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理由なんて曖昧

静寂の中に、ひときわ重い風が吹いていた。


 焼け焦げた地面。

 崩れた家屋。

 染み付いた血の臭い。


 バックベルの死と同時に、村にいた盗賊団も完全に制圧された。

 そのほとんどが狂気に呑まれ、自壊するように倒れていた。


 戦いは終わった——けれど。


 「……リン……」


 フィーラは、少女の小さな亡骸のそばに膝をついたまま、動けなかった。

 何度も何度も、回復魔法を放とうとして、そのたびに手が震えて止まる。


 届かない。届かないのだ。


 「どうして……っ。助けられなかったの……?」


 ルカは、少し離れたところで黙って立っていた。

 その視線は、まるで虚空を見ているようだった。


 「……」


 何かを言いたいのに言えない。

 何かを否定したいのに、言葉にならない。


 (これが、救えなかったということだ)


 「……行こう」


 ルカの声に、フィーラは小さく頷く。

 けれどその目はまだ、涙で濡れていた。





 村の広場に残された、たったひとつの無傷の場所。

 そこに、簡易の墓が作られていた。


 「……もう、誰もこの村に戻らないかもしれないけど……」


 フィーラはリンの遺体を包んだ布を、そっと墓の中に収めた。

 何かを唱えることもせず、ただ静かに手を合わせた。


 ルカはその様子を、黙って見つめる。


 「ごめんね……ごめんね……」


 涙が落ちる音が、風の音に紛れて消えた。


 その時——ふと、ルカの胸の奥で何かが囁いた。


 (次は……“奪われる前に”奪う。そうだろう?)


 それが、ナカトの声だったかどうかは、もう分からなかった。



 夜が明け始めていた。

 村の空には煙の名残が薄く漂い、焼けた地面にはもう風しか残っていなかった。


 心は、まだ冷えきったままだった。


 ルカは言葉もなく、村の外れへと向かって歩いていた。

 荷物もなければ、目的地もない。

 けれどその歩みに迷いはなかった。


「……ルカさん!」


 声が背後から届いた。

 ルカは立ち止まるが、振り返らない。


「私も……連れていってほしいの!」


 沈黙が流れる。

 フィーラの声は震えていたが、芯があった。


「何もできなかった。リンちゃんのときも、それ以前も……ただ祈ることしかできなくて……」


 声が詰まり、しばらくの沈黙。


「強くなりたい。守れるようになりたい……ルカさんと一緒にいたら、きっと……何かが変わる気がするの」


風が吹いた。

ルカは背を向けたまま、ほんの一拍のあと、低く呟く。


「……勝手にしろ」


フィーラは目を見開いたあと、少しだけ笑った。

それは、泣き疲れた目の奥に、わずかな光が差した瞬間だった。


歩き出すルカの横に、フィーラが並ぶ。


朝焼けが、二人の背を照らしていた。


 


理由なんて、曖昧で構わない。

それでも、その一歩は――“確かに始まった”のだった。





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