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第2話:理不尽の代償

絶叫するような魔力の奔流が、ダンジョンの最深部を支配していた。

僕たちの目の前で、石造りの守護者――ゴーレムは、その姿を禍々しく変貌させていた。全身の継ぎ目から、まるで溶岩のような赤い光が漏れ出し、その巨体は一回りも二回りも膨張している。先ほどまでとは比較にならない、災厄級のプレッシャーが肌を刺した。


「な……んだと……!?」


リーダーであるアレクの歯噛みする音が聞こえる。彼の自慢の愛剣『クリムゾンエッジ』による斬撃も、今やゴーレムの表皮に白い線を引くことしかできない。


「タニア! 何とかしろ! お前のせいだぞ!」

「ひっ…! む、無理よ、あんなの! 魔力構造が完全に変質してる…! 私の魔法じゃ干渉できない!」


魔道士のタニアは顔面蒼白で、完全に戦意を喪失していた。戦士のゴランも、自慢の大斧を構えながらも、その足は恐怖に縫い付けられたかのように震えている。Sランクパーティ『紅蓮の剣閃』。王都最強と謳われた彼らの姿は、そこにはなかった。


僕の頭は、この状況下で奇妙なほど冷静だった。

『創成魔法』がもたらす解析能力が、眼前の脅威を冷静に分析していく。

(ゴーレムの動力源は、祭壇の魔法陣から供給される魔力。タニアさんが発動した解除術式がトリガーとなって、罠が暴走。魔力供給がリミッターを外れた状態でゴーレムに流れ込んでいるんだ。あれはもう、ただのゴーレムじゃない。魔力の塊そのものだ)


このままでは、全滅は時間の問題だ。

僕が生き残るだけなら、方法はなくもない。創成魔法で足元に穴を掘り、地下を潜って逃げることも理論上は可能だ。だが、彼らを見捨てるという選択肢は、なぜか僕の中には浮かんでこなかった。理不尽な扱いを受けてきたとはいえ、彼らはこれまでの僕の日常そのものだったからだ。


ゴーレムが、咆哮と共にその巨大な腕を振り上げる。ターゲットは、腰を抜かしているタニアだ。


「タニアッ!」

「いやぁっ!」


アレクとゴランが助けに入ろうとするが、間に合わない。

僕は、ほとんど無意識に叫んでいた。


「アレクさん、ゴーレムの左胸! そこだけ魔力循環の結節点が剥き出しになっています!」


僕の目には、ゴーレムの体内を循環する魔力の流れが、血管のように透けて見えていた。そして、その左胸の一点だけ、防御が極端に薄い、いわば急所とでも言うべき構造上の欠陥が存在していた。おそらく、暴走による急激なパワーアップに、装甲の自己修復が追いついていないのだ。


「何…!?」


アレクは一瞬、僕を睨んだ。その目に宿るのは、命令されることへの屈辱と、藁にもすがるようなわずかな期待。

彼は、僕の言葉に賭けた。


「うおおおおっ!」


渾身の力を込めて踏み込むと、アレクは僕が示した一点に向け、彼の最大スキル『ノヴァ・ストライク』を突き立てた。剣先がまばゆい光を放ち、ゴーレムの装甲を貫く。

直後、ゴーレムの動きがピタリと止まった。全身から漏れ出ていた赤い光が急速に明滅し、やがてその巨体は内側から弾けるようにして崩壊。無数の石片となって、床に崩れ落ちた。


「はぁ…はぁ…やった…のか…?」


アレクは剣を杖代わりに、荒い息をつく。タニアとゴランは、その場にへたり込んでいた。

静寂が訪れる。命の危機は去った。だが、安堵の空気が流れることはなかった。代わりに満ちていくのは、重く、気まずい沈黙。


その沈黙を破ったのは、やはりアレクだった。彼はゆっくりと僕の方へ振り返ると、憎々しげな目で僕を睨みつけた。


「カイ」

「…はい」

「説明しろ。貴様、なぜあの罠の性質を知っていた? なぜゴーレムの弱点が分かった?」


その声は、命の恩人に対するものでは到底なかった。尋問する罪人に対するような、冷たく、威圧的な響き。


「いえ、知っていたわけでは…僕の魔法は、物の構造が見えることがあるので、それで…」

「構造だと? ふざけるな!」


アレクが怒鳴った。

「貴様、あの時警告したな。タニアが術式を発動する直前、『危ない』と。つまり、罠が暴走することに気づいていたんだ。なぜ、もっと早く、正確に説明しなかった!」


「それは…あなたが、口を出すなと…」

「言い訳か!?」


アレクの剣幕に、タニアとゴランも同調する。

「そうよ! カイ君がもっとちゃんと説明してくれていれば、こんなことには…!」

「そうだぜ、カイ! お前のせいで、俺たち死ぬところだったんだぞ!」


話が、すり替わっていく。

罠の解析に失敗したタニアも、ゴーレムに怯えたゴランも、そして、僕の助言がなければ詰んでいたアレク自身も、全ての責任を僕一人に押し付けようとしていた。自分たちの失態を認めず、最も立場の弱い僕をスケープゴートにすることで、揺らいだSランクパーティとしてのプライドを保とうとしているのだ。


「…いや、待てよ」


アレクの目が、嫌らしい光を宿した。彼は、自分に都合のいい完璧な物語を思いついたようだった。


「そうか…そうだったのか、カイ。貴様の仕業だったんだな」

「…え?」

「わざと不完全な情報だけを与えて、我々を危機に陥れた。そして、最後の最後で助言を与え、自分の手柄を演出しようとした。そうだろ? このパーティでの自分の立場を上げるために、我々を危険に晒したんだ。なんという卑劣な…!」


それは、あまりにも理不尽な、悪意に満ちた決めつけだった。

僕が言葉を失っていると、アレクは祭壇に歩み寄り、『沈黙の王の涙』を乱暴に掴み取った。


「今回の依頼は、多大な犠牲を払ったが、一応の達成はした。報酬は山分け…と行きたいところだがな」


彼は僕の前に戻ってくると、革袋から銀貨を数枚取り出し、足元に投げ捨てた。チャリン、と虚しい音が響く。


「カイ。貴様は今日限りで『紅蓮の剣閃』を追放する」

「……!」

「Sランクパーティに、貴様のような危険で卑劣な人間は必要ない。戦闘もできず、仲間を裏切ることしか能がない雑用係など、何の価値もない」


アレクは、吐き捨てるように言った。その顔には、罪悪感など微塵もなかった。むしろ、全ての責任を押し付ける完璧な生贄を見つけたことに、満足すらしているように見えた。


「安心しろ。お前の代わりはいくらでもいる」


その言葉は、僕の心に深く、冷たく突き刺さった。

タニアとゴランは、そんなアレクの決定に異を唱えるどころか、安堵したような表情で目をそらすだけだった。


こうして、僕のSランクパーティ『紅蓮の剣閃』での日々は、唐突に、そしてあまりにも理不尽に終わりを告げた。

彼らがダンジョンから去っていく背中を、僕はただ呆然と見送ることしかできなかった。一人残された薄暗い空間で、足元に転がる数枚の銀貨だけが、やけに現実味を帯びていた。

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