第35話:過去の亡霊と、最後の審判
僕が、静かに「仲間」という言葉を紡いだ瞬間、捕らえられた三人の侵入者――アレク、タニア、ゴランの顔から、最後の虚勢が剥がれ落ちた。彼らの目に浮かぶのは、純粋な、そして底なしの恐怖と絶望。自分たちが今、誰の家の庭で、誰の創り出したゴーレムに拘束されているのか、その意味を、骨の髄まで理解したのだ。
「…中へ、どうぞ」
僕は、感情の消えた声でそう言うと、家に招き入れた。僕の言葉は、もはや拒否することのできない命令だった。
黒銀のゴーレムは、三人を軽々と持ち上げると、僕の後についてくる。僕たちは、暖炉の火が温かく燃える、我が家のリビングへと入った。そこには、僕が創り出した快適なソファと、美しい木目のテーブルが置かれている。僕の、新しい日常の象徴。そして、彼らにとっては、最も惨めな断罪の場。
三人は、床に無造作に転がされる。僕がソファに深く腰掛けると、セレスティーティーナが、黙って僕の隣に立ち、リナは、いつでも剣を抜けるように、彼らの背後を固めた。少し離れた暖炉の前では、グリフォンのゲイルが、黄金の瞳で侵入者たちを睨みつけ、低い唸り声を上げている。その傍らには、無言のまま、しかし鋭い視線を向けるライラの姿もあった。
僕の、新しい仲間たち。僕の、新しい家族。
その、完璧な布陣を前にして、アレクたちは、自分たちが、もはや完全に、逃げ場のない籠の中の鳥であることを悟っただろう。
「さて」と、僕は口火を切った。セレスティーティーナが淹れてくれた、湯気の立つハーブティーを一口すする。
「久しぶりですね、アレクさん、タニアさん、ゴランさん。ずいぶんと、みすぼらしい格好になりましたね。一体、何をしに、僕の家に?」
その、あまりにも穏やかな問いかけが、逆に彼らの心を締め上げる。
アレクが、震える唇で、何かを言おうとする。だが、言葉にならない。彼の、Sランク冒険者としての、そして貴族としてのプライドが、この状況を認めることを、頑なに拒否していた。
「…なぜ、あなたたちが、こんな薄汚い盗人のような仕事をしているんですか? 王都で名を馳せた、あの『紅蓮の剣閃』が」
僕は、彼らの答えを待たずに、続ける。僕の言葉は、静かな毒のように、彼らの心に染み込んでいった。
「もしかして、遠征のたびに、高品質なポーションが手に入らなくなったからですか?」
タニアの肩が、びくりと震えた。
「それとも、どれだけ手入れをしても、大切な武具が、すぐにガタが来るようになったから?」
ゴランが、悔しげに顔を歪めた。
「ああ、あるいは、野営のたびに、まともな食事も休息も取れず、疲労が抜けなくなったとか?」
僕は、一つ、また一つと、彼らが失ったものを、正確に指摘していく。それは、彼らが「雑用」と呼び、僕が当たり前のように提供していた、数々のサポートだった。
「そ、それは…!」
タニアが、ついに堰を切ったように、泣きじゃくりながら叫んだ。
「運が悪かっただけよ! あなたを追放してから、何もかもがうまくいかなくなった! 依頼は失敗続きで、仲間は離れていって、お金も、名声も、全部…!」
「運、ですか」
僕は、冷たく、その言葉を遮った。
「違いますよ、タニアさん。あなた方が失ったのは、『幸運』なんかじゃない。あなた方が『雑用』と呼び、そして、無価値だと断じて捨てた、僕のサポート、そのものです」
僕の、静かだが、刃物のように鋭い言葉が、三人の心臓を貫いた。
「あなた方の強さは、あなたたちだけのものじゃなかった。僕が、あなたたちの力を120%引き出すための、完璧な土台を用意していたからこそ、あなた方は、Sランクでいられた。あなた方は、その土台を、自らの手で、愚かにも、捨て去ったんですよ」
ああ、と誰かが、絶望の声を漏らした。
彼らは、今、この瞬間、ようやく真実を理解したのだ。自分たちの凋落が、誰のせいでもない、自分たちの、あまりにも傲慢で、愚かな選択の結果であったということを。
それは、死よりも、辛い宣告だったに違いない。自分たちの栄光が、自分たちが見下していた、最も無価値な存在によって支えられていたという、その残酷な真実。
僕は、完全に心が折れた彼らに、最後の質問を投げかけた。
「…それで、誰に雇われたんですか? あなたがただけで、僕の情報を正確に突き止められるはずがない」
もはや、隠すプライドも残っていなかったのだろう。アレクが、力なく、全てのことを白状した。
王都の巨大商業ギルド、『ウロボロス商会』。幹部のサイラスという男。そして、僕の力の「源泉」を奪うという、依頼の内容。
「…ウロボロス商会」
僕は、その名を、静かに反芻した。リナとセレスティーティーナが、僕の後ろで、息を呑むのが分かった。これで、新しい敵の正体もはっきりした。
さて、と。
全ての情報を聞き出し終えた。後は、この、過去の亡霊たちを、どう処分するか。
リナが、僕に進言する。
「カイ殿。この者たちは、あなたに明確な敵意を持って侵入しました。ギルドの規定に従い、地下牢へ投獄すべきです」
セレスティーナも、静かに言う。
「彼らの罪は、許されるべきではありません。教会で、その罪を悔い改めるまで、奉仕活動に従事させるという手もございます」
どちらも、妥当な判断だろう。
だが、僕の考えは、違った。
そんな、生ぬるい罰では、僕の気は収まらない。
僕は、ゆっくりと立ち上がると、三人の前に進み出た。そして、創成魔法を、静かに発動させる。
まず、僕は、アレクの足元に転がっていた、彼の愛剣『クリムゾンエッジ』に触れた。
「あ…!」
アレクが何かを言う前に、その名剣は、まるで砂の城のように、サラサラと、赤い金属の粒子となって崩れ落ちた。
次に、タニアの杖、ゴランの戦斧。それらもまた、僕の手が触れた瞬間、その存在を維持できずに、塵へと還った。
「な、何を…!」
「あなた方は、僕から、冒険者としての居場所を奪った」と、僕は静かに告げる。「だから、僕は、あなた方から、冒険者としての全てを奪います」
僕は、彼らの首から下がっていた、ランクが刻まれたギルドカードに、そっと指を伸ばした。三枚の金属プレートもまた、僕の指先で、脆くも、砂と化した。
「僕は、あなた方に、復讐はしません。殺しも、捕らえもしない」
僕は、絶望の表情で僕を見上げる、かつての仲間たちに、最後の審判を告げる。
「武器も、ギルドカードも、ランクも、そして、そのちっぽけなプライドも、あなた方は、今、全て失った。もはや、あなた方は冒険者ではない。ただの、無力な三人です」
「さあ、出ていきなさい。そして、二度と、僕の前にその顔を見せないでください」
「これからは、冒険者ではない、ただの人間として。僕がいない世界で、自分たちだけの力で、生きていくといい」
僕の言葉と共に、ゴーレムによる拘束が解かれる。
だが、三人は、立ち上がることさえできなかった。全ての意味を失い、全ての拠り所を奪われ、ただ、虚ろな目で、床の一点を見つめている。
やがて、彼らは、まるで老人のように、おぼつかない足取りで立ち上がると、ゾンビのように、ふらふらと、僕の家から出ていった。
夜の闇が、三つの、空っぽになった抜け殻を、静かに飲み込んでいく。
「カイ様…これで、よろしかったのですか?」
セレスティーナが、心配そうに尋ねた。
僕は、自分がかつて所属していたパーティが、完全に消滅した瞬間を、静かに見届けた後、ゆっくりと振り返った。
「ええ」
僕は、穏やかに、しかし、はっきりと答えた。
「これで、終わりです。僕の、過去の全てが」
長く、冷たい、僕の復讐の夜が、ようやく、終わった。
そして、僕の前には、新しい敵と、そして、僕が守るべき、新しい日常が、始まろうとしていた。




