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第37話:トマトの祝祭と、古の森の囁き

僕が創り上げた絶対的な防衛結界『フロンティアの盾』が完成し、街が本当の意味での安息を手に入れた、その翌日。

僕の家では、僕の宣言通り、ささやかな、しかし最高に贅沢な「トマト収穫祭」の準備が進められていた。


主役は、もちろん僕の畑で採れた、完熟のトマトだ。

僕が魔法で改良した奇跡の土壌で育ったそれらは、もはやただの野菜ではなかった。一つ一つが、まるでルビーのように深紅に輝き、太陽の光を浴びて甘い香りを放っている。皮は薄く、果肉はずっしりと重い。


「カイ殿、テーブルと椅子の準備、完了しました」

リナが、額にうっすらと汗を浮かべて報告に来る。彼女は、そのAランクの身体能力を遺憾なく発揮し、工房にあった木材で、今日のパーティーのための頑丈なテーブルとベンチを、あっという間に組み上げてくれた。


「カイ様、お料理の方も順調です。このトマトの神聖な味わいを最大限に引き出すため、ソースには聖なるハーブを数種類、配合させていただきました」

キッチンからは、セレスティーナが、聖女の微笑みを浮かべて顔を出す。彼女は、僕の収穫したトマトを使い、腕によりをかけて、様々な料理を作ってくれていた。


庭の隅では、ライラが、グリフォンのゲイルの黄金の羽を、丁寧にブラッシングしていた。今日のパーティーでは、ゲイルも主役の一人だ。ライラは、朝から森に入り、パーティーの飾り付けのための、美しい木の実や花をたくさん集めてきてくれていた。


僕の仲間たちが、僕のために、そして、今日という日のために、甲斐甲斐しく働いてくれている。その光景が、僕には、何よりも温かく、そして誇らしかった。

僕は、収穫したトマトで作った、特製のフレッシュジュースを水差しに満たしながら、今日という日が、僕の新しい人生の、本当の始まりなのだと、確信していた。



昼過ぎになると、パーティーの招待客たちが、続々と集まり始めた。

「よお、カイ君! 今日は、主役なんだから、存分に威張ってくれていいんだぞ!」

ギルドマスターのドルガンさんが、ギルド秘蔵の最高級エールの大樽を担いで、豪快に笑いながらやってきた。

「カイさん! 本日は、おめでとうございます! あの、これ、良かったら…」

受付嬢のエリスさんは、はにかみながら、手作りのフルーツタルトを差し出してくれた。


「カイ様! 親父も、ぜひ、お祝いを言いたいって!」

鍛冶屋のレオ君が、その隣で厳つい顔をしながらも、どこか嬉しそうにしている父親と共にやってきた。彼の腕は、以前よりもずっと太く、たくましくなっている。その手には、僕のために特別に打ってくれたという、ミスリル製の完璧な園芸用スコップが握られていた。


やがて、ポーション先生や、僕がかつて助けた商人バルドさんなど、僕がフロンティアで出会った、大切な友人たちが、全員、僕の家の庭に集まった。

パーティーは、僕が作ったトマト料理を囲んで、和やかに始まった。


「う、うめえええ! なんだ、このトマトは! 果物より甘いじゃねえか!」

「このソースも絶品だ! 聖女様のお手製とは、なんと贅沢な…!」

「レオの打ったナイフも、この料理の前では脇役だな!」

「がっはっは! 全くだ!」


誰もが、心からの笑顔で、料理を味わい、酒を酌み交わし、語り合っている。

リナは、僕の隣で、騎士のように控えていたが、ドルガンさんに勧められて飲んだエールに、少しだけ頬を赤らめている。セレスティーナは、聖女として、皆に祝福の言葉を与えながら、その場の誰よりも、幸せそうに微笑んでいた。ライラは、人混みに少し戸惑いながらも、ゲイルの隣で、静かに、しかし嬉しそうに、トマトのサラダを頬張っていた。


その光景を見ているだけで、僕の心は、温かいもので満たされていった。

追放され、全てを失ったと思っていた。だが、僕は、今、こんなにも多くの、素晴らしい人々に囲まれている。


やがて、夕日が西の空を茜色に染め始めた頃。

ドルガンさんが、ジョッキを高く掲げ、立ち上がった。


「皆、静粛に! ここで、我らがフロンティアの英雄に、乾杯を捧げたいと思う!」

彼の声に、全員が、僕に注目する。

「カイ君が、この街に来てから、まだ、いくらも経っていない。だが、この街は、彼のおかげで、生まれ変わった! 厄災は去り、街は豊かになり、俺たちは、今、こうして、未来への希望を語り合いながら、笑うことができる!」

ドルガンさんは、僕の目を、真っ直ぐに見た。

「ありがとう、カイ君。聖者様でも、英雄殿でもない。我らが友人であり、この街一番の庭師である、君に、心からの感謝を!」


「「カイに、乾杯!!」」


全員の、温かい声が、一つになった。

僕は、照れくさくて、顔が熱くなるのを感じながら、ただ、何度も、頭を下げることしかできなかった。

僕が本当に欲しかったものは、これだったのだ。

誰かに認められることでも、見返すことでもない。ただ、こうして、気の置けない仲間たちと、同じテーブルを囲み、笑い合える、ささやかな日常。

その価値を、僕は、今、心の底から噛みしめていた。



パーティーが終わり、客たちが帰っていった後。

僕と、三人の仲間、そして、名残惜しそうに残っていたドルガンさんは、夜風に当たりながら、庭で静かに話をしていた。


「しかし、カイ君。これから、どうするんだね? 街の防衛は完璧になった。君なら、これから、どんなことでもできるだろうが」

ドルガンさんの問いに、僕は、少しだけ考えて、答えた。


「そうですね…。一つだけ、気になっていることがあるんです。ヴァレリウス侯爵から、譲り受けた、あの森のことです」

僕がそう言うと、セレスティーナが、資料を思い出すように言った。

「『囁きの森』ですね。古の時代から、精霊たちの聖域として、人が立ち入ることを禁じられてきた場所、と文献にはあります」


「ええ。あの森、先日、僕の力で再生させた時、感じたんです。土地の魔力そのものが、あまりにも、強大すぎる。そして、それは、まだ、どこか不安定で、荒々しい。僕の土地になった以上、一度、きちんと調査して、管理下に置く必要があると思うんです」


僕が、これからの計画を語った、その時だった。

それまで、僕の足元で、気持ちよさそうにうたた寝をしていたゲイルが、突然、グルルル…、と低い唸り声を上げた。そして、バサリと、その巨大な翼を広げ、僕たちが話している森――はるか東の方向を、鋭い眼光で睨みつけた。


その、ただならぬ様子に、ゲイルと心を通わせるライラが、ハッとして、同じ方角を見た。

彼女の緑色の瞳が、驚きと、そして、畏怖に見開かれる。


「…カイ様」


ライラが、震える声で、言った。


「その森…ゲイルが、何かを感じています。とても、古くて…とても、大きくて…」

彼女は、ごくりと、唾を飲んだ。


「――そして、今も、深い眠りについている、『何か』の、気配を…」


彼女の、囁くような言葉が、祭りの後の、穏やかな静寂の中に、不気味に響き渡った。

僕の、過去との戦いは終わった。

だが、僕の目の前には、まだ、僕自身も知らない、この世界の、広大で、神秘的な、新しいフロンティアが、広がっている。

僕の、本当の冒険は、あるいは、まだ、始まったばかりなのかもしれない。

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