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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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崩れ始めた静寂


──静寂は、何よりも恐ろしい。


王都の空は、晴れていた。

陽光が瓦屋根を照らし、風が路地を穏やかに撫でていく。

だが、まるで誰かが息を潜めているかのように、その“静けさ”は張り詰めていた。


その最中、三人の隊長はそれぞれの方向へ駆け出していた。





最初に接敵したのはセズ・クローネ。


暴走体が現れたのは、東の礼拝広場。

かつては人々が祈りを捧げた神聖な場所。

今は、赤黒い魔力の渦に満ち、崩れた彫像と焦げた地面がその異常を物語っていた。


「……また、呪具か」


呟きと共に、新しく鍛え上げた大剣を引き抜く。

風が纏うようにその刃を這い、セズの瞳が鋭く光る。


暴走体──

その姿は人型のまま、四肢が異常に膨れ上がっていた。

動きは鈍いが、一撃は巨大な斧のような腕によって圧倒的破壊力を持つ。


《風裂破―ウィンド・セヴァー―》


斬撃が走る。

風が暴走体の肩口から胸部までを抉り、血ではない黒い液体が噴き出した。


ドスン、と倒れ伏す巨体。

風が、祈りの場を吹き抜けた。


セズは癒え切らない傷口を抑え、歯を食いしばった。


「……くっ、まだ本調子とはいかないか」


一度倒れた暴走体がゆっくりと起き上がり、再び鋭い腕を構える。





南門市場──


果物や陶器が転がり、路面は血と割れ物で混沌としていた。


その中心で、一人の少女が泣き叫んでいた。

足元には倒れた母親。その傍には、牙を剥く異形。


そこへ――


「あらあら……」


シルヴィア・カロリア。

白橙の制服から覗いた白く細い腕で、大斧を軽々と持ち立ちはだかる。


斧は暴走体の腕を受け止め、地面に亀裂が走る。

暴走体は瘦せた女型。

背中に無数の触手のような呪具を生やし、周囲の物を吸収して強化を繰り返していた。


怒りを静かに、だが確かに燃やしながら、シルヴィアは魔力を斧に込める。


「こんな子供にまで手をあげるなんてぇ……おしおき、ですね」


《守護の裂斧―グラシレイク―》


放たれた一撃は、暴走体の触手ごと斬り裂き、背中の呪具が蒼い光と共に破砕された。


呻き声を上げてのたうつ暴走体に、慈しみを込めてもう一度だけ斧を振るう。


やがて静かに崩れ落ちたそれに、シルヴィアは手を合わせた。


「どうか、あなたの魂が、安らかでありますように……」





中央公園。

木々が倒れ、石畳が破壊され、空間そのものが歪んでいた。


デルタ・ロンウェルは、傀儡たちを前に立たせていた。

黒服の小型戦士、猿型の四足機、球体型の自爆人形――

多種多様な傀儡が魔力糸で連動し、地形に応じて散開していく。


デルタは冷静だった。

その瞳に迷いはなく、指先は魔力糸を繊細に操る。


《命糸演陣―エクス・マリオネット―》


陣形が完成した瞬間、暴走体が出現する。

透明な膜に包まれた人型。

内部には人間のような姿が見えるが、目は虚ろで、外殻が時折振動し、瘴気を撒き散らしていた。


デルタは判断する。


「直接攻撃は不可。外殻を破壊して内部に魔力干渉を――」


傀儡たちが陣を変え、連携攻撃に移行する。

一体が囮となり、別の一体が後方から脚を破壊。

さらに、球体傀儡が跳ね上がり、内殻に向けて小型爆破を仕掛ける。


破裂音。

暴走体がよろけた隙に、デルタは魔力糸を一本、投げるように放った。


「……“繋がれ”」


その糸は内部に刺さり、暴走体の動きを止める。

完全制圧。


――その時。


誰かが“見ている”気配を感じた。


デルタが振り向いた先にいたのは……少女。


黒いツインテールに、無表情な顔。

その腕に抱かれたぬいぐるみは、まるで意思を持つようにゆらりと動いた。


“あれは……エリア……!?”


砂埃の先から、何も語らず歩みを進める。


そして、ゆっくりとぬいぐるみを地面に置いた。


「ポコさん……バトルモード」





作戦本部。


セレーヌは、震える拳を胸元で握っていた。


報告が次々と入る。

隊長たちは戦っている。血を流し、命を懸けてこの王都を守っている。


(……私には、何もできない)


見ていることしか許されない。


だが、瞳に宿る意志は消えない。


“今は”まだ、見守るだけ。

だが、その目は戦場と同じように、燃えていた。


そのとき――


「……セレーヌ様。少し、よろしいでしょうか?」


すぐ傍にいた副隊長、ラナ・シトラが静かに声をかけた。


紫の髪が揺れる。どこか落ち着いたその声音に、セレーヌはふと顔を上げた。


「……はい。どうかしましたか?」


「別室に、少し気になる報告があります。人払いはしてありますので……」


「わかりました。案内をお願いします」


セレーヌがその背を追って歩み去ると、残された者たちの誰もがそれを特に気に留めることはなかった。


ほんの一瞬、ラナの横顔に浮かんだ、微笑。


静寂は崩れ、王都もまた、戦場となり始めていた。


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