第18話:Fランクの依頼と、自動鉱山
僕の家に人が殺到する「巡礼」騒ぎも、リナとセレスティーナの鉄壁のガードのおかげで、数日もすれば落ち着きを取り戻した。彼女たちは、僕に会いたいと願う人々を、それぞれに見合った形でいなし、時には治癒し、時には威圧し、完璧にさばいてくれたのだ。
こうして再び手に入れた平穏な日々。僕は、工房での発明と、ゴーレムに滅茶苦茶にされた畑の再生に精を出していた。畑の土は、ゴーレムの残骸を混ぜ込んだおかげで、以前とは比較にならないほど魔力を帯びた、最高の土壌へと生まれ変わっていた。ここに植えた作物が、どう育つのか。考えるだけで、胸が躍る。
しかし、そこで一つの問題が浮上した。
「…資金が、少し心許ないな」
工房で新しい道具を創るにも、畑に珍しい作物の種を植えるにも、元手となるお金が必要だ。前の世界の知識を使えば、何かを売って儲けることもできるだろうが、それは面倒だし、また目立ってしまう。
一番手っ取り早く、かつ、僕の精神的にも楽なのは、やはり冒険者として依頼をこなすことだった。
「というわけで、少しギルドに行ってこようと思います」
僕がそう宣言すると、お茶を飲んでいたリナと、祈りを捧げていたセレスティーナが、同時にピタリと動きを止めた。
「カイ殿が、ギルドへ? 分かりました、護衛します」
「カイ様が、俗世へ? 承知いたしました、お供します」
「いえ、一人で大丈夫なんですが…」
「「ダメです(なりません)」」
二人の完璧なハモりに、僕は反論を諦めた。こうして、僕と二人の護衛による、奇妙な一行が、再びギルドへと向かうことになった。
ギルドの扉を開けた瞬間、昨日までの喧騒が嘘のように、ホール全体が静まり返った。全ての視線が、僕たち三人に突き刺さる。
(うぅ…やっぱりこうなるのか…)
僕は、できるだけ視線を気にしないようにしながら、Fランクの依頼が貼られた掲示板へと直行した。僕の左右を、リナとセレスティーナが、まるで王を守る騎士のように固めている。Fランクの掲示板の前には、不釣り合いな威圧感を放つ、聖と武の壁が出来上がっていた。他の新人冒険者たちは、遠巻きにこちらを見ているだけで、誰も近づこうとしない。
「ええと…何か、静かにできそうな依頼は…」
僕は、その異様な状況から目をそらすように、依頼書に集中した。そして、一つの依頼書を見つける。
『依頼内容:廃坑の定期調査と、坑道内に発生する粘菌の駆除』
『場所:フロンティア南の丘陵地帯』
『報酬:銀貨8枚』
廃坑の調査と、スライムの掃除。これなら、誰にも会わずに済みそうだし、静かな環境で作業ができそうだ。僕にぴったりの依頼に思えた。
僕がその依頼書を剥がしてカウンターへ持っていくと、受付のエリスさんは、僕の顔と、僕の後ろに立つ二人の女神を見て、深いため息をついた。
「カイさん…。よりにもよって、その依頼ですか…」
「え、何か問題でも?」
「いえ、問題というか…。ただのFランク依頼ですけど…。お願いですから、廃坑の奥で古代文明の遺産とか、封印された魔王とか、そういうのを見つけたりしないでくださいね?」
エリスさんの、冗談とも本気ともつかない懇願に、僕は苦笑するしかなかった。
◇
僕たちは、目的地の廃坑へとやってきた。
かつては鉄を産出していたというその鉱山は、今は入り口が崩れかけ、ひんやりとした湿った空気が漂っていた。
「私が先行します。罠があるかもしれません」
リナが『刹那』を抜き放ち、警戒しながら坑道を進んでいく。セレスティーナは、聖なる光を灯して、僕たちの進む道を明るく照らし出した。
坑道の内部は、壁のあちこちに、ゼリー状の魔物――スライムが付着していた。最弱の魔物であり、攻撃性はほとんどないが、体を構成する体液が、金属や岩を腐食させる性質を持つため、放置しておくと坑道の崩落を招く。だから、こうして定期的に駆除する必要があるのだ。
リナが、一匹のスライムを剣で斬り裂こうとした瞬間、僕はそれを止めた。
「待ってください、リナさん」
僕は、壁に張り付いたスライムを、じっと観察する。創成魔法で、その生態を分析してみたのだ。そして、すぐに興味深い事実に気づいた。
(なるほど…このスライムたちは、ただの魔物じゃない。鉱石を食べて、体内で消化・精製し、純度の高い金属を排泄する、特殊な生態を持っているんだ)
彼らが壁を腐食させていたのは、壁に含まれる微量な金属成分を、消化液で溶かして摂取していたからだ。
さらに、僕は坑道の壁そのものにも意識を向けた。この鉱山は、鉄鉱石が枯渇したために放棄されたと聞いている。だが、僕の魔法は、厚い岩盤のさらに奥に、巨大な鉱脈が存在しているのを見抜いていた。しかも、それは鉄ではない。ミスリルやアダマンタイトといった、極めて希少で価値の高い魔法金属の鉱脈だ。
(スライムは害獣。廃坑は無価値。それは、人間の常識でしかないんだな)
僕の頭に、一つのアイデアが閃いた。
この状況を、もっとも効率的に、そして平和的に解決する方法。
「リナさん、セレスティーナさん。スライムは、僕がなんとかします。少し離れていてください」
二人が訝しむ中、僕は坑道の中央に進み、両手を壁についた。
そして、創成魔法を発動させる。
まず、この坑道にいる全てのスライムの遺伝子情報に、ほんの少しだけ干渉する。彼らの体液から、腐食性の酸を取り除き、代わりに、特定の魔法金属への親和性を高めるように。
次に、厚い岩盤の奥に眠る、希少金属の鉱脈へと続く、小さな抜け道を創り出す。
すると、坑道の壁にへばりついていたスライムたちが、一斉に動き出した。彼らは、まるで何かに導かれるように、僕が創った新しい坑道へと、行儀よく列をなして進んでいく。
そして、僕はその坑道の最奥に、彼らが排泄した金属を溜めておくための、滑らかな受け皿のような空間を創り出した。
「よし、と」
数十分後、あれほど壁を覆っていたスライムは、一匹残らず姿を消していた。坑道は、驚くほど綺麗になっている。
リナとセレスティーナは、目の前で起きた出来事が理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「カイ殿…スライムたちは、どこへ…?」
「ああ、あっちの新しい坑道にお引越ししてもらいました。あそこには、彼らの好きな餌がたくさんあるみたいなので」
僕は、何でもないことのように答える。
「彼らは、あそこで希少金属を食べて、純度の高いインゴットを排泄し続けてくれます。だから、僕たちは何もしなくても、定期的にここに来れば、貴重な金属が勝手に溜まっている、というわけです」
害獣駆除の依頼を、全自動の希少金属鉱山へと作り変えてしまった。
僕の言葉の意味を、二人が完全に理解するまでには、もう少し時間が必要なようだった。
僕は、綺麗になった坑道を見渡し、満足そうに頷いた。
「さて、スライムは駆除できたし、これで依頼完了、かな? ついでに、お小遣い稼ぎの手段も確保できましたね」
僕にとっては、一石二鳥の、完璧な仕事のつもりだった。
この、僕が創り出した「自動鉱山」が、フロンティアの産業構造そのものを根底から揺るがす、とんでもない代物であることに、僕自身が気づくのは、まだ少し先の話である。




