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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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始動の刻


王国の各地に展開された魔術騎士団は、祝福の儀による第二・第三の“ヒボナ”を許さぬために、今まさに動いていた。


正義の名のもとに動く彼らの働きは迅速だった。

三都市に点在する魔法陣はすでに二十以上が破壊されており、民間人への影響も最小限に抑えられている。


この国のために。

この国に生きる人々のために。

魔術騎士団は、歩みを止めない。


だが、彼らの奮闘をあざ笑うように、“歪み”は忍び寄っていた。





風の都市イントリア/第九部隊


「西側丘陵斜面、陣跡発見。石碑の下に魔力の痕あり。封印班を要請」


報告を受け、グローデン・マクノダスは頷く。


「北側の掃討が終わり次第、東門に合流させろ。」


王国北方に広がる草原都市イントリア。

風と大地に恵まれたその穏やかさとは裏腹に、彼ら第九部隊は、黙々と冷徹に任務を遂行していた。


“祝福の儀”――魔法陣による民間人の魔力吸収。

それを一刻でも早く断ち切るべく、彼らは魔力感知術と探索魔導具を駆使し、古井戸や祭壇、自然岩の下など、少しでも不審な地点を次々と洗い出していた。


だが、事態は思わぬ方向に傾く。


「……騎士が、市民に襲われた?」


耳を疑うような報告が入ったのは、昼過ぎのことだった。


呪具暴走かと疑ったグローデンだったが、報告を聞く限り――


「異形化の兆候はなく、身体能力も通常。だが彼らは、目を爛々と輝かせ、“教団の栄光”を叫びながら騎士に石を投げ、火を放った……と」


グローデンは眉をひそめる。


(言葉を話す。意識もある。なのに、理性は失っている。……洗脳? )


部下の制止を振り切り、彼は現場へ足を運んだ。


焼けた畑、折れた槍、そして無言で血を流す部下。


その傍らで、石を握りしめながら笑っていたのは、老婆だった。


「……神のために……神の栄光のために……」


目の焦点は合っていない。だが、口調には熱がある。

その異様な風景のさらに奥――廃屋の影で、ひとつの影が笑っていた。


やせ細った巨体、猫背、空を仰ぐようにゆったりと立ち尽くすその男。

クラーク。


「守るべき民に、傷つけられる騎士……ああ、なんと、美しい皮肉でしょうか……」





水の都市メルゾナ/第八部隊


「――撃たれた!?どこからだ!?」


混乱に陥ったのは午後三時。

港に展開していた第八部隊の騎士が、突如として何処かから放たれた黒い矢によって膝を貫かれた。


即座に感知術と結界を展開するが、矢の射角と速度があまりに不明瞭。


「狙撃手が潜んでいる。市街の高所を制圧しろ!」


ゲルマ・ピサーロが怒鳴る。

その額には既に汗。街の構造は運河と水路が入り組み、高低差と死角が多い。


「くそ……何処からの攻撃だ!ええ、おい!!」


焦りと怒声が交錯するその中――

突然、水辺に白い靴音が響く。


そこに現れたのは、まるで天使の衣装を纏ったような少女。


白銀の長髪が水の光を反射し、風に揺れる。


「ようやく暴れられるぜ」


アンジュ。


ゲルマが思わず目を見張る。


「……なんだ貴様は!」


「見りゃ分かんだろ、天使様さ。大人しく殴られときな、オッサン!」


その口元は、楽しげに歪んでいた。





鋼の都市カヌール/第七部隊


金属と火の匂いが渦巻く、王国随一の精錬都市。


第七部隊は市街の広範囲に渡り魔法陣の痕跡を探していたが、突如として各所で“小火”が頻発し始める。


「東工房、爆発音!被害者不明!」


「西塔、煙確認。火薬倉庫の避難を優先せよ!」


「っったく、何がどうなってんだよっ!」


焦げた煙と怒号のなか、ゼクト・ラグニルは歯を食いしばる。

対応に追われることで肝心の本命に手が回らない。


その背後から、ひとつの声が響いた。


「ほらほら、ゼクトぉ〜!早くしないと“祝福の儀”、始まっちゃうぜ〜?」


軽薄で、耳障りな声。

振り返った先、煙の向こうに現れたのは、赤髪の青年。


「お前……リーヴェルト……なのか!?」


「なんだよつれねぇなぁ〜!久しぶりの再会じゃんかよぉー、なぁ……ゼクト」


その笑みは、血よりも赤く、炎よりも冷たい。





王都/騎士団本部


王都では、まだ“それ”は起きていない。


ザイラン・ヴァレントは作戦本部にて、各部隊の報告を冷静に捌いていた。


「まだ動きはないか……他の都市はどうなっている?」


「はっ!確認します!」


部下の一人が伝達係へと確認へ急ぐ。


その時だった。


「……ザイラン団長」


鎧の軋む音。

背筋を正して現れたのは、銀の軽装を身に纏った少女――セレーヌ・エルステリア。


その瞳は、決意に燃えていた。


「私も、騎士団の皆さんと共に戦います」


場が静まり返る。


「あなたは王族です。ここは――」


「ですが、私は逃げたくない。もう見ているだけは、嫌なんです」


ザイランは数秒だけ黙し、そして肩を落とした。


「……分かりました。だが、絶対に前線には出ないで下さい」


即座に声を張る。


「ラナ。王女殿下を、命に代えても護れ」


「はっ!」


ラナが静かに誓う。

セレーヌは微笑まず、ただ頷いた。


その姿に、騎士たちの背筋が正されていく。





王都・裏通り


そこに、誰にも気づかれぬまま歩いていた者がいた。


ルカ。


彼は何かに導かれるように何処かへと向かっていた。

その途中、路地の奥から軽い声が響く。


「よぉ、ルカ」


振り返ることなく、彼は歩を止める。


レイヴン・バーンズ。

第十部隊隊長。その男が、肩に剣を担ぎながら立っていた。


「どこ行くつもりだ?」


ルカは沈黙のまま。

それでもレイヴンは語りかける。


「……お前の気持ちも、まあ分からんでもないけどよぉ。どうだ、俺たちを頼ってみねぇか?ん?」


だが、返ってきた言葉は、ただ一つ。


「……邪魔するな」


その瞬間、足元に黒が滲み、背後に白が渦巻く。

まるで、光と闇が一つの意思にまとわりつくように。


レイヴンの目が細められた。


「俺たちは……仲間じゃねぇのか?」


「……誰かを頼ったから……信じたから、裏切られた。もう二度と、繰り返さない」


「……そうかよ」


レイヴンは構えずに、ゆっくりと棒剣を手に取った。


風が止まる。

空気が張り詰める。


誰もいない王都の片隅で、

今まさに、“最初の境界線”が引かれようとしていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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