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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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乱れる障壁

王都・中央公園。

焦げた風が渦巻く戦場に、鋭く氷槍が突き刺さった。


《蒼槍―フィルグラース―》


氷結の魔力がポコさんの脚部を凍てつかせる。

五メートルを越す異形の巨体が、一瞬だけ動きを鈍らせた。


「クリムゾン、跳ねろッ!」


レダ・ファイブスターの叫びが響く。

黒煙を纏ったクリムゾンが、獣の咆哮と共に突撃した。


魔力の爆裂が起きる。

爪が突き刺さり、黒煙と火花が弾け飛ぶ。


しかし、ポコさんは怯まない。

巨体を捻り、拳でクリムゾンを殴り飛ばす。

弾かれたクリムゾンが地面を転がり、土煙を上げた。


「っはー、効かねぇか!」


レダが舌打ちしつつも、再び魔力を注ぎ、クリムゾンの動きを誘導する。

召喚ではない。彼女の魔力は“支配”だ。

鋭い精神と魔力量で魔獣の意思すら塗り替え、再び戦場へと放つ。


「押し返りましょう、こっちに誘導してほしいっす」


オーフェン・ロックウッドが前に出る。

白槍を構え、冷気を纏わせる。


《冷流―リゼレイド―》


冷気が地を這い、ポコさんの足元を絡め取る。

魔力の流れを鈍らせるように、戦場全体の温度が数度下がった。

皮膚が粟立つような冷気に、周囲の魔力が軋む。


「さぁて……まだまだこっからだぜ」


その隙に、クリムゾンが脇から突撃。

ポコさんは肘で迎撃するも、オーフェンの《氷盾―アギュス―》が割って入る。


硬質な氷の盾が衝突を受け止め、霜の破片を飛び散らせながら砕けた。


「ちょっとは怯めよ、このバケモン……!」


カマキリがセズに治癒魔法を施しながら問う。


「アニキ、大丈夫ですか? 治癒はあと少しです」


「……あぁ……もう大丈夫だ……動ける」


セズ・クローネは血を吐きながら立ち上がる。

その目は、なおも燃えていた。


目の前で、ポコさんが咆哮する。

エリアの制御に応じて動いてはいるが、明らかに魔力の波が荒れている。

暴走ではない。しかし、どこか不安定。


セズは踏み込んだ。


「――エリア!」


その声に、少女の手が止まる。

無表情の中、わずかに瞳が揺れた。


「フィーラ・エスターは生きてるぞ! ……君のおかげだ!」


一瞬。

空気が、戦場の魔力が、乱れた。

目に見えないはずの魔力の流れが、あからさまに揺らぎを帯びた。


「……っ……」


エリアの周囲の魔力が波打ち、制御が狂い始める。

絶対障壁に揺らぎが入り、その光が微かに明滅する。


「いけるっす……姉さん、今だ!!」


「っしゃぁあ!!」


クリムゾンが跳躍。

熱を纏った爪が、ポコさんの胸を抉る。

衝撃で肉が裂け、障壁の一部が粉砕された。


その瞬間、オーフェンの白槍が追撃する。


《零葬―レミウルー》


氷の魔力を一点に集中させた貫通攻撃。

魔力障壁を突き破り、ポコさんの腹部を穿つ。


裂けるような咆哮。

ポコさんの巨体がよろめき、片膝をついた。


さらにダメ押し。


「みなさん下がって!……撃ちますっ!!!」


ハイドラが渾身の一撃を放つ。


《魔力爆撃砲・超臨式―メギド・ロア―》


特大の魔力砲弾が一直線に放たれた。

轟く爆音と共に、周囲ごとポコさんを吹き飛ばす。


しばしの間、辺りは魔力の光と爆煙に包まれた。


やがて砂埃が晴れた先。

左半身を失ったポコさんが力なく倒れかかっていた。

黒い魔力が噴き出し、地面に溶けるように流れ出る。


それでも立ち上がろうとするポコさん。

だがその動きは、先ほどまでのような制御されたものではなかった。


「……やってくれるね」


その声が、戦場の空気を切り裂いた。


ファルメルが黒衣の裾を翻しながら、静かに歩み出る。


その言葉には怒りも哀しみもない。

ただ、柔らかな笑みだけがあった。


「行こうか。エリア……君にも少し、調整が必要だね」


「…………うん」


怯えたような、どこか濁った声でエリアが応じる。

制御の途切れた手が、ポコさんに向けられたまま下がっていく。


「……ごめんね、ポコさん」


小さく、エリアが呟いた。

その瞬間、ポコさんの動きが止まり、魔力が静かに収束していく。


巨体が崩れ、地に伏す。

絶対障壁は完全に消え、凶暴な魔力も沈黙した。

その場に残ったのは、黒焦げの破片と、静寂だけだった。


「……沈黙、確認っす」


オーフェンが前に出て警戒を続けながら、低く呟いた。


ファルメルとエリア。

二人はそのまま、煙の向こうへと姿を消していく。

その背中には迷いもなければ、振り返る様子もなかった。


レダが小さく息を吐いた。


「……やっと、終わったかよ」


「いや。これは“始まり”の区切りにすぎない」


セズの声が、焼けた風に乗って響いた。


その瞳の奥にあるのは、終わりなき闘志――それだけだった。




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