第31話:新しい家族と、星降り祭り
僕の家に、三人目の同居人――エルフの血を引く獣使い(ビーストテイマー)のライラと、彼女の相棒であるグリフォンのゲイルが加わってから、一週間が過ぎた。
僕の、騒がしくも穏やかだった日常は、さらに騒がしく、そして、さらに穏やかなものへと、不思議な変化を遂げていた。
ライラは、口数の少ない、シャイな少女だった。森で暮らしてきた時間が長かったせいか、人と話すよりも、動物や植物と心を通わせる方が得意らしい。彼女は、ほとんどの時間を庭で過ごし、完全に回復したゲイルの世話をしたり、僕が魔法で生まれ変わらせた畑の作物の成長を、優しく見守ったりしていた。彼女がいるだけで、庭の動植物たちが、どこか嬉しそうに見えるのは、気のせいではないだろう。
ゲイルは、この家の、完璧な番犬(番鳥?)となった。
僕やライラの前では、巨大な猫のように喉を鳴らして甘えてくる彼も、一度、敷地の外に不審な気配を感じれば、鋭い眼光と威嚇の咆哮で、どんな相手も追い払ってしまう。Aランクの剣士と聖女に加え、伝説級の魔獣までが守る僕の家は、今やフロンティアで最も安全な場所となっていた。
リナとセレスティーナも、新しい家族を、ごく自然に受け入れていた。
リナは、ライラの無口だが実直な性格を気に入ったようで、時折、弓の手入れを手伝ってやったり、戦闘における獣との連携について、先輩としてアドバイスを送ったりしている。
セレスティーナは、人と話すのが苦手なライラを、姉のように優しく見守り、食事や生活の世話を焼いていた。
三人の女性と、一頭のグリフォン。そして、僕。
僕の家は、いつの間にか、種族も、立場も違う者たちが集う、不思議で、そして温かい「家族」のようになっていた。
そんなある日、僕の家に、ギルドマスターのドルガンさんが、上機嫌な顔でやってきた。
「カイ君! みんな、いるかな? 今日は、依頼じゃなくて、招待状を持ってきたんだ」
ドルガンさんが差し出したのは、フロンティアの街で、年に一度開催される『星降り祭り』への招待状だった。
「星降り祭り?」
「ああ」とドルガンさんは、目を細めて語り始めた。「フロンティアを開拓した、先人たちの魂に感謝を捧げ、そして、これからの街の繁栄を祈る、この街で一番大きなお祭りさ。祭りの最後には、参加者全員で、魔力を込めた『願いの灯籠』を夜空に放つのが習わしでな。それが、まるで星が降ってくるように見えることから、そう呼ばれているんだ」
彼は、少しだけ真剣な顔に戻って、続けた。
「そして、今年の祭りは、特別な意味を持つ。君のおかげで、街は厄災から救われ、新しい鉱山や技術で、活気に満ち溢れている。今年の祭りは、君への感謝祭でもあるんだ。だから、君たちには、ぜひ、主賓として参加してほしい」
その言葉に、僕は少し気後れしたが、街のお祭りというのは、少しだけ興味があった。
だが、ドルガンさんは、少しだけ困ったように頭を掻いた。
「…ただ、一つだけ問題があってな。今年は、参加者が例年よりずっと多くて、灯籠に使うための『光螢石』という魔石が、全然足りなくなっちまったんだ。かといって、今から他所から買い付ければ、値段が高騰して、参加者全員に行き渡らなくなる…」
その、ささやかな問題。
僕は、ドルガンさんの話を聞きながら、一つのアイデアを思いついていた。
「ドルガンさん。灯籠のことは、心配いりません。僕の方で、参加者全員分、用意しますよ」
「な、なに!? 本当か、カイ君!?」
「ええ。任せてください」
僕の、あまりにも軽い請け負い方に、ドルガンさんは半信半疑だったが、「君が言うなら…」と、僕に全てを任せてくれることになった。
◇
その日の午後。僕の工房には、リナ、セレスティーナ、そしてライラが集まっていた。僕が、灯籠作りを手伝ってほしいと頼んだのだ。
工房には、薄い木の板と、和紙に似た丈夫な紙、そして、ゴーレムを分解した時に手に入れた、低品質の魔晶石が、山のように積まれている。
「カイ殿、本当に、これだけの材料で、街の全員分の灯籠が作れるのですか?」
リナが、不思議そうに尋ねる。
僕は、にっこりと笑って、一枚の紙を手に取った。
「ええ。見ていてください」
僕は、創成魔法を発動させた。
まず、木の板と紙が、ひとりでに動き出し、寸分の狂いもなく、次々と灯籠の形に組み上がっていく。ほんの数分で、工房は、数百個の美しい灯籠で埋め尽くされた。
だが、僕の魔法は、これで終わりではない。
「本当の工夫は、ここからです」
僕は、灯籠の光源となる、魔晶石を使わなかった。代わりに、灯籠の和紙そのものに、特殊な魔法を付与していく。前世の知識にあった、生物発光…ホタルの光や、夜光虫の原理を、魔法で再現するのだ。
「この紙は、昼間のうちに太陽の光を魔力として蓄え、夜になると、それを優しい光として放出するように作りました。だから、火も、魔石もいりません」
そして、僕は、最後の仕上げを施した。
「それから…心の中で、何か願い事をしながら、この紙に触れてみてください」
僕の言葉に、三人が、おそるおそる、灯籠の紙に指で触れた。
その瞬間、灯籠の内部に、それぞれの心を映したかのような、柔らかな光が灯った。
リナが触れた灯籠は、彼女の魂のように、清冽で、鋭い、銀色の光を。
セレスティーナが触れた灯籠は、彼女の慈愛のように、温かく、穏やかな、黄金色の光を。
ライラが触れた灯籠は、彼女の優しさのように、森の木々を思わせる、静かで、深い、緑色の光を。
「すごい…!」
「灯籠が、私たちの祈りに、応えている…!」
僕は、ただの灯りを、人々の願いそのものを輝かせる、『願いの灯籠』へと創り変えたのだ。
◇
そして、星降り祭りの夜。
フロンティアの街は、お祭り騒ぎの熱気に包まれていた。僕が創った『願いの灯籠』は、街の全ての人々に配られ、誰もが、その不思議な輝きに、感嘆の声を上げていた。
やがて、夜空に、満月が昇る。それを合図に、街中の人々が、一斉に、それぞれの願いを込めた灯籠を、夜空へと放った。
その光景は、まさに、圧巻だった。
数千、数万の、色とりどりの光の点が、天の川となって、ゆっくりと、夜空を昇っていく。それは、フロンティアの、人々の祈りの輝き。僕が救い、僕が変えた、この街の、感謝の光。
僕たち四人は、街を見下ろす丘の上から、その幻想的な光景を、ただ、黙って見つめていた。
僕も、リナも、セレスティーナも、ライラも、それぞれの願いを込めた灯籠を、そっと、夜空へと送る。
一人で、静かに暮らすのもいい。
だが、こうして、誰かと共に、同じ光景を見て、心を温めるのも。
「…こういう、騒がしくて、温かい光景も、悪くない」
僕の呟きは、誰に聞こえるでもなく、星降る夜の、優しい風に溶けていった。
僕の新しい家族と、僕が愛する街。
僕のスローライフは、僕が思っていたよりも、ずっと、豊かで、そして輝かしいものになりつつあった。




