理由なんて曖昧
静寂の中に、ひときわ重い風が吹いていた。
焼け焦げた地面。
崩れた家屋。
染み付いた血の臭い。
バックベルの死と同時に、村にいた盗賊団も完全に制圧された。
そのほとんどが狂気に呑まれ、自壊するように倒れていた。
戦いは終わった——けれど。
「……リン……」
フィーラは、少女の小さな亡骸のそばに膝をついたまま、動けなかった。
何度も何度も、回復魔法を放とうとして、そのたびに手が震えて止まる。
届かない。届かないのだ。
「どうして……っ。助けられなかったの……?」
ルカは、少し離れたところで黙って立っていた。
その視線は、まるで虚空を見ているようだった。
「……」
何かを言いたいのに言えない。
何かを否定したいのに、言葉にならない。
(これが、救えなかったということだ)
「……行こう」
ルカの声に、フィーラは小さく頷く。
けれどその目はまだ、涙で濡れていた。
◇
村の広場に残された、たったひとつの無傷の場所。
そこに、簡易の墓が作られていた。
「……もう、誰もこの村に戻らないかもしれないけど……」
フィーラはリンの遺体を包んだ布を、そっと墓の中に収めた。
何かを唱えることもせず、ただ静かに手を合わせた。
ルカはその様子を、黙って見つめる。
「ごめんね……ごめんね……」
涙が落ちる音が、風の音に紛れて消えた。
その時——ふと、ルカの胸の奥で何かが囁いた。
(次は……“奪われる前に”奪う。そうだろう?)
それが、ナカトの声だったかどうかは、もう分からなかった。
夜が明け始めていた。
村の空には煙の名残が薄く漂い、焼けた地面にはもう風しか残っていなかった。
心は、まだ冷えきったままだった。
ルカは言葉もなく、村の外れへと向かって歩いていた。
荷物もなければ、目的地もない。
けれどその歩みに迷いはなかった。
「……ルカさん!」
声が背後から届いた。
ルカは立ち止まるが、振り返らない。
「私も……連れていってほしいの!」
沈黙が流れる。
フィーラの声は震えていたが、芯があった。
「何もできなかった。リンちゃんのときも、それ以前も……ただ祈ることしかできなくて……」
声が詰まり、しばらくの沈黙。
「強くなりたい。守れるようになりたい……ルカさんと一緒にいたら、きっと……何かが変わる気がするの」
風が吹いた。
ルカは背を向けたまま、ほんの一拍のあと、低く呟く。
「……勝手にしろ」
フィーラは目を見開いたあと、少しだけ笑った。
それは、泣き疲れた目の奥に、わずかな光が差した瞬間だった。
歩き出すルカの横に、フィーラが並ぶ。
朝焼けが、二人の背を照らしていた。
理由なんて、曖昧で構わない。
それでも、その一歩は――“確かに始まった”のだった。