず声をかけた。

「何か、お困りですか?」

「おお、旅の方か。見ての通りさ。車軸がポッキリだ。この辺りにゃ修理できる鍛冶屋もねえし、万事休すだよ」


商人はバルドと名乗った。彼は、フロンティアの街へ酒を運ぶ途中だったらしい。

僕は折れた車軸を一瞥した。木製だ。これなら、僕にも直せるかもしれない。

「もしよろしければ、僕が修理してみましょうか?」

「あんたが? 見たところ、冒険者のようだが…大工仕事でもできるのかい?」

「ええ、まあ、少しだけ。うまくいくか分かりませんが」


バルドさんは半信半疑だったが、他に頼るあてもないのだろう、僕に任せてみることにしたようだ。

僕は近くの森から、適当な太さの硬い木を一本運び出した。そして、その木材にそっと両手を触れる。

創成魔法を発動。脳裏に描くのは、完璧な円柱と、寸分の狂いもない接合部の形状。

僕の手の中で、木材が粘土のように形を変え始めた。ゴリゴリと削る音も、木屑も一切出ない。ただ、僕のイメージ通りに、木が自らあるべき形へと変形していく。表面は鏡のように滑らかになり、内部の繊維はより強固に、密に再構築される。さらに、木の油分を調整し、自己潤滑性と高い耐久性を持たせるイメージを付与した。


ほんの数分後、僕の手には新品以上の輝きと強度を持つ車軸が完成していた。


「…できた、と思います」

「なっ…!?」


バルドさんは、僕が差し出した車軸を見て、自分の目を疑うように瞬きを繰り返した。彼はそれを受け取ると、指で撫で、叩き、その完璧な仕上がりに絶句している。

僕は馬車の下に潜り込み、古い車軸の残骸を取り外し、新しい車軸を設置した。まるで元からそこにあったかのように、ピタリと収まる。


「す、すごい…! あんた、一体何者だ!? 神の手を持つと言われた伝説の職人でも、こんな芸当はできねえぞ!」

「いえ、そんな大したことじゃ…。ただ、手先が少し器用なだけです」


僕の謙遜は、バルドさんには嫌味にしか聞こえなかったかもしれない。彼は大興奮で僕に礼を言い、報酬として金貨を差し出してきた。


「このご恩は金貨一枚じゃ足りねえが、今はこれしか持ち合わせが…!」

「いえいえ、そんな大金は受け取れません。困っている人を助けただけですから。それじゃあ」


僕は固辞して、その場を去ろうとした。僕にとって、これは大した労働ではなかったし、むしろ自分の魔法が人の役に立ったことが少し嬉しかったのだ。


「ま、待ってくれ、若いの! せめて名前だけでも!」

「カイ、と申します」

「カイ…! 覚えたぜ! 俺はバルドだ! フロンティアの街で酒場をやってる! もし街に来ることがあったら、必ず寄ってくれ! 最高の酒と料理を一生タダでご馳走させてくれ!」


人の良さそうなバルドさんの言葉に笑みを返し、僕は再び歩き始めた。

あの時、僕の創成魔法が「職人技」に見えることに、僕は一つの可能性を感じていた。フロンティアでは、この力を隠す必要はないかもしれない。


それからさらに一週間後。

長く続いた森が途切れ、視界が拓けた。そして、その先に、ついに目的の街が見えた。


『フロンティア』


巨大な丸太を組み上げた、高く頑丈な防壁。その向こうには、大きさも形もバラバラな建物が、まるで生き物のようにひしめき合っている。洗練された王都とは違う、荒々しくも力強いエネルギーに満ちた街。鍛冶場から立ち上る黒煙、酒場の喧騒、様々な人種の言葉が混じり合った活気のあるざわめき。その全てが、僕には新鮮に感じられた。


僕はゆっくりと、街の正門をくぐった。

道行く人々は、誰も僕の過去など気にしていない。彼らは、自分の今日の仕事と、明日の生活のために懸命に生きていた。鎧を着込んだ冒険者、荷を運ぶ商人、工房で汗を流す職人。誰もが、自分の足で立っている。


ここなら、やっていけるかもしれない。

僕も、僕自身の力で。


胸に、新たな希望が湧き上がってくるのを感じた。

王都での屈辱の日々は、もう遠い過去だ。

僕は、この街で生きていく。のんびりと、穏やかに、誰にも邪魔されずに。


まずは、情報収集と当面の仕事を見つけるために、冒険者ギルドへ向かう必要があるだろう。

僕は、活気あふれる大通りを、確かな足取りで歩き始めた。

フロンティアの風は、少しだけ土っぽく、そして、自由の匂いがした。

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