地の武人(2)
イントリア・大広場――第二幕。
瓦礫と土煙が広がる戦場に、静かに立つ二つの影。
一方は、硬質な黄の魔力をまとった鋼鉄の巨躯。
もう一方は、黒紫の幻影を纏う、痩せた異形の男。
「はあ……実に見事。心が洗われるようです……」
クラークは、肩をかすめた傷を指でなぞる。
血の感触すら、まるで愛でるかのように。
その表情に、痛みはなかった。
あったのは、喜悦のみ。
「これほど“心”が強固な個体……ふふ、やはり興奮します」
「戯言を……ッ」
グローデンが拳を握る。
ひとたび踏み出せば、大地が沈む。
だが、その動きを阻むように、空間全体が蠢き始めた。
「……ああ、民よ、どうか、どうか“私”を見つめて……」
クラークの背後に現れる無数の幻影。
それは、かつて正気を失い、彼の声に導かれた哀れな市民たちの残滓。
歪んだ顔、瞳なき目、笑顔だけを張り付けた亡霊たち。
「ッ……こいつ……何を……!」
精神の奔流が炸裂する。
思考の断片が暴れ、まるで頭蓋の内側から殴られるような圧迫感。
それでもグローデンは一歩も退かない。
「武に生きる者は、心を鍛える。身体は砕けようと、魂だけは屈せぬ」
静かに、拳を構える。
その拳から、雄々しき岩の音が鳴る。
「ならば、試しましょう! どれほどの“祈り”で、あなたの心を捻じ曲げられるか!」
幻影たちが一斉に叫ぶ。
祈りの言葉。祝福の讃歌。
狂気の旋律が戦場を支配し、視界が歪む。
重力さえ狂ったように軋み、天地が曖昧になる。
《心域連鎖―エクレシア・ネクサス》
クラークの真なる魔法が展開される。
精神領域ごと束ね、標的の心を内側から染め上げる魔法。
その発動と共に、グローデンの脳裏、記憶が悲鳴をあげる。
「お見せしましょう……貴方の本当の心を……!」
少年期。
暮れかけた街の隣。
母は病宿で帰らず、父は酒に沈んでいた。
小さいグローデンが腐りかけた光景の中で、野菜を拾い、不要商品を集め、「まだ今日も死んでない」と自分に言い聞かせていた。
戦地で失った仲間。
兄のような存在だった騎士「オルティス」。
周囲の敵を守り、その身を持って撤退線を開けた。
グローデンは、やり切れなかった。
その胸には、枯れきったもののように、徒然とした思いだけが焼きついている。
兄弟分の死。
騎士の後輩。
武術に志し、グローデンを「兄さん」と密かに従っていた。
だが、戦場での動きの無さがまた他者を守る罪になり、その後輩は被害者を出し、自分の自殺で終わりを迎えた。
「グローデンさんのようにはなれない」 最後に残したその言葉が、どこまでも腐食ってくるように追いすがる。
今、クラークはそれらを“リアル”に変えてみせている。
まるで、その痛みをまさに今、この瞬間に経験しているかのように。
――だが。
覚悟している。
第三者の相手をした時のリスクも、 黙って撤退した時の迷いも、すべて振り切って成立するのが自分の力だと。
「……ゆるさん」
グローデンは袂をまくり、この身に力をみなぎらせる。
心は記憶で痛んでいるのに、身体は破壊的なまでに屈強。
「旧きも、問われれば恥も、全ては、今の我がこれで繋げたものだ…ゆえに……敗れぬ……ならば……揺るがぬっ!!!」
「ホウ…ホホホ…鬼火を気取った物。…これは、妖獸よりも嬉しい現象ですよ……」
「この拳は、俺の道だッ!」
その一撃は、幻影を貫き、虚像を粉砕し、 空間そのものを切り裂いて、クラークへと直進する。
《断律拳――テクト・ノクス》
衝撃波が爆ぜる。
そして、クラークの左腕が吹き飛んだ。
「……ああ、なんて……素晴らしい」
それでもなお、クラークは笑っていた。
「その“信念”、その“魂”……美しい……!けれども……」
残された右手が、最後の印を結ぶ。
「ならば私も──魂ごと、あなたを“祝福”しましょう」
その瞬間、大地全体が沈む感覚。
空間が反転し、現実が捩れる。
だが、次の瞬間には。
《大戒裂地―プレセプト・トラーホ》
天地が轟く。
大地と共に、空間そのものが砕けながらクラークを襲う。
「────ッ!!」
咄嗟に身を翻すクラーク。
だが、間に合わない。
轟音と共に、全てが粉砕された。
幻影も、祈りの声も、信仰の呪詛も──全て。
砂塵の中、立っていたのは、ただ一人。
「……偽りの信仰に、膝はつかぬ」
グローデン・マクノダス。
その名が、土煙の向こうで確かに輝いていた。
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