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第38話:新たな探求と、目覚めの予兆

トマト収穫祭の、陽気で温かな余韻は、数日間、僕たちの家を包んでいた。フロンティアの街も、祭りの成功を喜び、誰もが幸福感に満ちている。僕が望んだ、穏やかで、平和な日常。それは、確かにここにあった。


だが、ライラが告げた、『囁きの森に眠る、古くて大きな何か』の存在は、僕たちの心に、さざ波のように広がる、新しい好奇心と、かすかな緊張感を残していた。

祭りの翌朝。僕の家のリビングには、昨日のパーティー客のうち、主要なメンバーが再び集まっていた。僕と、リナ、セレスティーナ、ライラ。そして、この街の責任者である、ギルドマスターのドルガンさんだ。


テーブルの上には、フロンティア東部一帯を示す、巨大な地図が広げられている。その一角を、広範囲にわたって占めているのが、僕がヴァレリウスから譲り受けた、『囁きの森』だ。


「ゲイルが感じた気配に、間違いありません」


ライラが、静かに、しかし断言するように言った。彼女の隣に座るグリフォンのゲイルも、肯定するように、グルル、と低い喉を鳴らす。

「それは、邪悪なものではありませんでした。ただ、あまりにも巨大で、そして、遥か昔からそこにいる…まるで、山や、海のような、大自然そのものに近い気配です」


ドルガンさんは、その立派な髭を扱きながら、唸った。

「ワシも、その森の伝説は、古い文献で読んだことがある。遥か昔、この大陸がまだ若かった頃、『始原の精霊たちの聖域』と呼ばれていた場所じゃ。だが、いつしか、その力は失われ、ただの、魔物が彷徨う危険な森になった、と…」


僕は、地図上の森を指さした。

「僕が、ヴァレリウス領の土地を再生させた時、膨大な魔力を、あの地に流し込みました。それが、引き金になったのかもしれません。眠っていた何かの、目覚まし時計のスイッチを、僕が押してしまった…そんな気がするんです」


僕の言葉に、その場の全員が、事の重大さを理解した。

これは、放置していい問題ではない。僕の行動が原因で、何かが起ころうとしているのなら、それを最後まで見届けるのは、僕の責任だ。何より、僕自身の、技術者としての、そして、この世界の新しい住人としての好奇心が、その「何か」の正体を、どうしても知りたがっていた。


「…分かりました」と、セレスティーナが、静かに立ち上がった。「私に、少しだけお時間をください。教会の古文書館と、ギルドの書庫を調べれば、その『眠れる何か』について、もう少し詳しいことが分かるかもしれません」


セレスティーナの、学者としての探求心が、火を噴いた瞬間だった。



それから、丸一日。セレスティーナは、古文書の山に埋もれて、帰ってこなかった。

その間、僕たちは、来るべき探検に備えて、それぞれができる準備を始めていた。

リナは、黙々と、僕たちの武器や防具の手入れをしていた。ライラは、ゲイルと共に、森で遭遇するかもしれない魔獣の生態について、古い書物で調べている。

僕は、工房に籠り、今回の探検のために、いくつかの新しい道具を創り出していた。土地の魔力密度を正確に測定できる『マナ・サーベイメーター』。どんな悪路でも、自動で水平を保ちながら進む、小型の『自律式運搬ゴーレム』。そして、離れていても、互いの声が明瞭に聞こえる、魔力通信式のイヤリング。


そして、翌日の朝。

目の下に、うっすらと隈を作りながらも、その瞳を興奮で輝かせたセレスティーナが、分厚い革綴じの書物を抱えて、帰ってきた。


「見つけました…! カイ様!」


彼女が、震える指で示した、古文書の一節。そこには、神話時代のものと思われる、おとぎ話のような記述があった。


『――世界の始まり、大地の女神は、己の分身として、世界最大の森に、巨大なる『神獣』を眠らせた。その名は、アルクス・シルヴァ。森の守護者にして、生命力の源泉。神獣が眠る時、大地は力を失い、神獣が目覚める時、世界は、再び、緑の祝福に満たされるだろう。ただし、心せよ。人の子が、神ならぬ力にて、無理やりその眠りを妨げる時、神獣の目覚めは、祝福か、あるいは、世界を揺るがす大いなる厄災となるか。それは、目覚めさせた者の、魂の在り方に委ねられる――』


「アルクス・シルヴァ…森の神獣…」


リナが、息を呑む。

古文書の内容は、驚くべきものだった。僕がヴァレリウス領で行った『調律の奇跡』は、この、伝説の神獣を目覚めさせる、引き金になってしまったらしい。そして、その目覚めが、吉と出るか、凶と出るかは、僕次第だ、と。


「…面白くなってきたじゃないですか」


僕は、目の前の、あまりにも壮大な問題に、怖気づくどころか、心の底から、ワクワクしていた。

未知の現象。解明すべき謎。これほど、僕の知的好奇心を刺激するものはない。


「決まりですね。行きましょう、『囁きの森』へ。その、アルクス・シルヴァという神獣に、ご挨拶をしに」


僕の言葉に、リナも、セレスティーナも、ライラも、力強く頷いた。

僕たちの、最初の、そして、本当の意味での「パーティ」としての冒険が、今、始まろうとしていた。



数日後。万全の準備を整えた僕たちは、フロンティアの東門から、旅立った。

ドルガンさんや、レオ君、エリスさんたちが見送りに来てくれている。

「カイ君、無茶はするなよ!」

「カイ様、どうか、ご無事で!」


友人たちの声援に手を振り、僕たちは、目的地である『囁きの森』へと向かった。

馬車で一日揺られ、僕たちは、ついにその森の入り口にたどり着く。


そこは、僕が再生させたヴァレリウス領の森とは、また違う、異質な空気に満ちていた。

木々は、天を突くほどに巨大で、その幹は、数人がかりでも抱えきれないほど太い。地面には、色とりどりの、自ら発光する苔が、まるで星空のように広がっている。空気が、濃い。魔力が、あまりにも濃密すぎて、呼吸をするだけで、全身が活性化していくのを感じる。


「すごい…」


ライラが、感嘆の声を漏らす。ゲイルも、その喉を鳴らし、警戒ではなく、畏敬の念を示していた。

僕たちは、馬車を降り、その神秘的な森へと、第一歩を踏み出した。


その瞬間、僕たち全員が、確かに、感じた。

森の奥深くから響いてくる、巨大な、そして、穏やかな、鼓動のようなものを。

ドクン…、ドクン…、と。

それは、大地そのものの寝息のようでもあった。


(これは、僕が再生させたからじゃない。元々、この森に、ずっと昔から眠っていた力だ)


僕は、自分のしたことの、本当の意味を理解した。


(僕がしたのは、ただ、この森の、目覚まし時計のスイッチを、入れてしまっただけ…なのかもしれない)


僕の、そして、僕の仲間たちの、本当の冒訪が、今、始まる。

この、古の森の、深い、深い、眠りの中心へと向かって。

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